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村上春樹『風の歌を聴け』読了。
夏の夜の底の停滞し弛緩した空気。
登場人物たちが気の利いた感じの会話を交わし、気の利いた感じの言葉で構成された本。毛繕いなので、言葉の意味はなければないほどいいのだと思う。
意味を持つことができない、我がこととすることのできない、質量のない絶望を綴った本なのだと思う。
読んでる最中のわたしは「しゃ、洒落臭い」という感情に支配されて、「ここ好きだ、素敵だ」という箇所を持てず、文面は大脳皮質の表面を滑っておりました。
いやあ、本当に本当に、肌に合わないな。

竹田いさみ『海の地政学』読了。
面白かった!
教皇子午線で割って西の海はスペイン、東の海はポルトガルの領分と決めた時代から、技術革新やスエズ・パナマ運河開通、エネルギー革命を経て、公海・領海・排他的経済水域etc.と、海洋秩序が複雑化になっていく過程が分かり易い!
本書の趣旨からは外れるのですが、アメリカにおいて当初石油は内服薬として販売された、というくだりが興味深かったです。

汀こるもの『探偵は御簾の中 白桃殿さまご乱心』読了。
平安ラブコメ本格ミステリー、3作目。
作中で明言されているとおり、主人公の忍さまは事実として幸せな人妻なのですが、幸せだからむごくて。幸せだから、夫と不幸ごっこをして遊ぶしかできなくて。その様がひどくむごくて。平安時代の幸せのかたちがむごいんだなあ、と。

じゃあ幸せでなければむごくないのかと言うと、今作のラスボスの夫の兄嫁の白桃殿とその姉妹のように、直球で地獄なわけで。
でも白桃殿は不幸だから戦うことはできたわけで(敗北したけど)。
忍さまは幸せだから幸せに縛られて抗議の声も上げられなかったけど、今回事件に巻き込まれて異議を訴えることができて良かったね、みたいな。

忍さま夫婦には幸せになって欲しいのですが、平安時代の幸せのかたちを変えるのは不可能で、個人的な抵抗しかできなくて、個人的な問題に落ち着いては駄目だという意識もたぶん作品にはあって、だいぶ詰んでるなあ、平安時代。

「阿弥陀ヶ峰の人喰いの家」は、平安密室ミステリーで、忍さまが活躍していて楽しかったです。

あと、祐長はお兄さまは世間に適応しきって成り果ててしまっているのですが、成り果てていない面も少し描写されてて、そこがやるせ無くていいですよね。

リチャード・ベッセル『ナチスの戦争』読了。
面白かった。副題に1918-1949とあるように、戦前・戦後の記述が興味深かった。

ドイツの人がナチズムを受け入れたのは、エリート主義や階級主義を打破して平等になろうという「民族共同体」が提唱されたからだ、と理解しました。
「民族共同体」の「民族」の指すものが問題だと思うのですが(運用の仕方は問題外の大問題だったね)、日本においてマジョリティに属するわたしは、こういった理念を提唱されたら引っ掛からん自信はないなと思いました。

戦後への言及なのですが、最終頁に “ドイツ人の目から見れば、自分たちはナチズムの加害者ではなく戦争の犠牲者なのだった” という記述で総括されているように、「うわあ、日本だ日本だ、既視感!」となりました。
戦後占領軍(ソ連)の振る舞いは、ナチズムの偏見を裏付けるものだった、みたいなことも書いてあって、複雑な気持ちになりました。

村上春樹『スプートニクの恋人』読了。
作品とわたしとにあんまりにも共通項が無さ過ぎて、作品を掴めた(読めた)感がないです。
んで、これ、解釈すればするだけつまんなくなる気がする(わたしが解釈すれば、の話)。

「理解というものは、つねに誤解の総体に過ぎない」とか刺してくる感じ(太字ゴシック体だしな)の箴言めいた言葉はいいなと思わんこともないのですが、それがわたしの中で有機的に物語と結びついてくれなくて、言葉だけ浮いてる感じがする。
「誤解の総体」の物語である、と信じることにしました。

語り手(後半の主人公)の僕と、(前半の)主人公のすみれと、すみれの片思いの相手のミュウの、3人が主要人物。
僕が片恋をしている友人のすみれが、ミュウに恋して失恋して失踪する話、ということになります。
友情と恋と性欲と、この3つの感情の縺れを書いたもの、ではあるということになるのでしょうか。

オルハン・パムク『わたしの名は赤』読了。
楽しかった! “1591年冬。オスマン帝国の首都イスタンブルで、細密画師が殺された。” で、犯人は誰だ、というフーダニット小説なのですが、推理小説として成り立っているのかどうかは、判断できない。殺された死体の一人称から始まってて、掴みはOK!
語り手が入れ替わり立ち替わり好き勝手語っていっていて、この中の誰かが犯人なのですが、話を追ううちにワイダニットも気になってきます。

解説にもあったように、イスラム版『薔薇の名前』ですね。細密画師たちが細密画についての哲学を滔々と語るのですが、これが興味深いです。
ルネサンス後の写実主義の西洋画がかなりの驚異と脅威をもって語られるのですが、この語られ方が楽しかった!

近世のオスマン帝国の、芳しい腐敗をひそめた薔薇と無花果の甘い香り、ひよこ豆のスープ、雑踏の喧騒、珈琲屋のいかがわしさ、落陽の都の鮮やかさ!

話題になってたこれ、凄かった。凄かったとしか言いようがない。
382頁の怪文書。人の善き心と祈りの話。夏の島、麦わら帽子の少女、銀河鉄道の夜。濃厚な民俗学でハードSF。男性向けロリエロ飲精18禁漫画。

出会って4光年で合体 太ったおばさん dlsite.com/maniax-touch/work/=

ガッサーン・カナファーニー『ハイファに戻って/太陽の男たち』「ハイファに戻って」読了。
新婚時代にハイファイという地中海沿岸の街に住んでいた夫婦が20年振りに赴く、その車中という、わりあいに穏やかな雰囲気で始まります。
その帰郷は、住人として帰るわけではなく、旅行者として立ち寄るという、複雑なもので。
作中の20年前、イスラエルの侵攻で居住を追われ、混乱の中そこに生後5ヶ月の長子を置き去りにしてしまったことが語られます。
20年後、夫婦は長子との再会を果たすが、長子は祖国を守るためにイスラエルの兵役に就ていた、という話でして。
この長男が「あなた達は息子を取り戻すために戦うべきだった」と語るわけです。それを聞いている主人公は、次男がパレスチナの義勇軍に参加したいというのを止めるべきでなかったと、悔いてるわけです。
その場いる母親は、長男の言葉が分からず「彼は何と言ってるの?」と尋ねるわけです。

わたしはこの話に何を思えばいいのでしょうか?何も思えないし、思いたくないですよ。
長男を養育したユダヤ人の夫婦はポーランドからの移住者で、アラブ人の子供を養育する程度には善良ではある。
奪われたからと言って、他者から奪ってはいけなかったのだと、わたしは安全圏から嘆くしかできない。

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篠田謙一『人類の起源』読了。
古代DNA解析が可能になったので、今まで分かっていたこと、新たに分かったこと、分からないこと、類推できることを簡潔にまとめた本。
すっきり整理整頓されて記述されていて、とても面白かった。面白かったけど、話が細かくて複雑で、個人的には理解に至っていない。
人類の進化・進出は一直線ではなく、離合・集散・消滅・置換、分化・混合・移動・停滞を、西に東に北に南に繰り返して綾を成していて、複雑なんだなというのだけは分かった。
文化の伝播と血統の伝播は必ずしも一致していない、というのが個人的に驚きだった。

石井幸孝『国鉄』読了。
わたしに咀嚼力がなく、ほとんど理解できなかった。「マル生」とかいう単語を註釈もなく出さないでおくれよ。ディーゼル車の開発についても詳細に噛み砕いて書いてくださっているのですが「わ、わからん」の世界でした。

「国鉄」という公社が何故、分割民営化されなければいけなかったのかが、朧げながら理解できたような気がします。現場と経営の乖離、予算の自主決定権がなく企業意識に乏しい組織、苛烈な労働争議、及び貨物輸送の自滅、モーダリゼーションの波といったものが国鉄崩壊の理由であると、理解しました。

著者がJR九州の初代社長さんだからか、最終章のJRパートが面白かったです。分割民営化は総体として見れば成功だったが、三島会社(北海道・四国・九州)と貨物の切り捨てによる成功だったと。で、JR九州の運営方針(経営の多角化)と、JR北海道(上下分割方式)と貨物(新幹線物流)の改善提案。

あと、これはでたん細かいことなんだが、文化的な文脈で「日本人のDNA」と言うのはヤメロ。
「技術屋のDNA」とかだったらOKだよ。

小川哲『地図と拳』読了。
とても面白かった。
満州国、奉天の東にある李家鎮という架空の街の50年の興亡の歴史。
大量の人物が現れ、生い立ちが語られ、思惑を語り、消えていく。それらの集積。
色彩はなく、手触りもない文章で、思弁的な小説。とにかく登場人物が各々の理論を語る語るで、異様な説得力があった。読んでて楽しい。
満州という国家を李家鎮(のちに仙桃城)という箱庭でシミュレーションして、李家鎮という街を小説上でシミュレーションしているような趣きで、SFでした。
李家鎮がどういう街でどういう人が住んでてどういう営みが行われてるかは読んでてもさっぱり分からないんですが、でも李家鎮の50年の歴史、それに関わった人々の思いだけは分かる。
燃える土(石炭)がキーワードのひとつなのですが、石炭成分を期待するとがっかりします。
銃に撃たれても死なない人間とか、人間気象観測器とか出てくるんですが、そういう外連味や派手さを期待すると肩透かしを食らうんですが、分かりやすい派手さとは別の妙味があるといいますか。

『獣の奏者 II 王獣編』読了。
終末物みたいな終わり方しやがって!この後どうなるんだよ!(続編はあります)

終盤、主人公が大きな流れに巻き込まれて、話の主導権が主人公から離れてしまったのは、不満と言えば不満です。
物語の導入部から主人公が自らの意志で選べたことなんてほとんどなかったんですが、何故終盤で話の流れが主人公から離れたと感じたんだろう?

王権イコール神性で、神代の霧がまだ漂っているような物語の舞台設定は大好きです。
信じてきた信仰が、人為的な意図を持って創出されたものという設定も大好きです。
血と泥と阿鼻叫喚の中、神話の時代の終わり告げて物語は幕を閉じるのですが、だからこの後どうなるんだよ!
漫画版ナウシカのラスト1コマのエピローグ、あれはとても大事だったんだな。

過去の惨禍を繰り返さぬために、禁忌を設けて人を縛っても、好奇心を持って知らずその禁忌を破る者は出てくる。
一度見出された技術は、己に利するために恣意的に乱用する者は出てくる。
といった難しい課題も提示されているのですが、それに対する答えは出せないままで。
人の心を、可能性を、技術を、恐怖で戒めるのは間違っていると主人公は反論するのですが、じゃあ過ちを犯さないためにはどうしたらいいんだよってのは、この話では答えは出ない。

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上橋菜穂子『獣の奏者 I 闘蛇編』読了。
細々としたお仕事の描写、架空の生き物のお世話だったり、溢れる光とともに描かれる養蜂の様子が楽しい。どんなものを食べているかもうちょっと知りたいけれど、主人公の興味は食べ物にはあんまり向いてないんだよな。

生き物を飼うのは、生き物の生き方を矯めるのは(もっと突っ込んで言えば去勢なんですが)、それは良くないことだよね、という考えが底流にあるのですが、そうは言うても人の世の現状というのは家畜や愛玩動物なくて成り立たないので、この罪をどう昇華したものか。
人間は人間を人間として教育することで、人間を家畜化してるよなと思ったり。

木村幹『韓国愛憎』読了。副題「激変する隣国と私の30年」
民主化後の韓国と日本の関わりを、個人史を基底に日本側の視点でさっくり30年間振り返った本。俯瞰と仰視のバランスが心地よくて、楽しく読めた。
ただし、さっくり振り返った本なので、別個別個のイベント、たとえばアジア通貨危機が韓国に与えた影響なんかは隔靴掻痒の感がありました。いろいろちょっと知りたくなるな、と思わせる本でした。

韓国との関わりからは逸れるのですが、プロローグでの著者の生活環境の変化、文化住宅住まいからご両親が長野に別荘を持つまで至ったというくだりが印象深かったです。昭和後期の経済発展を、わたしはうまく想像できません。
また、ここ30年の、手紙・電話→FAX・パソコン通信→インターネット→SNSという、情報インフラの発展が興味深かったです。

竹田いさみ『世界史をつくった海賊』読了。
16世紀、エリザベス1世治世下のイギリスの海賊を取り扱った一冊。その旨の副題はちょっと欲しかったところです。

16世紀のイギリスは海賊の略奪行為によって国家財政を維持していた、という情報をいきなりぶち込まれるのですが、これが16世紀ヨーロッパ的にどこまで問題のある行為なのか、問題のない行為なのか、前提が分からないまま読み進めることになるので、戸惑うことしきりでした。

アマルダの海戦の背景や、イギリス東インド会社の出発点、近世ヨーロッパにおけるスパイスの需要、コーヒーハウスから会員制クラブへの発展などが端的に分かって楽しかったです。

森見登美彦『有頂天家族』「納涼床の女神」読了。
これ、飄々とした語り口とは裏腹に、とても悲しい、寂しい話なんじゃないかな。読んでてつらかった。零落したかつての偉大な父親(この話では師匠ですが)を、若い女に脂さがり這いつくばる父親を、どうすることもできず、見守ることしかできない。
「愛と幻想のファシズム」に“プライドをコントロールできない父親は刺殺されるのを待っている、分かり合うことなどできない、肩を抱くか殺すしかない”というくだりがあるのですが、これは肩を抱くことにした話なんだと思います。それは失望して殺すより、厳しく困難な道であるはずです。
主人公は、どう生きるべきか分からないから面白く生きることにした、と言っているのですが、面白く生きることにした結果選んだ道が、落ちぶれた先生に寄り添うことで。
先生がかつての栄光を取り戻そうと川べりで鍛錬しているところに、主人公も付き合って一緒にぴょんぴょん跳ねるんですよ。
この光景の、悲しさ、寂しさ、険しさ、優しさ、切なさといったものを、わたしは飲み込みかねています。感想としては、読むのがとてもつらかった、というものになります。
わたしはこの先この本を読んで大丈夫なんだろうか。というか、読み進めることができるんだろうか。

ガッサーン・カナファーニー『ハイファに戻って/太陽の男たち』「戦闘の時」読了。
三世代、二家族、18人が住んでる家の男の子の話。家の生計を立てるために、従兄弟とともに市場で窃盗をさせられており、ある時五リラを盗んだことにより一家に騒動が起きる。
まず、不勉強なので、五リラがどれぐらいの価値があるのかが掴めてない。主人公一家にとっては大金であることは分かる。
主人公が五リラを握った使わないまま失ったしまったことを、どう捉えたらいいのか考えあぐねてる。主人公は五リラをなくしてしまったことを悲しんでいたが、わたしは主人公が五リラを使わなかったことが悲しかった。
そして、この話の大人は働いてないなあと思った。子供である主人公は稼ぎを得ているのだけれど。「悲しいオレンジの実る土地」や「路傍の菓子パン」のように、おそらく頽れてしまった父親が悲しい。反面、子供はこの戦闘時を適応して生き抜いている。これを希望としたくないのだけれど、おおよそそのようなものなのだろうと思う。
最後、主人公は「きみにはわかってもらえないだらうなあ」と語る。うん、わたしにはわからない。わからないと断絶すべきではないが、わからない。

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ガッサーン・カナファーニー『ハイファに戻って/太陽の男たち』「彼岸へ」読了。
文庫本で15頁の短編。熱いスープが冷めるまでのまどろみの中、彼岸から此岸への糾弾。これも、感想が難しい。というか、読むのが難しい。
題名が「彼岸から」ではなく「彼岸へ」なんだよな。
作中の “皆さん、パレスチナ人の難民キャンプをぜひ見ておくべきです。それが消滅してしまわないうちに” という言葉が痛い。
これは、この小説を読んでいる、わたしのこの行為が、まさにこういうことなので。

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古宮九時『Unnamed Memory』5巻、6巻読了。完結。
この世界の外にも世界は広がっているのだ(新大陸編とか)と言われてワクワクすることもあれば、今まで読んできたのは何だったのかとモヤモヤすることもあり。
んで、主人公二人はお互いにとって唯一なのですが、その関係性にギュインギュイン盛り上がることもあれば、淋しいなあと思うこともあり。
わたしの感じ方は理不尽だなあ、この理不尽さはどこから来るんだろうか、分からんなあとなりました。

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2023年2月18日
志賀直哉『小僧の神様・城の崎にて』読了。
小さな事件は起きるが、大きな事件に発展しない、させない。話らしい話のない話たち。文章に気負いがない。
新潮文庫のカバー装画が熊谷守一の「赤蟻」なんですが、新潮社装幀室さすが慧眼というか、本当にそんな感じ。深夜の砂抜き中のアサリの身じろぎ。細々としたものを、ぽんと切り出して置いた短編集。
見捨てた恋人を未練がましく思ったり、片恋で失恋を捨てきれずにいたり、だらだらと不貞をしたりと、男の身勝手な様をわりとつらつら書いてんなと思いました。
開き直りではあるんだろうけど、許しを請うでもなく責めを負うでもなく、「だってそうなんだよ」と不貞腐れてもおらず。

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