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ガッサーン・カナファーニー『ハイファに戻って / 太陽の男たち』

住む土地を追われたパレスチナ難民であり、武装組織に参加して暗殺された活動家でもあったという著者の経歴からすると、終始怒りと悲しみに満ちてはいるものの、ドキュメンタリー映画のような語り口の静けさに、どれだけのものを失ってきたのだろうかと深い闇を見る。

イスラエル人の描かれ方を見るに、ホロコーストを逃れヨーロッパを追われてきた人々の嘆きにも心を寄せていたように思われる(シオニストが台頭してくるまでは、ユダヤ人と良好な関係を築けていたそうだ)。また、収録作の中には、イスラエル人に追い出されたアラブ人が、その逃れた先のイスラエル人を脅して家に上がり込む、という展開があった。弱いものが弱いものを虐げる暴力の連鎖と、悪は状況次第で生じるのであって、どちらが悪いということではないと考えていたのかもしれない。しかし、最終的に著者は一方的な収奪に抗うため銃を取ることを選んだ、という現実の重さ。そして著者が亡くなって半世紀経っても、パレスチナの状況が変わらないどころか酷くなっていることの重さ。

kawade.co.jp/np/isbn/978430946

『開かせていただき光栄です』
『アルモニカ・ディアボリカ』
『インタビュー・ウィズ・ザ・プリズナー』

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皆川博子の英国ミステリ三部作を一気読み。御年80を超えてなお、こんなパワフルに全力疾走するような物語を書き続けておられる著者には改めて感服する。

まだ警察機構も整っていない、法の沙汰も金次第の汚穢にまみれた18世紀の英国(と、その植民地)を、謎めいた美貌の青年とその仲間たちが駆け回る。二転三転する物語がミステリーとして面白いのはもちろんだが、3作すべてに共通するのは権力の不均衡による不条理なので、なぜ無辜の人々が蔑まれ虐げられなければならないのかという社会への怒りも満ちており、主人公らとともに怒り、抗う人々の姿に勇気づけられもする。1作目には胸がすくような展開もあるのだが、2作目、3作目と進むにつれ、憤怒と悲しみが層のように降り積もっていく。そして3冊を読み終えて、「彼」の結末に嗚咽が止まらない。

それにしても表紙が美しい。並べて悦に入っている。

どこで見聞きしたんだか覚えていないが、ヤスパースの「形而上的な罪」たとえば遠くの国で飢えている子供がいることに罪悪感をもつようなこと、というのが昔の備忘録に書いてあって心に残っている。自分はずっとそういうものに苛まれている気がする。

www2.rikkyo.ac.jp/web/taki/con

伴名練『なめらかな世界と、その敵』

自分とはなんなのか、そして他者と理解し合うとはどういうことかという自他の関係性、解説の言葉を借りれば「隔たり」の話であり、その隔たりをいかにして超え、分かりあうかの話であった。

電脳化された冷戦(『シンギュラリティ・ソヴィエト』)とか、パラレルワールドが同時進行し自由に行き来できる(『なめらかな世界と、その敵』)とか、どれもダイナミックな設定で面白いが、東海道新幹線の路線上で「空白化」されがちな某県の住民としては、『ひかりより速く、ゆるやかに』が特に印象に残った。少年少女×タイムパラドクスはやはり定石。

著者は子供の頃から古今東西のSFを読みまくってきたようで(というかかなりのSFフリークらしく、あとがきがほぼ日本のSF史)、硬派な設定でも読みやすいのは、主軸の物語がナイーブで感情移入しやすいことに加えて、その知識や表現の厚さによるのだろう。

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特に見たい番組もないのになんとなくテレビをつけるのをやめたら読書が捗る…

佐々涼子『紙つなげ! 彼らが紙の本を作っている 再生・日本製紙石巻工場』

本好きを自称し、ジャンルが異なるとはいえ印刷関連業者のはしくれであるにも関わらず、本に使われる「紙」がどこで作られているのか、著者同様、自分も知ろうとすらしていなかった。東日本大震災では現地の企業はさまざまな試練に直面したと聞くが、被災からわずか半年で瓦礫と泥にまみれた大型機械を再生させ、紙づくりを再スタートさせたというドラマがあったとは、と驚いた。

タイトルの「紙をつなぐ」とは、どろどろのパルプから紙を抄き、乾燥させ、ロール状に巻き取るまでの工程で、途中で紙が切れることなくつながることをいうそうだ。工場の中でさまざまなパートに分かれて働く従業員はもちろん、関連会社、地域の人たちまで、たくさんの人の「つながり」が描かれ、それを象徴するように、紙が「つながる」。

幸運な偶然はあったにせよ、社長や工場長の決断力と指揮力、従業員のチームワークの物凄さにただただ舌を巻く。危機の際に、希望や誇りがどれだけ大事かもよく分かる。

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奥付の隣に写真のこれが出てきて涙が止まらない。

イーユン・リー『千年の祈り』

「好女人」という言葉がしばしば出てくる。日本でいう良妻賢母に近いだろうか、その素晴らしい「理想の女性」像は、他者から押し付けられた瞬間に、はみ出すことの許されない枠となるように見える。(なお、翻訳者の後書きによれば「好男人」という言葉も原著に出てくるが敢えて別の言葉に置き換えたという。そのままで良かったのではと思う)

収められた短編の多くは家族の情というか執着の話だった。疎ましく思いながらも突き放せない親子の情、一見静かだが狂気をはらんだ性愛、田舎の古臭く頑なな純粋さを厭いつつも捨てきれない郷愁、思いがけない方向へ転がった過去へのとらわれ。
一人っ子政策と、共産主義から資本主義への変化が、かの国の家族の形を大きく変えたのだろう。断絶はそこかしこにあり埋めるのは容易ではない。登場人物たちはみな孤独だ。結末もビターだが、そこに小さな変化の萌芽を感じるせいか、読後感はそれほど暗くない。

個人的には『不滅』『市場の約束』が特に印象に残った。

kawade.co.jp/np/isbn/978430946

情報収集もろくにせず状況を楽観視し、縦の命令系統は機能していないので補給もろくにないが、末端の人々が優秀なので現場で工夫してなんとかこらえている。震災に対する政府のありようが『失敗の本質』そのもので、薄々分かってはいたものの改めて愕然とする。

鳥居『キリンの子』

刊行当時(2016年)はセーラー服のホームレス歌人として話題になっていた記憶があるが、それどころではない壮絶な体験の連続であったらしい。

昨年の朝ドラ『舞いあがれ!』、主人公の親友が言いたいことを表に出せない時に「短歌なら表現できるかもしれない」と示唆され歌人になっていくサイドストーリーがあったが、そういう、どうしようもない苦しみを歌に託さざるを得なかったのだろう、という歌にたまに出会う。自分を、少し離れたところから冷静に見つめるもう一人の自分がいて、二重露光された写真を見るように体験を噛み締めることで、自分を救おうとしているかのような。

あおぞらが、妙に、乾いて、紫陽花が、路に、あざやか なんで死んだの

生々しく血が吹き出しそうな凄絶な体験を噛み締める歌に目が行きがちだが、孤独や寂しさの後ろに強さを感じさせる歌も良い。

照らされていない青空ここに居る人たちはみな「夜」って呼ぶの

ほんとうの名前を持つゆえこの猫はどんな名で呼ばれても振り向く

走るたび剥がれてしまうけれどまたヘモグロビンは凝固を目指す

kadokawa.co.jp/product/3215090

梨木香歩『椿宿の辺りに』

いわくつきの家の謎を解くという因習ミステリーじみた筋立てながら、おどろおどろしさは皆無、さらに主人公は鬱と肩の痛みで始終苦しんでいるにもかかわらず、クセのある人々のやりとりが妙にカラッとした笑いを誘う不思議な物語だった。

中空構造という言葉が出てきたので河合隼雄氏の著書を思い出しつつ読み進めていたのだが、主人公たちの抱える痛みが、祖先の「家」の危機とリンクしているところにユング的な集合的無意識や共時性を思い出さなくもない。また、氏の著書には神話や物語を分析するものも多いが、『椿宿』の中では、兄弟の嫉妬の話である「山幸・海幸」の神話に新たな解釈が与えられている。それによって苦しみの象徴のようだった名前の意味が、穏やかに反転するのが快い。

姉妹編の『f植物園の巣穴』は数年前に読んだが、当時はいまいちピンと来ず手放してしまった。『椿宿』のはじまりの物語でもあるので読み直そうと思う。たしかそちらも「痛み」をめぐる話だった。日々体の衰えを感じている今なら、いろいろ得心できるところがあるかもしれない。

publications.asahi.com/ecs/det

劉慈欣『円』

時の流れが止まりかけているようなノスタルジックな農村から、銀河系すら砂粒扱いの大宇宙まで、視点のジャンプ率がここまで大きな物語を読んだのは初めてで度肝を抜かれた。現代社会への批判や皮肉がかなりぎゅうぎゅうに詰め込まれていて、短編とはいえ1話1話を読むのもなかなか骨が折れたが、評判通り面白かった。

アイデアとしてはやはり表題作『円』の「国家プロジェクト」が秀逸だった。『円円のシャボン玉』はわりと明るいトーンで読みやすく、『郷村教師』『詩雲』はスケールの大きさにくらくらするが、文化や学問が世界を変えるかも、という希望を感じさせてくれるのが良い。

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山尾悠子『飛ぶ孔雀』

様々な人の物語が入り乱れ混じり合い、これは誰の物語だったかと思っていると、誰かと誰かの姿が二重身のように重なって、これは鏡の表裏であったのかもと合点しかけるとまた離れていく。

よく分からない。形が定まらない。しかしだからこそ何かを捉えようとして読むのが止まらなくなる。読みやすくはないが、何故かするする進む。何とも表現し難いが、自分はこの小説がとても好きだな。もう一度読み直さねば。

books.bunshun.jp/ud/book/num/9

宮田登『弥勒』

弥勒仏といっても、遠い未来に現れて衆生を救う菩薩であるという程度の認識しかなかったので、民間信仰としてかなり多彩な姿を持っていたことに驚いた。

印象に残ったのは、阿弥陀仏の浄土信仰との違い。阿弥陀浄土は往生によってたどり着く(浄土に上る=上生)のに対し、弥勒仏の兜率天は弥勒(救世主)が現れるのを待つと、しかるべき時には現世が浄土になる(浄土が下る=下生)という考え方で、下層民に支持されたという。
古来、資源の乏しい日本では寄り物(漂着物)が生活の糧として重要だったせいなのだろうが、外から来たものをありがたくいただく日本人の性質は、他力本願とか救世主願望(凄い人が現れて状況を打破してくれる)に寄りやすいのだろう。だから今でも、組織が腐りかけても内部から変革の動きは起こりにくく、上からくだってくるものを無批判に受け入れがちな国民性なのだろうな…

bookclub.kodansha.co.jp/produc

一穂ミチ『スモールワールズ』

わりとありふれた設定や関係性の話かと思いきや、途中にめちゃくちゃ急なカーブがあって先の予測がつかないし、たどり着いた先がわりととんでもない場所で呆然とした。登場人物のキャラクターも文章自体もどっちかというとクールでドライだけど、時々マグマが顔を出したみたいなセリフや描写が出てきてひえっとなる。爽快な読後感ではないが、後に残る苦さに旨味がある。
物語は部屋、水槽、教室、バスなど、閉じられた空間で展開し、あまり外に出て行かない。しかし社会的には「普通」という箱に収まらない人々の物語なので、人目にはつかないけれどその世界はそれぞれに凄絶で、読後は確かに「小さな」「世界たち」というタイトルであるべきだと腹落ちする短編集であった。

smallworlds.kodansha.co.jp/

P.V.グロブ『甦る古代人 デンマークの湿地埋葬』

湿地遺体について軽く知りたかったんだが、鮮明な写真だらけでなかなか読むのがきつかった。数千年前なら化石のようなものとも思うんだが、なにしろ「殺された」と考えられる人間のご遺体…

前半は個々の湿地遺体の発見状況や保存、調査について。後半はなぜ湿地に遺体が(故意に)沈められたのかの考察。時代や地域によって遺体の状況が異なり、あるものは地母神への人身御供、あるものは処刑された捕虜や犯罪者、あるいは神の加護を願っての埋葬…状況証拠から推測するしかなく真実は分からないながらも、ミステリーの趣がある。北欧の神話や歴史をもう少し勉強してから読めば良かった。

tousuishobou.com/rekisizensho/

悪役令嬢転生ものは、断罪ルートを避けるべく善人の振る舞いをするパターンより、開き直って悪役に徹する話のほうが面白いな。

最近読んで面白かった漫画

『クイーンズ・クオリティ』
心理セラピーの比喩として話がよくできてるし、セルフケアの大切さを丁寧に説いてくれる良い作品。シリアスな場面に容赦なくブッ込まれるギャグのセンスがとても好き(これのおかげで重くなりすぎないのでありがたくもある)
betsucomi.shogakukan.co.jp/wor

『セクシー田中さん』
特に恋愛で悩む色んな人の呪いを解いてくれそう。勢いがあって元気になる。ヒロイン2人のちょっと距離があってベタベタしないシスターフッドの関係が良い。
shogakukan-comic.jp/book?isbn=

『ブレス』
登場人物の誰もがストイックにひたすら克己し、過剰に自分を卑下することもなく楽しそうに仕事をしているのでストレスなく読めて良い。モノクロですらカラフルに感じるけどフルカラーで読みたい。
kc.kodansha.co.jp/product?item

六車由実『新装版 神、人を喰う 人身御供の民俗学』

ヒトを神に捧げる(生きたまま殺す)という宗教的行為があったかといえば、人柱や殉葬は物的証拠があるが、神の食べ物としてヒトを生贄にした「人身御供」には、確たる証拠はないそうだ。

それにしては生々しい伝説があったり、人を虐待する血腥い神事が残っていたりするのは何故かという考察。時代や価値観(特に稲作と仏教の影響)に応じて生贄の意味合いや形式が変化していくというのは面白かった。

ただ「日本は文明国で人を生贄にするような野蛮な風習などない」という民俗学界のスタンスに対する反論がきっちり潰されているようには思えず、海外の類似事例との比較も少ないので、ちょっと釈然としないところはある。

shin-yo-sha.co.jp/smp/book/b63


菅浩江『永遠の森』『不見の月』『歓喜の歌』

博物館惑星シリーズを再読含めて一気読み(第1作が20年前とかハハハご冗談を)。絵に描いたような大団円で、最終章の多幸感に久々に小説で泣いた。

パラダイスの語源は「壁に囲われた」という意味の言葉だと小耳に挟んでから、隔離空間でないと美しいものは保てないのかもと漠然と思っていた。この「博物館」はそんな歪さをはらんでいる。

そこにやってくるのは恵まれた人ばかりでもないが、美を楽しめるのは基本的に裕福な人々であるのも歪である。脳にAIを接続された学芸員(博物館のために機械化された人間)が博物館を支えているというのも歪である。

そもそも、小惑星を丸ごと地球の引力圏に「引っ張ってくる」という強引さが象徴的だ。「美」は傲慢なものという前提で、それでもやはり心を揺さぶり人をつなぐものとして求められるし、物語世界のAIたちは、美しいものを見る人の心から情動を学ぶ。だからこそ、傲慢で歪であっても、美しいものが愛され大事にされ続けて欲しいとつくづく思う(昨今の博物館・美術館の苦境を見聞きしていると、ポジティブな未来を思い描けないのがつらい)。

hayakawa-online.co.jp/product/

武井彩佳『歴史修正主義 ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで』

ちょうど読み始めた頃に関東大震災の虐殺事件が話題になっていて、政治家が堂々と嘘をつくことにも、ここぞとばかりにヘイトスピーチをする人の多さにもうんざりしていたところ。

ホロコーストのように、体験者の証言や物的証拠がある事件すら否定しようという思考回路がいまいち理解できずにいたが、本書を読んだら、ホロコースト否定論が出始めたのは戦後20年ほど経って「まだ自分たちは罪を償わなければならないのか」という意識が芽生え始めた頃だとあって納得した。日本でも安保闘争などの社会主義運動は似たような経緯で生じているように思える。

ということは、今現在、荒唐無稽な陰謀論が流行っているのは「我慢することに耐えられなくなった人が増えた」からかもしれない。

ある考えの正しさを信じ続けるために、都合の悪いものを無視し、被害者や傷ついた人を軽視し、事実を捻じ曲げたら陰謀論になってしまうという。イデオロギーにとらわれるとそっちに転ぶのは容易だろうから気をつけねばなと自戒。

chuko.co.jp/shinsho/2021/10/10

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