雪朱里『「書体」が生まれる ベントンと三省堂がひらいた文字デザイン』

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かつて活字の母型(ぼけい)は一握りの天才職人が一つ一つ手彫りしていたそうで、その形である「書体」は属人的なものだったという。出版物には大小さまざまな活字が必要だが、職人頼みではあまりに非効率であった。そこで、高性能な活字彫刻機を導入して、自社オリジナルの書体による活字を生み出そうとした、三省堂出版の歴史についての本。

むかし擬古文の小説にはまった時期があり、古書店で昭和発行(初版は大正)の辞書を買った。見返したら三省堂のものだった。発行年からして本書のメインテーマである活字彫刻機を使ったものではなく光学的に縮小したものだと思われるが、それでもかなり文字は細かい。これも人の手で彫り出し組まれたものだということに改めて驚く。

書体が生まれる過程を読んでいくと、神は細部に宿るというが書体のデザインというのはその最たるものだな、とつくづく思う。コンマ数ミリにも満たないこだわりが、読みやすく心地よい本を作ってくれる。

一般には馴染みの薄いテーマかもしれないが、図版が多く、註がかなり細かいので分かりやすい。文章も著者の主観を排した淡々とした感じで、かといって堅すぎず読みやすかった。

『開かせていただき光栄です』
『アルモニカ・ディアボリカ』
『インタビュー・ウィズ・ザ・プリズナー』

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皆川博子の英国ミステリ三部作を一気読み。御年80を超えてなお、こんなパワフルに全力疾走するような物語を書き続けておられる著者には改めて感服する。

まだ警察機構も整っていない、法の沙汰も金次第の汚穢にまみれた18世紀の英国(と、その植民地)を、謎めいた美貌の青年とその仲間たちが駆け回る。二転三転する物語がミステリーとして面白いのはもちろんだが、3作すべてに共通するのは権力の不均衡による不条理なので、なぜ無辜の人々が蔑まれ虐げられなければならないのかという社会への怒りも満ちており、主人公らとともに怒り、抗う人々の姿に勇気づけられもする。1作目には胸がすくような展開もあるのだが、2作目、3作目と進むにつれ、憤怒と悲しみが層のように降り積もっていく。そして3冊を読み終えて、「彼」の結末に嗚咽が止まらない。

それにしても表紙が美しい。並べて悦に入っている。

佐々涼子『紙つなげ! 彼らが紙の本を作っている 再生・日本製紙石巻工場』

本好きを自称し、ジャンルが異なるとはいえ印刷関連業者のはしくれであるにも関わらず、本に使われる「紙」がどこで作られているのか、著者同様、自分も知ろうとすらしていなかった。東日本大震災では現地の企業はさまざまな試練に直面したと聞くが、被災からわずか半年で瓦礫と泥にまみれた大型機械を再生させ、紙づくりを再スタートさせたというドラマがあったとは、と驚いた。

タイトルの「紙をつなぐ」とは、どろどろのパルプから紙を抄き、乾燥させ、ロール状に巻き取るまでの工程で、途中で紙が切れることなくつながることをいうそうだ。工場の中でさまざまなパートに分かれて働く従業員はもちろん、関連会社、地域の人たちまで、たくさんの人の「つながり」が描かれ、それを象徴するように、紙が「つながる」。

幸運な偶然はあったにせよ、社長や工場長の決断力と指揮力、従業員のチームワークの物凄さにただただ舌を巻く。危機の際に、希望や誇りがどれだけ大事かもよく分かる。

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奥付の隣に写真のこれが出てきて涙が止まらない。

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