アン・ファディマン「精霊に捕まって倒れる 医療者とモン族の患者、二つの文化の衝突」読了。
1980年代のアメリカ、ある日モン族のリア・リーという女の子が救急で運ばれ、てんかんと診断される。一方モン族の両親はこれをカウダペ、「精霊に捕まって倒れ」たと考えた。カウダペはシャーマンになる素質のある特別な病いともされている。
医療者もリー家ももちろんリアを治したいと思っているのに、文化や言語の違いが重く立ちはだかる。西洋医療は薬に頼り、体に穴を開け、モン族はシャーマンに頼り、薬草を使い、生贄を捧げる。お互いにそれが最善だと信じてやまない。
だからどうして医者は娘を押さえつけるのか、どうしてリー一家は薬の容量を守らないのかが全く分からない。リアは病院に行くたびに悪化しているように見え、医者から見たら薬の容量を守らないからリアはどんどん悪化しているに違いないと感じる。そうして少しずつ壁が作られ、双方の関係に軋轢が生まれてしまう。
イラン・パペ「パレスチナの民族浄化」読了。
民族浄化がどれほど計画的に行われたものだったか、その中で何が起きたのか時系列順で事細かに説明されていく。
村人の男性が一度に殺され、唯一生き残るのは彼らを埋めるための要員としてだけ。そして終われば殺される。人間であることを辞めたくなるような暴力ばかり…。
歴史的な建物が破壊され西洋風のショッピングセンターや公園になったと書いてある所は何度読んでも辛い。
イスラエル指導部が人々に「第二のホロコースト」が起こると警告したのも、恐怖によって団結させ自分達の攻撃性を正当化するため。自分達がホロコーストを起こしているとは考えもしない。
入植のためのユダヤ民族基金との癒着、UNHCRを妨害し帰還権を認めさせないためにシオニスト達が作ったUNRWA。
※UNRWAは日常生活のサポートが主であり、難民の帰還には関与しない。ただ今回の資金停止問題は撤回すべきだと思っている。
村を「緑化」して環境保護のように見せるのも、まさに今起きているピンクウォッシングと繋がっている。
大崎清夏「目を開けてごらん、離陸するから」読了。
「あなたの言葉よ、どうか無事で」。
本のタイトルとこの言葉に惹かれて手に取ったら、内実はとても重みのあるものだった。
この言葉は国際詩祭で知り合ったベラルーシの二人の詩人に向けたもの。ベラルーシは東にロシア、南にウクライナと接している。
2023年現在もヨーロッパで唯一独裁政権が続いていて、反体制メディアへのアクセスは断絶、チャンネル登録やいいねをしたら逮捕される危険性がある。
その中で詩人として生きること、自由を求め続けることが彼らに取ってどれだけ危険で苦しいものか。それでも彼らは自分の言葉で語りかける。彼らが一番恐怖している言葉を使って。
著者の文章に強く惹かれた。
読んでいたら視界がぱっと開けるような明るさとエネルギーで、なぜか激しく泣きたくなる。個人的に小山田咲子さんと同じ熱量を感じる。
私にはこんな力強さはないかもしれないけど、それでも言葉にし続けよう。
キャサリン・レイシー「ピュウ」読了。
心がしんとするような小説が。台詞が「」ではなく太字なのも良かったし、今年読んだ中でベスト級に好き。
性別も国籍も名前も分からない「ピュウ」に対して、素性を突き止めようとする人達。だんだんとピュウを責め始め、表面的な善意が剥がれていく。その中でも裏表なくピュウに接した人達が印象的で、ずっと思い出している。
言葉はあくまで借り物で、それが全てを表現することはない。そう言われると言葉が頼りないようにも思えるけど、それは形あるものに固執しているからこそ感じる不安なんだろう。
もし自分が町民だったら、ピュウにどう接しただろう。ピュウの心の波を揺らがすような言葉や視線を送ってしまうんじゃないだろうか。
ガソリンスタンドのあの女性のように、最初から「ピュウにとって」心地よい距離で関わっていく自信が全くない。それは私がこの世界のあまりに狭いところで生きているから。ピュウはその視線を静かに鋭く捉えるだろう。
自分の薄っぺらさと向き合う機会をくれる大事な小説になった。
デイジー・ジョンソン「七月と九月の姉妹」読了。
"姉さんはブラックホール。
姉さんはトルネード。
姉さんは行き止まり、姉さんは施錠したドア、姉さんは闇夜の鉄砲。
…
姉さんは沈んでいく船。
姉さんは通りのいちばん奥の家。"
ジュライは姉のセプテンバーの言うことを何でも聞く。セプテンバーは彼女を傷付ける人に対して当人以上に激しく怒り、時に優しく、いつも残酷。
読みながらずっと心臓を握られているような気がした。
家庭内、それも年の近い姉妹によって支配されるのはとても歪だと思う一方で、歳が近い故に「対姉妹」だけではなく「対個人」として見ているからこそ生まれるのだ、と自分の環境を振り返るとよく分かる。
でも当人には辛いという感情はない。なぜなら自分を愛してくれていると信じてやまないから。
それでも心の奥底にある微かな不安や疑いが、彼女らが越してきた「セトルハウス」を通じて描写されていてとても良かった。匂いのする小説が好き。
心を不穏に揺さぶられて、最後まで目が離せなかった。
岡真理「ガザに地下鉄が走る日」読了。
ガザの現状を知るのにとても良い一冊だった。
彼らには自立して生きていく力と資源が十分にある。それを根こそぎ奪って電気、水等最低限の生活さえ出来なくさせること、人間としての性を数十年かけて嬲り殺していくことなど決して許されない。
今まで4度の戦争があり、それが終わる度にメディアは忘れてきた。引用されている韓国の詩人による詩「忘却は次の虐殺を準備する」のように、私達が目を離せば次の戦争ではさらに悪化し、同じことが何度も繰り返される。
献金のための政治的癒着、一民族が追いやられる行為はパレスチナだけで起きていることではない。全ては繋がっている、だからこそ他人事ではいられない。
罪に問われることなく声を上げ発言できる人達が野放しにしてきた結果でもあると思う。
この一方的な戦争が早く終わる為に学び続け、得た知識を少しでも広げようと強く強く思います。
寺尾紗穂「日本人が移民だったころ」読了。
かつて日本にも国策として海外移住を推奨していた時代があった。そして戦後日本に引き揚げたものの居場所がなく、再度南米に移住した人もいる。彼らは移民としてどう過ごし、引き揚げ後はどのように生活をしていたのか。労働者が次なる居場所を求め、パラオ、ブラジル、パラグアイなどで得た苦労や喜びを見聞きしたルポルタージュ。
表層的な事実ではなくその人の目線、言葉で語ってもらうことが何より大事だと常々思う。
さまざまな視点から語られていて、彼らの状況や家庭環境によって本当に視線が変わるのだと感じた。
著者の寺尾紗穂さんはミュージシャンとして認識していたので、このような活動をしていたことに驚いた。著者の目線はなだらかで時々鋭く、静かな熱量を感じる。
台湾セクシュアル・マイノリティ文学(2)紀大偉作品集「膜」が本当に本当に良かった。まさにクィアSF。復刊して欲しいなぁ…この作品が90年台に出ていたのが驚きしかない。この時すでに台湾は十分にクィアだったんだな…
表題作の膜が特に良かった。段々と分かってくる事実に胸がギュッと締め付けられる。紫外線が人体の肌に影響を及ぼすほど強くなり海中に居所を移した未来というのも面白い。
私の意識は私のもの。それは本当?いつのまにか現実と思っていた世界がぐにゃりと歪んでいく。
他にも性の反転、無意識に都合よく塗り替えてしまう記憶、向き合わずに押し込めたホモフォビア…悲しいけどこの抑圧は今の時代にも十分あり得ること。
作中に沢山の文学作品が出てきて(特にベルイマンが印象的)嬉しかった。母と娘はどうして確執ばかり描かれるのだろう。
エリカ・チェノウェス「市民的抵抗 非暴力が社会を変える」読了。 ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ 3.5%ルール(運動の絶頂期に全人口の3.5%が積極的に参加している場合、革命運動は失敗しないという仮説)を広めた著者が、市民的抵抗に関して一問一答形式で質問に答えていく。 統計に関しては社会不正義は含まれず政権転覆等のみ含まれているけれど、抵抗の方法や傾向を考えるととても学びが多い一冊だった。 市民的抵抗は受け身・無関心とは反対の行動で、敵に直接危害を加えることがないものの、必ずしも友好的で礼儀正しいという訳ではない。このあたりは直近のインボイスで「方法」にこだわる人達を思い出させる。 非暴力革命のために大事になってくるのが「離反者をつくる」ことだそう。企業相手であれば、労働者、消費者、契約相手、卸売業者、輸送業者、投資家など。 ただ過去10年間の成功率は下降気味で、参加率も低い。ゼネストや大規模な市民的不服従を発展、組織的に使わずに大衆デモに頼りすぎている傾向がある。インターネットが普及したことで署名やいいねが手元で完結し、長期的な抵抗にならないことが多い。 このあたりはまさに自分のことで、襟を正す思い…。 機会があれば著者批判している「パイプライン爆破法」も読みたい。
斉藤真理子「韓国文学の中心にあるもの」読了。
人々はどうして韓国文学に惹かれるのか?セウォル号、IMF危機、光州事件、朝鮮戦争等から見る韓国文学の源やパワーについて丁寧に解説してくれている。この本が読めて本当に良かった。
特に朝鮮戦争に関しては、どうして今まで知らないでいられたんだろう、という恥や罪悪感やらでいっぱいになる。
著者の「恥があるということは恥ずべきではありません。(中略)そこにありえたかもしれない未発の夢を手探りすることです」という言葉の重みをしっかりと受け取る。恥で全てを占めるのではなく、次世代のために何ができるかを考えること。
過去の痛みに向き合い、その痛みを言語化することで回復の工程を丁寧に辿っていく。それは読者をとても勇気づけるものだと思う。
積読になっている韓国文学、この本に書いてあった小説や映画等少しずつ触れていきたい。
エルビラ・ナバロ「兎の島」読了。 すごく好きな短編集だった!どうにか保っていた日常も、一つの不安で簡単に崩壊してしまう。じわりと内的に追い詰めてくるような恐怖。物語の結末もはっきりしているものは多くなく、こちらに想像の余地を与えるのでまた怖くなる。 私は当事者目線で考えてしまいがちなので、小説に書いてあることを全て本当だと受け止める節がある。 疑いなく読むからこそ色んな所へ連れて行ってくれる。それもとても楽しいけど、もう少し多面的に読みたい気持ちもある。 次読む時は、どこまでが現実でどこまでが妄想、あるいは超自然なのか俯瞰して読んでみたい。 どこを取ってもおざなりになっていなくて、きちんと噛み締めるような言葉がとても多かったように思う。 「心の中では思っていても口に出さないことが、ほかにもたくさんあった。」
高井ゆと里「トランスジェンダー問題」読了。
著者はイギリスのトランスジェンダー諸問題について触れているけれど、日本に置き換えても大してかけ離れていないと思ってしまうほど近年のトランスフォビアは著しい。
イギリスが行った社会調査のアンケートで、「トランスジェンダーへの偏見は全くない」に対しては80%を超えているのに、彼らが警察官や教職に就くことを聞かれると途端に賛成率が半減している。私含め無意識下の差別はそうやって生まれているんだろう。
訳者の解説が同ページにあるのもとても良かった!基本は文献と一緒に一番後ろに持ってくることが多い気がしていて…その場で疑問を解決できるのはとても助かる。「このあたりの著者の記載については注意が必要」等訳者自身の意見も書いてあり、なんだか新鮮だった。
本書の最後には、訳者が章ごとのテーマに日本の現状を加えた「訳者解題 日本でトランスジェンダー問題を読むために」が書かれている。これもまた国内の問題を知るのにとても勉強になった。
8月に観た映画
長編
チェン・カイコー「さらば、わが愛 覇王別姫」
短編
シャーロット・ウェルズ「Tuesday」
https://charlotte-wells.com
※英語字幕のみ
川添彩「夜の電車」
https://kortfilm.be/en/node/114
予告編
https://vimeo.com/767565920
※海外サイトで有料配信
覇王別姫の衝撃が大きくて今月はあまり映画が観られなかった。だから短編をふたつ。
アフターサンで有名なシャーロット・ウェルズの短編を観て、この人はどこまで終わらない孤独を描くのが上手いんだろうと思う。
夜の電車は大好きな三好銀の漫画「いるのにいない日曜日」が原作とのことで観たら、夢現になるような映像で心を掴まれた。
映画、音楽と本。不穏な海外文学が好きです。