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仮説: 西欧の壁抜け譚は中国渡来ではないか。

今のところサンプルは三つ。
アポリネール「オノレ・シュブラックの失踪」
マルセル・エイメ「壁抜け男」
蒲松齢『聊斎志異』中の「労山道士」

「オノレ・シュブラックの失踪」は必ずしも壁抜け譚ではない。主人公は壁を通り抜けたのではなく、張り付いて壁にまぎれこむ「擬態」にとどまる。19世紀以来の生物学の広がりを背景としたアイデアか。そう考えた場合、サンプルは2点に減る。

サンプルの過少は仮説にとって本質的な欠陥ではない。リンゴの実は人々の前でいつも木から落ちつづけて来たのに、誰も引力の存在を想定することはなかった、ニュートン以前には。

自分の能力の使いみちに目覚めたデュチユールは、手はじめに大銀行の金庫に忍び込み、ポケットに紙幣を詰め込んで立ち去る。現場の壁に赤いチョークで残された「狼男」の署名。
銀行、宝石店、富豪邸で繰り返される盗み。わざと捕らえられて入った刑務所からの脱出。有名なダイヤモンドが盗まれたり、中央銀行が破られたため、内務大臣が解任され、巻き添えで登記庁の長官も馘首。

女性運も訪れる。
嫉妬深い夫に監視されている美女との出会い。夜が更けるの忘れて愛し合う二人。
繰り返されるランデブー。そしてある朝の帰り道、壁を抜けようとしてふと感じる抵抗感。壁は急速に粘りを増し、彼は壁に閉じ込められてしまう。アスピリンと思い込んで飲んだ薬が、以前に医師から処方された薬だったことにデュチユールは思い当たる。その薬が過労に効いて、壁を通り抜ける能力が消えてしまったのだった。

デュチユールは生きている。彼の消えた現場を夜更けて通りかかるなら、人は吹きすさぶ風音のようなものを聞くことがあるだろう。それは輝かしい人生の終わりを嘆き、短かすぎた恋を悔しがる狼男デュチユールの泣き声なのである。
[粗筋おわり]

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マルセル・エイメ「壁抜け男」の粗筋

デュチユールは登記庁の下級役人。34歳。
ある夜、彼は鍵を使わずにアパートの部屋に入った自分を発見する。壁を通り抜けてしまったのである。
心配になって医者に行くと過労による症状との診断で、1年に2包の割で飲むようにと薬が出る。デュチユールは最初の1包を飲むと、残りは引き出しにしまって忘れてしまう。
新しく来た上司に嫌われるデュチユール。
上司の隣の部屋の壁から首だけ出して、怖がらせるデュチユール。「狼男」と名乗って、脅し文句を述べたりもする。
脅しを繰り返すデュチユール。ほどなく精神病院に送られる上司。
[つづく]