新しいものを表示

春日武彦
『老いへの不安―歳を取りそこねる人たち』

「とても○○歳には見えない」が誉め言葉になる昨今、老いはネガティブなものでしかないんだろうか。かつてあった老人ならではの役割が失われてしまえば、衰えゆく彼らは青年や中年の劣化バージョンになりかねないという言葉に胸がずきりとする。老いるとはどういうことか。きちんと年をとることは、ある意味きちんと死ぬことより難しいのじゃなかろうか? 文学作品や著者の体験を手掛かりとして味わい深い老いの姿も語られているけれど、やっぱりあれこれと考えてしまう。「老い」に関するもやもやを解消してくれる本ではない。それでも、もやもやの正体はなんとなく可視化されたかも。

E. L. カニグズバーグ
『クローディアの秘密』

家族に、そして自分自身に対して不満を抱く11歳のクローディアが家出先に選んだのは、メトロポリタン美術館だった。
弟ジェイミーを仲間に引き入れ、警備員の目を盗み、展示品のベッドを寝床代わりに……なんて、不可能とわかっていても胸が躍る! そして、そうした冒険の楽しさのみならず、等身大の少女が抱える思春期のもどかしさ、全能感、落胆といったものを、彼女自身ではなく粋な老夫人の語りという形式で描いているところにも素晴らしさを感じる。
先日読んだ別の本でストーリーの概要は知っていたんだけど、それでも十分にわくわくできたし、邦題の意味するものもしみじみと噛み締めることができる、いい作品だった。

ジュノー・ブラック
『狐には向かない職業』

動物たちが平和に暮らす村、シェイディ・ホロウ。ある日起きた殺人事件の謎の究明のため、キツネの新聞記者ヴェラが友人であるカラスの書店主レノーアの力を借りつつ調査に乗り出す。
登場キャラクターが全員動物ということもあり、殺人事件を題材としているわりにどこかほのぼのとした雰囲気。個人的には、もう少しその生き物ならではの特性が活かされていたらなお楽しめたかなとも思う。とはいえ作品全体の雰囲気は嫌いじゃないし、キャラクターのネーミングにも遊び心あふれているところが好みだ。

上野瞭
『現代の児童文学』

児童文学のなかで描かれる「あたりまえの世界」「ふしぎな世界」「おかしな世界」を糸口に、さまざまな作品を参照しながら「児童文学とは何か」を解き明かしていく。
かなり古い本(昭和47年)だが、「子供」のあり方を固定化し、彼らが成長し変化していく存在であることを否定して大人側の価値観を押しつけることへの鋭い批判は現代においても十分な説得力を持つのではないだろうか。ブックガイドとしてもおもしろく、ピアス『トムは真夜中の庭で』の解説は作品のさらなる魅力を引き出してくれたし、私の好きなバラージュ『ほんとうの空色』や、モルナール『パール街の少年たち』にも触れられているのも嬉しい。

今村翔吾
『八本目の槍』

賤ヶ岳の七本槍と呼ばれる秀吉子飼いの武将たちのたどった運命を、「八本目の槍」こと石田三成との関わりとともに描いたオムニバス小説。
若かりし日々をともに過ごした男たちがやがて異なる道を歩まねばならない物悲しさや、彼らがみずからの才覚や気質、立場に悩みながら戦乱の世を生きていく姿がよどみない筆致で綴られていて、不器用な男たちの青春のドラマとしてなかなか楽しめる内容だった。

春日武彦
『恐怖の正体―トラウマ・恐怖症からホラーまで』

ホラーと名のつくものが苦手で敬遠してしまう自分のような人間でも、こういう本を手に取ってしまうあたり、やはり「恐怖」には何か惹きつけられる部分があるのだろうか。想像していた内容とちょっと違ったし、ところどころ悪趣味だなーと思わないでもなかったけれど、文学的な視点も交えつつ身近な恐怖の正体に迫っていくエッセイという感じで、興味深くおもしろかった。「銀幕のスター」の話は私も同じことをしてしまうと思う。

上野瞭
『ひげよ、さらば (上・中・下)』

記憶喪失の猫・ヨゴロウザがナナツカマツカの猫たちと出会い、彼らのリーダーとして犬たちと戦う。
過酷な生存競争の物語という側面もあるにはあるが、より重心が置かれているのは他者とのわかりあえなさ、自分自身と向きあうことのままならなさだろうと思う。登場キャラクターの中では学者猫とタレミミが好き。中盤以降特にダークな描写が多めなので「これが児童書?」と感じる人も多いだろうけど、周囲に見せたい自分と本当の自分の違いに悩んだり、周囲からの決めつけに対して息苦しさを感じがちな世代の読者にヨゴロウザの苦悩は案外刺さる部分もあるんじゃないだろうか。

ケヴィン・ウィルソン
『地球の中心までトンネルを掘る』

どこか奇妙で現実離れしたシチュエーションとともに、孤独な人々の切実な思いを描いた短篇集。
どの話も言葉では言い表しがたい複雑な感情を描き出しており、大きな捻りも揺さぶりもないのに結末がすっと胸に落ちてくる感覚が新鮮だった。一番のお気に入りは「発火点」。ただ、読んでいくうちに似たような話ばかりという印象も強まり、正直、終盤には少し食傷気味になってしまった。ひとつひとつの話はどれもいいのだけど……。

野口武悟
『読書バリアフリーの世界―大活字本と電子書籍の普及と活用』

読書バリアフリー法をはじめとして、「本の飢餓」の解消のためさまざまな取り組みと努力があることがわかった。現在も法整備が進みつつあるものの、まだまだ課題も多いようだ。
大活字本は自分も図書館で見かけたことがあるが、読書が困難な人ばかりでなく、なんとなく読書に抵抗を感じている子供たちが本を手に取るきっかけにもなっているというのが新鮮な驚き。
また、「紙か電子か」はよく持ち出される話題だと思うが、著者の「紙も電子もあって、読者自身が自分にあったものを選べるようにすることが大切」という言葉が何よりしっくりきた。

本村凌二
『剣闘士―血と汗のローマ社会史』

第一章はとある剣闘士が遺した手記を著者が翻訳したという体のフィクション。剣闘士という存在を概観するだけでなく、彼らがどのような心境で戦いの日々を過ごしたのかということに思いを馳せたくなる内容で、短いながらも読みごたえあり。
第二章以降は剣闘士と剣闘士競技についての解説。剣闘士競技には本来葬儀の一環としての宗教的な意味あいがあったというが、ローマという国の変質とともにいつしか民衆に提供される娯楽としての性質を強め、やがてただ生きるか死ぬかの殺しあいと化していく。ひと口に剣闘士といっても出身地や装備によって呼び名が違い、競技で求められる役割も異なる(網闘士は兜をつけないため、凛々しい顔の若者が多かった等々)というのを初めて知り、こちらもおもしろかった。

スティーヴン・キング
『グリーン・マイル』

初スティーヴン・キング。どういう話なのかは映画版で把握済みだけれど、序盤から数々の伏線がしっかりと張りめぐらされていることに驚いた。そして、結末を知っていてもやはり引き込まれてしまうのがすごい。とにかく展開に無駄がなく、それでいて読者の興味をかきたてていく手法の巧みさに惚れ惚れする。当時リアルタイムで追いかけていた読者はさぞかしやきもきさせられたことだろうなあ。

トニ・マウント
『中世イングランドの日常生活―生活必需品から食事、医療、仕事、治安まで』

読者が中世イングランドにタイムトラベルしたときのために……というスタンスで書かれた生活ガイド。取り上げられているのは12~15世紀のプランタジネット朝期。おもに庶民の日常について広く浅く、堅苦しくない文体で書かれているので読みやすい。これを読んで実際に行ってみたくなるか? といわれても自分はそうはならないが、14世紀のペストの大流行が良くも悪くも転機となったことや、当時のイングランドの人々の暮らしぶりについてイメージを膨らませることができた。時代の隔たりを思えば当然かもしれないが、英単語の意味が今といろいろ違っているのはおもしろいな。

ミシェル・パストゥロー
『図説 ヨーロッパから見た狼の文化史』

ヨーロッパにおける狼は想像していた以上に人間の暮らしと関わりの深い生き物だったのだなあ。古代から中世の狼のイメージの転換にキリスト教の影響があったというのはわかるけれど、そこには気候変動による環境の荒廃や疫病などが原因で、狼たちがそれまで以上の脅威となったという切実な背景もあったようだ。人々の暮らしが比較的安定していた12~13世紀には狼への恐怖心も幾分薄れ、その事実が文学作品にも反映されるいっぽう、再び疫病や戦乱が猛威を振るった中世末期から近世~近代には……というのも納得。狼に由来する地名や諺がこんなにあるのもすごい。

ポール・ギャリコ
『ジェニィ』

突然白猫に変身してしまった8歳の少年ピーターが、助けてくれた雌猫のジェニィとともに繰り広げる大冒険の物語。変身直後のピーターが直面する災難のリアルさに引き込まれ、2匹の旅にわくわく。やたらと詳細な「身づくろい」の解説に、そういえば『猫語の教科書』の人だったんだっけと思い出す。結末をいまいちと捉える人も多いようだけど、私は孤独な少年が愛されること・愛することの意味を学ぶストーリーとして味わい深い結末と感じた。ちょっと翻訳の文体が古めかしかったので、もう少し今風の翻訳でも読んでみたい。

三原幸久 [編訳]
『ラテンアメリカ民話集』

ラテンアメリカ(ただし、本書ではフランス語圏であるハイチで収集された民話を含んでおらず、イベロアメリカと呼ぶのが正しいようだ)の国々に伝わる民話の中から37話を収録したもの。多くが土着の民話ではなく西欧から伝えられた話とのことだが、同様の話型を用いた話がほかにどういった地域に分布しているか、ルーツとされている場所はどこかという解説があり、そこから見えてくるものがおもしろい。時には西欧のそれよりもむしろ日本の昔話に近い内容のものがあったりと、全体として親近感の湧く内容だった。動物譚や笑話が多く収録されているのも嬉しい。

オゼキイサム
『すもうのずかん』

監修は長年大相撲の実況に携わってきた藤井康生アナウンサー。子供向けの絵本図鑑ということで平仮名多め、人物のぷくっとしたほっぺたが可愛らしい絵柄。力士の番付や行司・呼出し・床山の仕事、所作や決まり手、相撲部屋の一日などがわかりやすくぎっしり詰まっていて、相撲に興味を抱いた子が「好き」へのとっかかりを作るのにぴったりな内容じゃないだろうか。

飯田一史
『いま、子どもの本が売れる理由』

『「若者の読書離れ」というウソ』では主に中高生向けの本を考察の対象としていたので、こちらも。「おしりたんてい」「ゾロリ」などが支持される理由の考察、戦後の子どもの本をめぐる通史や雑誌人気の推移など読み応え十分。大人が読ませたい本と子どもが読みたい本はイコールではない。それにしても、時流に即しながらも芯はブレない「コロコロ」のすごさよ。

ハンネレ・クレメッティラー
『図説 食材と調理からたどる中世ヨーロッパの食生活―王侯貴族から庶民にいたる食の世界、再現レシピを添えて』

保存技術が現代ほど進んでおらず、我々が慣れ親しんでいる新大陸原産の食材も当然手に入らない。使える食材が限られている上に断食の有無や当時信じられていた四体液の原則が加わって、調理方法にも食べあわせにも細かな決まりごとが多いという印象を受けた。とはいえそうした中でも人々は様々な工夫や配慮によって日々の食事を楽しんでいたようだ。紹介されているレシピもどれも美味しそう。著者はフィンランドの人で、北欧に関する記述が比較的多め。

Fedibird

様々な目的に使える、日本の汎用マストドンサーバーです。安定した利用環境と、多数の独自機能を提供しています。