ジル・ペイトン・ウォルシュ『ケンブリッジ大学の途切れた原稿の謎』(創元推理文庫)を読んだ。
イモージェン・クワイシリーズの第2作目。イモージェンの友人であり下宿人であるフランが、とある数学者の伝記の執筆を依頼されたものの、どうやらその仕事は訳ありで……というところからストーリーが展開する。
前作同様、派手さはないものの伏線回収がきれい。あるものが重要な鍵になるところなど、「そうきたか!」ととても興奮した。相変わらず主人公の人脈が都合よく機能しすぎている気もするけど、今回はそこまで目くじらを立てるようなものではなかったかな。主人公とその友人たちの友情が快いし、おもしろかった。

ドニー・アイカー『死に山 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相』(河出書房新社)を読んだ。
遭難から半世紀以上が経過しても真相が解明されず、いくつもの陰謀論が飛び交う「事件」の謎に、米国人ジャーナリストが迫っていく。
遭難に至るまでのトレッカーたちの視点、彼らの捜索にあたる人々の視点、そして真相を追う著者の視点が交互に描かれ、なかなか焦らされる構成。
著者が導き出した結論にどれくらいの信憑性があるのかは別として、著者の考え方や姿勢や、犠牲になったトレッカーたちへの敬意といった部分に共感を覚える内容だった。

マレーク・ベロニカ『ボリボン』(福音館書店)を読んだ。
『ラチとらいおん』の絵柄がとても可愛らしかったので、同じ作者の絵本を。
すぐに物を壊してしまう男の子ガビと、テディベアのボリボンのおはなし。テンポのいいやり取りを通じて、ガビにとってボリボンがだんだんと大切な存在になっていく様子が伝わってくる。

この作品が作者のデビュー作とのことだけど、私が読んだのは近年日本語版として新たに描き直されたものらしくて、ガビくんがびりびり破いてしまった本にはしっぽの長いらいおんの絵と、"LACI ÉS AZ O...(ラチとら……)"の表記がある。ちょっと複雑だな~。

船木上総『凍る体 低体温症の恐怖』(ヤマケイ文庫)を読んだ。
著者は医学生時代、アルプスで氷河のクレバスに落下して宙吊りになり、16時間後に救出されたという凄まじい体験をされた方。
助かったという事実もさることながら、リハビリや学業へのモチベーションを保ち続けられた気の持ち方が本当にすごい。医学的な解説の部分は自分には難しいところもあったけれど、低体温症についてもっと知りたいと思っていたので、学ぶところの多い内容だった。

トンケ・ドラフト
『七つのわかれ道の秘密 (上・下)』

新任の小学校教師フランス先生が、謎めいた伯爵家とそこに隠された宝の秘密に関わっていくという話。この作者の作品は『ふたごの兄弟の物語』や『王への手紙』といった疑似中世ものしか知らなかったので、現代もの(といっても舞台は1960年代)はどんな感じかなと読んでみた。
フランス先生が言葉足らずな登場人物に振り回されてばかりで、先に挙げた作品の主人公のような活躍を期待すると物足りないんだけど、癖のあるキャラクターたちがわいわいしたり、下巻に入ってからのとある少年との腹の探りあいはまあまあおもしろかったかな。

ハインリヒ・プレティヒャ
『中世への旅 騎士と城』

復刊が話題になっていたので、同シリーズの『都市と庶民』ともども購入。ようやく読めた。
元は西ドイツのギムナージウムの学生を対象に書かれたものとあり、ドイツ語圏の話題が大半。騎士道華やかなりし12~13世紀の騎士像を、彼らが暮らす城の様相とともにわかりやすく概観できるというとっつきやすい内容だった。図や写真も見やすい。騎士叙任の際に手で首を叩く仕草がこの時代のドイツにはなかったというのは知らなかった。

ポール・ギャリコ
『ほんものの魔法使』

ものいう犬を連れて、魔法都市マジェイアにやってきた魔法使いのアダム。しかし、住人たちが技巧を駆使して披露する奇術と、種も仕掛けもないアダムのそれは、同じ「魔法」でも似て非なるものだった。
しょうもない奴も悪い奴も出てくるんだけど、すごく前向きな気持ちになれるファンタジーだった。この作品における「魔法」をめぐる解釈はとても好きだ。世界が不思議なものや未知なる可能性に満ちあふれていると信じられたなら、だれにでもほんものの魔法が使えるのかもしれない。

池波正太郎
『元禄一刀流〈新装版〉池波正太郎初文庫化作品集』

池波正太郎さんの作品は「剣客商売」シリーズしか読んだことがなかったんだけど、この作品集では実在した人物に題材を得た話がいろいろと読めておもしろかった。表題作は登場人物それぞれの心情を思うとやりきれない気持ちでいっぱいだ。

倉地克直
『江戸の災害史―徳川日本の経験に学ぶ』

「徳川の平和」の裏で、次々と大きな災害に見舞われた江戸時代。現代よりも生きることが遥かに困難な時代だったとはいえ、正直これほどの頻度とは思っていなかったので、読んでいて気持ちが沈んでしまった。
幕府や藩が救済や復興に苦心するなか、人々のあいだにも災害を記憶に留めようという意識が芽生えていったという。そこには後世への警句とともに人間の生きた証を残したいという願いを感じる。その一方で、人の手に負えない災害の苦しみを洒落によってやり過ごし、再スタートとしての「世直り」を待望するというこの時代の心性もまた強く印象づけられた。

ジル・ペイトン・ウォルシュ
『夏の終りに』

海辺の別荘でひと夏を過ごす、多感な年頃の少女マッジの物語。
あの微妙に背伸びしたい欲求、自分にはなんでもできるという根拠のない思い、そしてそこから突き落とされて、自分には何もないと考えてしまう絶望感……思春期の少女の感情の動きが美しい風景描写と相まっていちいち心を抉ってくる。
最後のポールの言葉はささやかな救いだったけれど、それでもおとなの身勝手がこどもたちに不条理として降りかかるのはやりきれないな。

マレーク・ベロニカ
『ラチとらいおん』

怖がりな男の子・ラチが小さならいおんの力を借りて成長していく姿を描いた絵本。
60年くらい前の作品で線も色使いも素朴なのに、登場人物の身振りや表情が豊か。特に、ちっちゃいくせに「きみ、よくみていたまえ!」なんて一丁前な口を聞くらいおんがとてもかわいらしい。いつも泣いていたラチくんが最後に見せる涙のシーンの表情がまたいいのです。

知念実希人
『放課後ミステリクラブ2 雪のミステリーサークル事件』

親子で楽しめるという触れ込みの本格ミステリ。
すべての漢字に振り仮名がついていたり、低年齢の読者には文章だけではわかりづらいかなと思われるところに挿絵があったりと、前作同様こまやかな心配りが嬉しい。
今回の事件の題材は雪の降り積もる校庭に突如現れたミステリーサークル。前作では自力ですべての謎を解くことができなかったので、今作で「ああ、そうか!」となった瞬間の気持ちよさは格別だった。心温まる要素や、読者であるこどもたちに向けた作者からのメッセージがとてもいい。

前川久美子
『中世パリの装飾写本―書物と読者』

中世絵画の独特の様式や表現方法について知りたかったので手に取った本。13世紀から15世紀初期のパリで生み出された装飾写本が、図版編・テクスト編の二本立てで解説されている。
どの絵も情報量が多い! それだけに絵の題材、用いられた手法、他作品の影響、写本が制作された背景など、丁寧な読み解きがどれも興味深かった。

アンドリュー・シャルトマン
『「スーパーマリオブラザーズ」の音楽革命―近藤浩治の音楽的冒険の技法と背景』

クラシック畑の音楽研究家が、初代「マリオ」の技術的制約の中で生み出されたさまざまな工夫とその確信性について理論的に解説した一冊。
地上BGMのメロディに乗ってついジャンプさせたくなる欲求や、地下BGMの居心地悪さ・閉塞感といった、これまで感覚的に捉えていたものの正体が実は綿密に計算されたものだったというのは、驚きと感動が入り混じったような気持ちだ。BGMのみならず、効果音がもたらす効能についても考察があるのも嬉しい。

エドワード・ケアリー
『飢渇の人』

不思議で奇妙でぞわぞわする話ばかりを収めた短篇集。
正体の掴みがたいもの、異形、世間の隅に追いやられたものを擬人化も交えて描いていていて、シュールで滑稽、でもそこには悲哀や優しいまなざしもある……というとても好みの作風だった。
巨大プロジェクトの舞台となった町のその後を描く「かつて、ぼくたちの町で」、瓜二つの老夫婦が客人を歓待する「おが屑」、フランス革命時における実在の人物と犀との交流を描いた表題作「飢渇の人」が特にお気に入り。「パトリックおじさん」は冒頭の文と最後の挿絵で二度不意を突かれてしまった。

ジル・ペイトン・ウォルシュ
『ウィンダム図書館の奇妙な事件』

ちょっと都合よくいろいろなことが重なりすぎでは……? という気もするんだけれど、英国要素がたっぷり&伏線回収がきれいで満足。
何よりよかったのが、学寮付き保健師という一見地味な立ち位置の主人公。そうした立場と豊富な人脈、そして彼女自身の気遣いの力や義憤が謎を解き明かす原動力となっていくところが頼もしく、おもしろい。舞台が名門校のカレッジゆえ陰湿な人間模様もあり、読んでいる側まで憂鬱になってしまうところだが、彼女やその協力者たちの人柄には救われる思いがした。

バラージュ・ベーラ
『きょうだいの国』

少年ペーテルと少女イルマが小人に導かれ、水面に映った「きょうだいの国」を訪ねるというファンタジー。『ほんとうの空色』が大人の世界に踏み出す過程を描いた物語だとしたら、こちらは純然たる少年少女の冒険の世界という印象を受ける。おとぎ話の世界に迷い込んだかのような物語をカラー絵も交えた挿絵が引き立てていて、とても美しい。
「きょうだいの国」の住人は「わたしたちの国」の住人の良心のようなものなのだろうか? それでもそんな善良な彼らも「わたしたちの国」にいる片割れを失ってしまえばみなしごになってしまうという、ちょっと考えさせられる要素があっておもしろかった。
(講談社『こどもの世界文学25』に収録されたものを読みました)

高屋敷英夫
『小説 ドラゴンクエスト (上・下)』
『小説 ドラゴンクエスト2 悪霊の神々 (上・下)』
『小説 ドラゴンクエスト3 そして伝説へ… (上・下)』

久しぶりの再読(文庫版)。
『知られざる伝説』『アイテム物語』などの設定やオリジナル要素も取り入れつつ、原作における必須イベントをうまく小説に落とし込んでいる。ゲームの記憶をフラッシュバックさせながら、少ない容量で表現されたファミコン時代のRPGの世界に奥行きを加えた作品として楽しめる内容だと思う。
ヒーロー&ヒロインの個性が薄い(あえて典型的なヒーローヒロインの枠をはみ出さない性格づけをしているようにも思える)なか、脇を固める仲間たちがみんな魅力的なのがいい。特に『3』の女戦士クリス、僧侶モハレは最初から最後まで一緒に旅した仲間だけあってお気に入りのキャラクターだった。

アンヌ・ベレスト
『ポストカード』

差出人不明のポストカードには、「わたし」=作者アンヌ・ベレストの曽祖父母とその子供たち……かつてアウシュヴィッツで命を落としたラビノヴィッチ一家4人の名が記されていた。でも、いったい誰が、なんのために?
カードに記された4人、そして一家のなかで唯一収容所行きを免れた祖母ミリアムのたどった道のりを追いながら、みずからのルーツとアイデンティティについて自問するアンヌ。登場人物たちの心の動きがつぶさに、彼らを取り巻く環境とともに重層的に語られて、ずしりとした読み応え。最初はノンフィクションかと思って手に取ったため、小説としての肉づけがされていないものを読みたかったという気持ちもあるが、それでも、家族が生きた記憶を消し去りたくないという作者の思いが強く伝わってくる作品だった。

エドワード・ケアリー
『アルヴァとイルヴァ』

架空の町エントラーラと町を救った双子の姉妹・アルヴァとイルヴァの物語。
双子の姉アルヴァが書いた伝記を翻訳し、町の観光ガイドを付け加えた本という体裁をとった作品で、あとがきにあるように「大人のためのおとぎの国」という表現がぴったりだと思う。双子のキャラクターもどこか作りものめいているんだけど、エントラーラという狭い世界から飛び出そうともがき、自分自身と妹を傷つけずにはいられないアルヴァの姿がとても痛ましく感じられた。

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