いやでも前も言ってたけど私にもわりとある「自分の限りある時間を世のため人のために有効に使いたい」みたいな感覚ってボランティアに向いてないよなって。ボラ、わりと時間を無尽蔵に無駄に使う可能性のある活動なので…
しかしこのマストドンを賭けてもいいけど
これ無意識のやつなのでほとんどの人はやってると思います。やってたことないやつはたぶんいない。グループに話しかける時に平等に視線を送っているか???その中でいちばん話がわかりそうなっていうかグループ内権力がありそうな人だけ見て喋ってないか???って言われたらほぼ全人類がギルティだと思います。私も日本にいた時にやってたし今でもやってる。確実に。
でもこれやってる時は気づかないんだけどやられてる時はびっくりするくらいはっきりわかるので、やっぱり全人類がギルティだからそれが普通とかでなく文字通り全員がギルティであるので皆で意識して克服していこうぜっていう気持ちです。私も気をつけていくわ…視線に…
そろそろほとぼりが冷めたかと思って話す話題
いやアカデミー授賞式の時の壇上スルー問題のやつなんですけど。
まあ当時ホットな時は言わなかったんだけど、あれめちゃくちゃあるある~~~で、あまりにもありすぎるので今さら改めて怒る気にならないのだがそれは諦めているとかオーケーだとかいうことではなくてまじで純粋にあまりにもあるある~~だからなんだよなっていうその気持ちを表明しにくかった。ホットな時は。
っていうのを言ってなかったなって思い出したのは、昨日ボランティア先のイベントに参加した時、その場にいた4人くらいでしゃべってたら誰とも視線が合わなかったからです。
いやまじでね、一対一で喋ったりするときはふつーなんだけど、グループになったとたんに発言ターンを持ってる人と視線が合わなくなるからねっていう。
まあすごいわかるんだよな~~~グループに対して誰にともなく話しかける時にその対象が私にならないっていう現象~~~。わかるからってOKということじゃないけど(リピート)。人種以外に個性の問題とかもあるけどね。
健康の社会的決定要因
そうそう社会福祉系ボランティアやってる関係もあってSocial Determinants of Health(健康の社会的決定要因)に興味がでてきたのでやはり無料のオンライン授業をぽちっとしてみたんだけど、コースの提供元がアメリカの大学で、社会的格差の話になるととにかく人種の話をメインでする。それもたぶんいわゆるアメリカ人内における人種格差を念頭に置いてるんだろうなという感じ。
カナダの社会正義・福祉系の場合、重点的にやるテーマってまず先住民(広い意味では人種だけど)であと移民とか僻地福祉とかも多いかなーという印象あるので、やっぱりアメリカは違うなという気になる。Critical Race TheoryとかカナダのSDHの授業では出てこないんじゃないかな。
今日も今日とて病院ボランティア
といっても2回目!!!なんだけどなんかずっといましたみたいな顔で参加していた。今日は病院にバンドがやってきてのコンサート。「踊って!」って言われたから立ち上がって皆の前で踊ってきたよ(言われたことを真に受ける人)。
そうだ先日言ってた日本語しか話さないレジデントさんに加え、今日は中国語しか話さないレジデントさんがいるから話してみて!と言われたので私のもはや忘れかけた中国語を脳の奥からひっぱりだしてお話したりしていた。
その施設内の共通語まったく通じない状態で長期ホームに入居してる人って意外と多いんだなあ~と思った。なんかすごい目が開かれる。そうなんだーー。
ひとりごと用アカウント(閲覧・フォローはご自由に)。映画見たりファンフィク書いたり猫と暮らしたり。在加のため日本公開前の映画の話してることもある。
現在トップガン:マーヴェリックのハングマンxルースターの話ばっかりしてる。
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