ウィルフリッド・ビオンというイギリスの精神分析家は自身の従軍経験から、戦場と治療現場にアナロジーを見出す。戦場は計り知れないほどのリスクで満ちているため、何が起こるかも、それに対してどんなアクションを取るべきかも不透明であり、それと同じようにセラピーの現場でも、患者の仕草や言葉を見通すように完全に理解できると考えるべきではない。拙速に結論や理由に飛びつき何かを理解する気になるのは戦場でもセラピーの現場でもリスクとなる。上の観点からビオンはジョン・キーツのネガティヴ・ケイパビリティ概念を評価。

世季子 さんがブースト


こういう問題を「上/当局からの押し付け」と枠付けして「それに負けない俺たち」の反発を動員する動きは、日本ではいわゆる「表現の自由戦士」と言われる一群にも見られます。そして、キャンパス内の学生の言動にも、それと同様のものは、すでにはっきりとあらわれています。

したがって、「大学((中枢?良心的教員?本部?当局?)が推進する性差別是正を大学自治が阻んできた」という図式は、現在の大学それ自体をめぐる政治風土を考えても望ましいものではありませんし、現場レベルでのキャンパスの女子学生やフェミニズム団体にとっても支えにはなりません。

現実には、学生自治の枠組みの中で粘り強く他の学生たちへの説得を続けてきたフェミニストの学生たち、それを受けて自治会として性差別是正やD&I推進に取り組もうとしてきた学生たちもいるわけです。

むしろそちらに目を向けませんか、とわたしは言いたい。

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『# MeTooの政治学 コリア・フェミニズムの最前線』の鄭喜鎭論考に李静和の『つぶやきの政治思想』の名が挙がっていて感動した。性被害の告発が言語が権力の産物であると暴き立てる時、その理論はディアスポラやポストコロニアリズムと接続できるようになることを改めて実感させられる。

現代思想2024年2月号の小田切拓氏の論考で引用されていたイスラエルの運動家Jeff Halperの記事。"イスラエルが、兵器や抑圧方法といった自らの行う占領を、それを喜んで迎え入れる顧客であるアメリカやヨーロッパの軍、安全保障機関、警察に対して輸出するのと同じように、国際人道法を効果的に操る専門技術やその効果的なPR技術を輸出しているのだ"

counterpunch.org/2014/08/18/gl

ラクラウ、ムフの「民主主義の革命」生産力の中立性批判のところでスティーヴン・マーグリンとキャサリン・ストーンやマリオ・トロンティの名前が出てきたぞ。資本の内的構成と支配形態は労働者階級の闘争によって変更を加えらてきたことは、経済を自律的で自己制御された世界として理解することをできなくする。

バトラーが「自分自身を説明すること」の注で紹介していたThomas Keenanの「Fables of responsibility」面白そう。邦訳出してー。

kinokuniya.co.jp/f/dsg-02-9780

昨日のGRIND STEROID、機材のトラブルの関係で、FULLMATICさんの貴重なラップでのライブが見れてよかった。

基本行くのハーコーのライブばっかだから帰りめっちゃ髪の毛とかにヤニの臭いつく。

病院事務やってる友達が出された保険証が本物かどうかなんて分からないよと言ってた。それを知っていれば桐島聡も自費診療で高い金払わずに済んでたかもしれない……。

世季子 さんがブースト

1977年の雑誌「フェミニスト 新しい女たちの 青鞜」でケイト・ミレットに「フェミニストがレズビアンになっていることについてどう思いますか?」という質問を投げかけたり、微妙に反同性愛的な内容を含む(あと男女共用トイレの話とか)翻訳原稿を載せてたりしている一方、1978年の「ザ・ダイク」では 青鞜研究の中で尾竹紅吉が軽く扱われ同性愛に焦点が当てられないことを指摘していて、50年近く前にあるこの緊張感みたいなの今も変わっていないし、そうした言説があったことを知ることも不可能に近いし(めちゃくちゃ偶然の好機で見れた)、なんか全てが難しい。

浦和の古本まつりのすごいところはそれなりに値段張る古本も普通に100円均一コーナーに落ちているところ。今日買った資本主義の起源も100円コーナーにあったもの。Amazonのマケプレだといちばん安くても2000円台なのに。

月イチで開催されてる浦和の古本まつりで買ったものとメルカリから届いていたもの。「サルトル哲学序説」と「資本主義の起源」を買えたのは大収穫なのでは。メルカリから届いた現代思想のドゥルーズ特集はアガンベンの邦訳や廣瀬純によるラプージャッドへのインタビューが収録。

「ラカニアン・レフト」所々挟まる豆知識が面白い。「広報の父」と呼ばれる広報・宣伝分野のパイオニアであるエドワード・ベルナイスはフロイトの甥。フロイトの英訳の出版にも一役買っている。広告産業の動機調査の技術を発展させたアーネスト・ディヒターもフロイトの影響下にある人物。消費行動の無意識的な動機の調査のために精神分析を使うこともあったとか。こうして、精神分析の自由連想と、深層面接と市場調査のために抽出された消費者グループとのアナロジーが生まれる。

ヤニス・スタヴラカキスの「ラカニアン・レフト」をぼちぼち読んでいる。ジョエル・ホワイトブックの名前がちらほら出てくるのが興味深いですね。

metaphysicaの語源ってアリストテレスの死後講義録をテュラニオンって蔵書家が整理編纂した時に、アリストテレス自身が"第一哲学"と呼んでいたノート群が"自然学"関係のノート群の次に配列されて、その時に与えられた"自然学の後の巻"という呼び名からだということを知った。最初は本の配列順を指すものでしかなったのが重大な意味を持つものになったのは古代末期にアリストテレス哲学がキリスト教の教義体系組織のための下敷きとして使われるようになってから。「後」という意味のメタが、「超」という意味のメタに読み替えられた。

"歴史的な現実をアポカリブスというタームで語ることによって。そうした現実は、たとえ恐るべきもの、壮大なものであるにせよ、ひとつの観念に還元されてしまうだけである。わたしたちが生きているのはイメージの地獄──それは抽象的で仮言的で、その広大さきにいたるまで単純な場である──などではなく、特定のイメージの歴史によってそのつど構図の変わる複雑な世界である。地獄、それは歴史の反対物である。"

ジョルジュ・ディディ=ユベルマン「受苦の時間の再モンダージュ」p.99

ジルソンの中世哲学の精神が古本屋の店外ラックに投げ売りされてたので買った。ドゥルーズの中世哲学理解はほぼジルソン経由らしい。

ガザへの空爆が始まってから、ショッキングな映像を目にする機会が格段に増えた。映像越しに死体を見るのは珍しいことでもなくなった。トラウマ的映像とその拡散。これも虐殺が引き起こす状況の一つ。

世季子 さんがブースト

納得のいかないキャンセルに抗議なさるのはもちろん当然だと思うのだけれど、それならそれと同時に、お膝元の学会誌でトランス関係の査読論文が査読コメントもなく突き返されたり、差別的発言に抗議してスタンディングする若手マイノリティ研究者をわざわざ写真に撮ってみせてそれに対する写真削除要請を学会幹部が黙殺したり、そういう、キャンセルされるポジションに辿り着く前の段階での声の封殺に対しても、もう少し目を向けて頂ければ、とも思う。

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