ニーチェ以前にも、道徳を歴史的に変化するものと見做し、その変化を進化論的に説明する試みがあり、ニーチェもその内容を知っていたが、パウル・レー、スペンサー、レッキーなどによるこの試みは、道徳の変化が利他主義へと向かう一方的な「進歩」であるという前提を共有していた。ニーチェにはこの点が不満だった。道徳の変化は進化であっても必ずしも進歩ではなく、道徳の一方的な変化という前提に囚われているかぎり、道徳の多様性という事実が説明できなくなる。この不満は、ダーウィンがラマルクに代表される先行の進化論および地質学のうちに見出した困難に対応する。ダーウィンもニーチェも同種類の困難を解消するために、同じ図式を考案する。生物の進化も道徳の変化も、ともに直線ではなく、枝分かれを繰り返す扇状の系図によって描かれることになり、そのために二人のこころみは系譜学(系統学)と呼ばれる。系図を作ること、系譜学とは、分岐点を記述する作業。