恒川光太郎『雷の季節の終わりに』読了。
異世界を舞台にしたファンタジーを読むのは久々で、前半は設定を頭に入れるのが第一!という感じだったけれど、読後は「いいもの読んだなぁ」という気持ちになった。同時に切なくもある。
地図に載っていない土地、"隠”に暮らす少年が主人公で、そこには四季のほかに神の季節がある。
歴史は数千年前からというその地域は余所者を拒んで閉鎖的に生活していて、表面的には平和ではあるのかもしれないけれど輝かしい未来はないと思った。異端者に対する態度を見てもそれが窺えて、その残酷さは現実にも通じるものがある。
異世界の話であっても暮らしているのはやっぱり人だから、見ていてどこかに共感したり憤ったりするのは同じ。
すぐ隣にこういう場所があってもおかしくないような気がしてくる。
少年少女の姿から、いつかは大人にならなきゃいけない、自ら選んで歩んで行かなくてはならない、という成長を感じさせる部分もあった。覚悟を決めてたくましくなっていくのは人が通る道でもあり、好きにならずにはいられない。
その先には誰にも真似できない自分の人生が待っていて、良くも悪くもきっと実感は強く得られると思うし、後悔がないはずだ。
村田沙耶香『生命式』読了。
著者の小説を何冊か読んでいても新鮮に驚かされる部分が毎回あるのだけれど、なんとなく分かる!と思うところと、これは無理かも……と思う境界線が自分の中でだんだん曖昧になっていく。最初に作品を読んだときと比べると随分受け入れられるようになってきている。でも個人的に、食事の前後には読めないかもしれない。
女二人の友人関係から家族になる話や、女子中学生が自分の体と性について真剣に考える話、常に他人に合わせていて自分の性格がない女の話などが特に印象に残った。所謂ディストピア飯の話もユーモアがあって面白かった。
基本的に主人公はほぼ女性で、同性である私には想像と理解がしやすく、彼女たちが自分らしく生きているのを見ると励まされる部分が大きい。我慢しなくていいよと応援する気持ちになってくる。
著者の一貫した世界観から発せられる言葉を摂取していくうちに、世間の常識が脆いものであることにいつも気付かされる。
読む度に自分の頭が凝り固まっていることにハッとするし、普段何に影響を受けて生きているか改めて考えさせてくれる。
ひとりひとり、誰に許されるでもなく色んな価値観を持っていていい。そう思える短編集だった。
津原泰水『11 eleven』読了。
SFやホラー、幻想文学など11作品の短編集で、どれも個性豊かで濃厚な綺譚だった。
読者の好みによるかもしれないけれど、特殊な設定もスッと受け入れやすく、流れるような文章が読みやすい。
風変わりな人物も多く出てくるけれど「こういう人いる!」と思わせる何かがあって、理解はできなくても嫌いになれない。
登場人物の誰も共感を求めていない、悲劇は悲劇のままそこにあり、必要以上に訴えかけてこないところが好みだった。
どの作品も良かったのでどれかを選ぶのは迷うけれど、特に印象に残ったのは5作品。
・見世物を生業にしている一座の話「五色の舟」
・好奇心によって人生が変わってしまう女子中学生の話「手」
・ひょんな事から大型犬を飼うことになった話「クラーケン」
・黄金比の美しさを持つ女をめぐる「YYとその身幹」
・戦争文学「土の枕」
「土の枕」は毛色が異なり、戦争を機に大きく人生が変わった男の話。凝縮された迫力のある話だと思ったら、著者の母方の血筋の実話を元にしているとのことで更に驚いた。
混乱していた時期ならあり得る話なのかもしれない。短編ではなく長編でもっと読んでみたいような作品だった。
ヘルマン・ヘッセ『人は成熟するにつれて若くなる』読了。(編者 フォルカー・ミヒェルス/訳者 岡田朝雄)
老いや死を奥深く見つめたエッセイと詩。
そこに写真が加えられ、どんな生き方をしていたかが一目で分かるようになっていた。
息子のマルティーンが撮影したという写真の中の著者が、どれだけいい表情と佇まいをしているか。眺めてしみじみしてしまった。
庭仕事、菜園での焚き火、庭から望める湖や山の様子が長閑でじんわりと心を温める。
老人の品位についての話が興味深かった。
人はどの段階でも使命があるという。たとえ死の間際でもやるべきことがあるという考え方。
これは実際かなり難しいかもしれない。老いと共に忍耐を学び落ち着きを身につけ、前向きな喜びとユーモアを忘れず、傾ける耳と静かな目を持ち続ける。そんな成熟した人間になれるだろうか?
けれど著者はそれを体現しているように見えるのだ。
詩には人生が詰まっていた。
輝かしい青年時代を見送り、咲き誇った花も散るときが来るという感覚。そして巡る命の喜びをも感じさせる。
春から冬へ向かう季節と共に、老いを受け入れ使命をまっとうする姿は、きっとこれから生きていく上での支えになると思った。
西加奈子『通天閣』読了。
細々とした会話や一人一人の性格や癖がリアルで、実際にいる人だと錯覚しそうだった。世界はどうしようもないことだらけだし、別に楽しくもない、なんてことない日常の話が私は一番好きかもしれない。
二人の主要人物の視点が交互に書かれていて、舞台である通天閣周辺の実情が見えてくる。
生きていることになんの楽しみも見い出しておらず、決して輝いているとはいえない二人。
友人も恋人もなく、一人で食べて寝て起きて夢も希望も特にないまま仕事をする、そういう日常が書かれているのに面白かった。
語り手が変わるとき、おそらくその人物が見た夢の話から始まるのが印象的だった。
絶妙に辻褄が合わないところや夢特有の不気味なところ、本人の状況や感情が反映されているところ、そして夢の話には一切説明がないところが良かった。
何かが前進したり、良いことや面白いことが起きるわけではない毎日があることは、私にとっては心落ち着く癒しだったりする。
その地味で起伏のない毎日こそが人生のように感じているので、この本に書かれている日々に共感した。
望むと望まざるとに拘らず、孤独と自由を手にしている人間たちが愛おしく感じられる物語だった。
F・スコット・フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』(大貫三郎 訳)読了。
奇跡的に内容をまったく知らずに読み始められてよかった。想像とまったく違うストーリー展開になって驚いた。
巧みな心理描写で、登場人物の感情が目まぐるしく変わっていくのが伝わってくる。
場の空気感まで肌で感じられる。
表現の好みな箇所がたくさんあり、これでもかとマーカーを入れた。翻訳によってまた印象が変わるのかしら。
大富豪のギャツビーを中心に、癖の強い登場人物が起こす修羅場にはハラハラさせられた。
傍観者として振り回された主人公、ここにも個人的に共感できる点はないのだけれど、共感できないことって大事だなと思う。いろんな人間がいる方が面白いので……
主人公の彼が三十歳になり、これからの人生どう選び取って生きていくのかが気になった。
ギャツビーは元恋人を諦められない。
人生のうち、ほんのひとときの交流のなかに情熱を見いだしていく様子は眩しくて切ない。一途といえば一途で、過去に囚われているといえばそうだと思う。
過去を過去として扱い、新たな人生に踏み出していくのは不安が付きまとう。でもそうやって人は生きていくのだということが希望でもある。
浅田次郎『姫椿』読了。
短編集って一つ一つの設定を覚えるのに疲れてくることが多いけれど、本書はそういう煩わしさがまったくなかった。
どの話も数行の説明だけですんなり物語に入っていける。主人公がどんな人物であるか、これがどういった場面なのか、すぐ把握できるようになっていてストレスがない。
設定もさまざまなのに分かりやすく、構えずに読んでいける短編集だった。
登場するのは、共に暮らしてきた猫を亡くしたOL、負債がたまって後に引けなくなった経営者、不可解で恐ろしい真実を話す旧友、謎を残して突然死してしまったマダム、会社でも家庭でもお荷物になっている男、舞台人である元恋人を忘れられない社長、酔っ払いの女を拾った文芸編集者。
感動作からホラーまで色んな人生があると思わされたけれど、短編なので気楽に楽しめる点が良かった。
個人的に特に良かったのはラストの『永遠の緑』という話。
主人公は競馬が趣味の大学助教授。元教え子だった妻に病で先立たれ、娘と二人暮らしをしている。
妻と娘への愛。娘が親を思う愛もあって、なんだか心が温かくなる。こんな愛は素敵だなぁと素直に思った。二人の未来を思うと私まで朗らかな気持ちになった作品だった。
最果タヒ『星か獣になる季節』読了。
不思議な小説だった。
印象的な文章が沢山ある。なにかすごく大切なことが書いてある気がして引っかかるのに、この感覚をなんて言葉にしたらいいか分からない。そんな感じ。
主人公は、地下アイドルを応援している17歳の男子高校生。その地下アイドルが、殺人を犯した容疑を受けたことから始まる物語。
高校生活、青春真っ盛りには違いないのだけれど、爽やかな青春ではなくて、行き先も分からず傷つけ合う青春。
そして物騒な話になっていく。
地下アイドルに求めていることがひどく歪んでいて言葉を失ったけれど、それは主人公だけじゃなかった。
読み進めるほど、人が人に対して求めていることがどんどん浮き彫りになっていった。対象や程度が違うだけで、みんな同じようなことをして自分の居場所を作ろうとしている。
それは現実の私たちも見覚えのある17歳の姿だろうと思う。
後半からは、登場人物が19歳になって追想し、現実と向き合う話になってくる。
何か答えを欲してしまうけれど、きっと答えなんか存在しなくて、何も分からないままみんなここを通っていくものなのかもしれない。
うまく言語化できない青春のモヤモヤが詰まっていた。
(時々TLを覗きにきてリアクションするのを楽しんでいます。普段は個人サーバーのほうにいます)