タナ・フレンチ『捜索者』(北野寿美枝 訳)真相に迫りそうになると読むのを中断してじっくり時間をかけて噛み締めながら進めていった。
離婚と退職を経たアメリカ人の元警官が、アイルランドの小さな村に引っ越して一人で新生活を始めるミステリ。
家の修繕をしながら自然の中で穏やかに生活する主人公が、人との関わりを避けたいのにも関わらず、村の人間関係に巻き込まれてゆく。
自分にとって何が一番大切か、誰を守りたいか、自分の行動がどういう結果を招くのか、周囲はそれを見てどう思うか、何よりも自分がどうしたいか。
それに加えて社会的に一人前の大人に求められる様々なことがのしかかり、そのなかで最善を選び取っていかなければならない。
人生において一度失敗をした主人公はその後色んな場面で何度も迷う。不安に思うことや落ち着かない気持ちなどがありのままに、大切に書かれているように思った。
私自身、人間の心の機微や、求められていることを察する能力に欠けるので、主人公が何に失敗したのか分かっていないシーンなんかは胸が痛かった。
村人との交流は静かな隠居生活を遠ざけるけれど、人と関わることは基本的にはやはり楽しく豊かで人間的な行為なのだと思う。
https://www.hayakawa-online.co.jp/smartphone/detail.html?id=000000015103
デイジー・ジョンソン 著『九月と七月の姉妹』(市田泉 訳)読了。
十ヶ月違いで生まれた、強固な精神的結びつきを持った姉妹の話。
シャーリイ・ジャクスンの『ずっとお城で暮らしてる』の姉妹が頭に浮かんでくる。
読み始めの段階で姉妹の異常性は察せられるのだけれど、徐々に明かされていく二人の世界は読み手をグッと惹きつける魅力がある。
姉セプテンバーに振り回される妹ジュライの目線と、姉妹と距離を置く母親シーラの目線で話は進んでいく。
心を病んでいると思われる妹の話は要領を得ず、狭い世界で姉の評価だけを頼りに生活している様子がうかがえる。きっと姉に喜んでもらうことだけが自分のすべてになってしまっていて、それが生きる意味でもあるのだろうと思う。
いつも仲が良さそうに一緒にいて、姉が甲斐甲斐しく妹のお世話をするから勘違いしそうになるけれど、横からなんでも取り上げていくのは支配に他ならない。
けれど痛みさえも分け合い、他人を必要としない姉妹に魅力を感じるのも事実。姉に忠実なジュライのこと、妹を分身のように扱うセプテンバーのこと、私は嫌いになれない。ジュライが姉に依存していたように、セプテンバーも妹のことを手放せなかったのだろう。
川上弘美 著『ゆっくりさよならをとなえる』は、新聞や雑誌に連載された短い文章をまとめたエッセイ集。
本の話が非常に多いのが興味深かった。楽しそうに本を探し本に囲まれて本を読んでいる日々、こちらも思わずニコニコしてしまう。
ご本人曰く、"趣味といえば本を読むことくらいしかない"とのこと。今でもそうなんでしょうか。紹介されている中のいくつか、私も読みたくなってメモを取った。
どの文章も書き出しが良くて、そこでグッと掴まれる。テーマに対して端的であったり、自らの主張であったり、誰かからかけられた言葉であったり。
第一印象って大事ですよね、と思う。
まるで短い小説をいくつも読んでいるようだった。直接的な感情表現をしないことで、どんな思いだったのだろうと想像させてくれる余地がある。
淡々と穏やかに綴られた日々を読んでいくうちに、だんだん心が落ち着いてくる。日常のこと、読んだ本のこと、なんでもすぐには自分の感情を言い表せない時があるけれど、そのままでもいいのだと、なんとなく思えた。
漢字の開き方や言葉の選び方が影響しているのか、終始やわらかい雰囲気が漂っていて、けれどサッパリとしていて私にとって安心できるエッセイだった。
深町秋生『煉獄の獅子たち』はヘルドッグスシリーズの第二作目。極道組織のトップが入れ替わり、内部で揉め事が起こる頃を書いた前日譚にあたる。
私は一作目の主人公が好きだったし、早くその続きが読みたかったので物語に入り込めないかもしれないと思っていたけれど、杞憂だった。
ヤクザを憎むあまり危ういラインを行き来するマル暴と、組織ナンバー3の秘書をつとめているヤクザ。この二人の主人公の魅力が際立っていて、有無を言わさずあちらの世界に引き摺り込んでくれた。
ヤクザの世界も警察の世界も何も詳しくないし、登場人物の誰かに共感することもないのだけれど、なぜこんなにハマってしまったんだろう?
容赦ない暴力でねじ伏せる死に物狂いの戦いだから、命をかけて相手を出し抜き騙し合う。そこには闇を抱えて後に引けない苦しみもあり、それぞれのがんじがらめの事情が一つの出来事を立体的にしていて惹きつけられる。
前日譚なので結果は既に分かっているのにハラハラするし、主人公には死んでほしくなくて先を読むのが辛くなったり。知らず知らずのうちに情が移っていたようで、これが地獄であったとしても終わらないで生きていてほしいと願った。
三作目を読むのが楽しみ。
次はエッセイを読み始めました。
とても好みです
積読はほぼ小説なのに、今あんまり小説を読む気分じゃないんですね。でもそろそろ図書館で予約してた小説の順番が来そうなので、復活したいな〜
#マストドン読書部
夏目漱石『琴のそら音』を読んでいました。
大学を卒業後忙しくしている主人公と、心理学者になった同級生の会話が良かった。
本を読む時間のある友人に対して、羨ましさを通り越して心の中で嫌味が止まらないところとか
それでいて主人公は婚約者がいて幸せそうに惚気てくるので、なんとも微笑ましい短編小説でした
#マストドン読書部
津村記久子『まぬけなこよみ』は三年間の歳時記の連載をまとめたエッセイ本。
新年明けて初詣に行く話から、一年が経ち大晦日の年越しそばの話まで。
面白くて何度も吹き出した。基本的にゆるゆると肩の力を抜いていられるのに、時折ツボに入る表現があって不意打ちで笑わされる感じである。
お花見に命かけてる感じのする春の季節を読んでいて、まだ今は秋なのに「冬が終わったら桜の季節が来る!」と思わずワクワクしてしまった。私も桜が好きなので。(主に食の面で……)
藤もお好きなようで、サラサラと咲く藤をいつか見に行ってみたい気がした。好きなものを語る熱意って、読んでいても伝わってくるし楽しいですよね。
子どもの頃の思い出の話が多く書かれている点も私には興味深かった。
学校、友人、家族のこと、家庭環境の変化についても感情的にならずフラットに書いてあって、こういうのを思い出すのはつらくないのかしらと気になりつつ、私自身はほんのりと幸福な気分を抱きながら読んでいた。
あとがきで、そういった思い出を文章にする前と後のご自身の変化についても書かれていて納得した。大人になってから冷静に記憶を探っていくのは、自分のためになるのかもしれないと思った。
『野分』読んでました。
中編小説なのに濃厚で読み応えがあった!
漱石自身を反映していると思われる登場人物(元教師の文学者)は、人になんと言われようとも後悔しない人生を送っているんだなと思った。孤独でも貧しくても自分の道を行っているという自負がある。
人に嫌われるその文学者の主張は、最初どうかな〜と思う点もあったけれど、演説の場面でまんまと「なるほど、たしかに。」と思わされた。
面白かったなぁ
#マストドン読書部
皆川博子『ゆめこ縮緬』、なんとも言い表せない複雑な気持ちで読み終えた。八作品どれも濃密で一つ一つの物語が際立っている。
聞き慣れない言葉や言い回しも出てくるけれど、不思議とリズムよく読みやすく、大正から昭和初期にかけての時代を存分に味わえる短編集だった。
夢と現、生者と死者、正気と狂気の境目が曖昧で、ふとした瞬間にあちら側の世界に連れて行かれそうになる。幾人かの登場人物に業の深さを感じて、静かに溜め息を漏らすことも多かった。
理由の分からない妖しい夢を見たような、ひとときの幻想と禁忌に足を踏み入れたような、美しくも背徳的な手触りは癖になる。
主要人物は男も女もみんな悲しい現実に向かっているけれど、見えている景色は違ってそれぞれの地獄がある。時代的に、自分らしく生きる自由を奪われている少年たちと、男のために生かされているような女性たちが印象的で、悲しみや怒りを覚えるシーンもあった。
読み進めるほどに底の見えない深みにはまり、どの短編が良いというのが選べない。あれもこれも良い。
物語をひっくり返すようなことがサラッと書かれていたりもするし、しっかり読みきれていない部分が多々ありそうだ。
いつかじっくり再読したい。
今月全然本を読めてないのに買うだけは買っていて、図書館で借りたり予約までしている 意欲があるのかないのか……。
今朝またセールにつられて10冊追加した。早く読まなきゃ
#マストドン読書部
山白朝子『エムブリヲ奇譚』読了。
旅行ガイドブックのようなものを書くことを生業にしている作家の男と、その友人で旅行の際の荷物持ちをしている男。この二人が行く先々で不思議な体験をする連作短編集。
いつの時代なのか書かれていないけれど、寺子屋が存在しているので江戸のあたりなのだろうと思う。
参詣や湯治に出かける庶民をターゲットに、どの本にも紹介されていない土地を求めて、結果的に怪しげで危険な旅を繰り返すことになるのが面白い。
作家の男の「迷い癖」が最も怪異。方向音痴どころの騒ぎではなくて、目的地になかなか辿り着けない上に、通常では踏み入れない狭間のようなところにだって迷い込んでしまう特殊な体質。それでいて、のほほんと泰然とした愛すべき人物。読み終わる頃には大好きになってしまっている!
旅先で出会う人々とのやり取りのなかで人間の色んな面が見られる。
愛情や優しさ、切なさもあれば憎しみもあり、生理的に嫌悪を感じたり、ほんのり怪談も混じるけれど最後は「いい本だったなぁ」としみじみ。
理由のあることが世の中の全てではないから、特に怪異なんてそういうものだと思うから、オチのない話も含まれていることが私としてはとても良かった。
(時々TLを覗きにきてリアクションするのを楽しんでいます。普段は個人サーバーのほうにいます)