これ読みました。政治の話って大事だけどちょっと退屈……ってイメージが覆されました。ちくまプリマー新書なので読みやすいのも良き。
『学校が教えないほんとうの政治の話』斎藤 美奈子 | 筑摩書房
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480689665/
今日も描いてみた🍉(48日目)
#StopGenocide #freepalestine🇵🇸 #freepalestine #ceasefirenow #standwithpalestine #standwithgaza #eyeonpalestine #freegaza #gazaunderattack
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Médecins Sans Frontières (MSF) https://www.msf.org/doctorswithoutborders/
国境なき医師団 https://www.msf.or.jp/
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過去の【Stop Genocide】(スレッド)
→ https://fedibird.com/@mario_tauchi/113270702973661584 [参照]
在日クルド人団体の代表理事が語った学校でのヘイト
“国へ帰れ”が増えている
裁判所の仮処分が出ても危機感
https://www.tokyo-np.co.jp/article/368813#
「学校では子供の間で『あんた達クルド人だろ』『国へ帰れ』という言葉が使われることが増えた」「止めないといけない。子供達が『学校に行きたくない』となる前に」
ハン・ガンの「少年が来る」を読んだ。光州事件で市民の側にいた、中学生から大学生ぐらいまでの若い人たちの姿がそれぞれの目や家族の目で語られる形式で、登場人物はそれぞれの語りに互いに登場することで交錯する。国家暴力にただただ撃たれ、殴られ、踏み潰されて死んでゆく、あるいは拷問の末に何年もたってから自死する若い人たちの姿がそこでは描かれるのであるが、その描かれ方は決して暴力的ではない。そして詠歌のように描かれる事件の数日間は、その前の日常とその後の決して終わらない記憶のなかにしっかりと配置される。スベトラナ・アレクエシェビッチの「戦争は女の顔をしていない」の描く戦争が暴力的な状況の中での暴力的ではない詳細とそれぞれの人生を語ることでその陰惨さが影絵のように浮き彫りになるのとどこか似ていると感じた。アレクエシェビッチのように、「なにがあったか」ということに、歴史家的ではなく、そこにいた一人ひとりの人間にこだわりつづけるところもよく似ている。
ジャクソンハイツにおいしいタイ料理のお店があって行ったなあ。あとインド系のお店やスーパーにアフガニスタンとかお店もあって、めっちゃ多国籍な街やったな。ブルックリンとかクイーンズはいろんな国からの移民が住んでいて、場所によって特色がある。
映画と読書と漫ろ歩きを愛する氷河期世代