https://gamerant.com/best-shojo-isekai-anime-manga/ は Shojo Isekaiが女性向け+異世界転生のジャンルで、Otome Isekai はそのなかでもメインキャラクターが悪役令嬢であるサブジャンルだと言っているので、よくわからなくなってきた。
Otome Isekaiという用語を知った。これは(作品群ではなくジャンル名として)Reddit発?
https://www.reddit.com/r/OtomeIsekai/
着想は明らかに「乙女ゲーム」+「異世界」なんだけど、日本語に詳しい英語話者が言い出したのかもしれない。
ジャンル作品としては昔は日本語(が原作)、最近は韓国語(が原作)が主流のようだ。
古いほう(田村隆一)の日本語訳は原作発表からあまり間をおかず出版されていて歴史的意義はあるかもしれませんが、ちょくちょく誤訳もあったりして読みにくいので、いまから読むなら新しく出版された田口訳がいいと思います。
前便で引用した部分の原文と田村訳:
‘Listen, Mr Bohlen. Who on earth is going to want custom-made stories when they can get the other kind at half the price? It stands to reason, doesn’t it?’
「ね、いいですか、ボーレンさん。半分の値段で、しかも毛色の変った作品が買えるってときに、なんの代りばえのしないマンネリズムのストーリイを欲しがるやつが、いったい、どこの世界にいるんです? それが、ものの道理というものじゃありませんか、え?」
ロアルド・ダール『偉大なる自動文章製造機』(The Great Automatic Grammatizator) #読書
ユーモア短編。小説家はもうかると聞いてボタンをいくつか押すと小説が出てくる自動文章製造機を開発する会社員とその上司。原作1953年。
「あのですね、ボーレンさん。大量生産の小説ならわずか半額で買えるとなったら、だれも注文品の小説なんてほしがらなくなりますよ。考えれてみればそうでしょう?」
読者はどこかで見たような作品でもそこそこのできでさえあれば買っちゃうんじゃないか、という観点を皮肉っていると思う(小説という商品はコピーしたものを売るという意味でもともと大量生産ではある)。
田口俊樹の日本語訳が『あなたに似た人〔新訳版〕』にある。こちらは2013年。
百敷や古き軒端のしのぶにもなほあまりある昔なりけり
https://gyazo.com/a901f793769d1626f9a87317475fe698
絶対に翻訳不可能。日本語話者だけ、どころか「言語をひねくりまわす暇ばかりあった、超ハイソ&カシコたちにしか理解できないハイコンテキスト」の塊みたいな和歌が百人一首には少なくないのでは。一首も覚えてない自分が言うのもなんだが、そう予想させるに十分な一首である。順徳院のこの歌も順徳院が誰で、百敷とは何で、しのぶが何を指すのかがわからなければ、ほとんどまったく歌の意味がわからない。というわけで、百人一首。自分もとにかく最初の入り口は「わかんない」「わかってたまるか」から入ることにする。「わかんない」から入ったほうが「わかる」こと、多いし。
multilingualismも「主義」でないismの例になるでしょうか。イ・ヨンスク『ことばという幻影』(所収の論文のどれか)の中で、multiligualismは文脈により「多言語主義」でもあり「多言語状態」でもあるので、ismだからといっていつも「主義」と言うのはおかしい、という指摘がありました。
QT: https://fedibird.com/@zeeksphere/111535895969218271 [参照]
50年以上前、復刻版の刊行を国(日本政府)が著作権侵害として訴えたといういわくつきの資料である
https://ja.wikipedia.org/wiki/日本人の海外活動に関する歴史的調査
『日本人の海外活動に関する歴史的調査』が国会図書館デジタルコレクションで閲覧(個人送信)できるようになってる。ちょっと前に調べたときはまだ館内限定か紙の資料だけだったような……。
朝鮮半島、台湾、満洲、香港、マレー、シンガポール、ハワイ、北米、欧州など数千ページにわたる資料。ちょっと見たかぎりでは、思ったより経済(民間)面の記述が多そうな気がする。内容的にはほぼ戦前に書かれたものだと思う。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12015946/1/1
『ぼくは翻訳についてこう考えています』(柴田元幸、2020年)
著者が他の本や雑誌で書いた内容の一端をたくさん引用再録したダイジェスト版。古いものも多いので、今はこう思う(ものによっては、今もまったく同意)、というような内容の一言コメントもついている。
だいたいはアメリカ文学の翻訳の話。
心構えだけでなく、具体的なあるある話も書かれている。英語の小説ではキャラクターが部屋をでていくとき、いちいちturnという動作の一語をいれる、とか。「くるりと向きを変えて」という部分を日本語ではわざわざ言わないことが多い(言おうとすると、その動作を目立たせすぎてしまったりする)。どう翻訳しても俯瞰して見ればおおごとにはならないし、悩むほどのことじゃないけど、すんなり日本語になりにくくて、よく遭遇する事例のひとつ。
引用はどれも短く、各ページの余白が大きく、ページ数のわりにすぐ読み終わる。
#読書
https://www.alc.co.jp/entry/7020017
よく取材されてる良い記事だった
https://www.refugee.or.jp/fukuzatsu/nancilissamiyagasako01
すごい,等幅フォントなのに mi / im や wi / iw の並びがリガチャされて m や w の幅がわずかに広くなってる(Texture healing のチェックを付けたり外したりして見ると分かる)
https://monaspace.githubnext.com/
ジョン・バティステかっこよすぎる
https://www.youtube.com/watch?v=4EVHNuN92LM
"内包された作者" "作者の気持ち"との一致はありません。 https://www.google.com/search?q="内包された作者"+"作者の気持ち"
翻訳、プログラミングなどをしている(翻訳家でもプログラマーでもない)