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ロアルド・ダール『偉大なる自動文章製造機』(The Great Automatic Grammatizator)

ユーモア短編。小説家はもうかると聞いてボタンをいくつか押すと小説が出てくる自動文章製造機を開発する会社員とその上司。原作1953年。

「あのですね、ボーレンさん。大量生産の小説ならわずか半額で買えるとなったら、だれも注文品の小説なんてほしがらなくなりますよ。考えれてみればそうでしょう?」

読者はどこかで見たような作品でもそこそこのできでさえあれば買っちゃうんじゃないか、という観点を皮肉っていると思う(小説という商品はコピーしたものを売るという意味でもともと大量生産ではある)。

田口俊樹の日本語訳が『あなたに似た人〔新訳版〕』にある。こちらは2013年。

ポット🫖 さんがブースト

百敷や古き軒端のしのぶにもなほあまりある昔なりけり

gyazo.com/a901f793769d1626f9a8

絶対に翻訳不可能。日本語話者だけ、どころか「言語をひねくりまわす暇ばかりあった、超ハイソ&カシコたちにしか理解できないハイコンテキスト」の塊みたいな和歌が百人一首には少なくないのでは。一首も覚えてない自分が言うのもなんだが、そう予想させるに十分な一首である。順徳院のこの歌も順徳院が誰で、百敷とは何で、しのぶが何を指すのかがわからなければ、ほとんどまったく歌の意味がわからない。というわけで、百人一首。自分もとにかく最初の入り口は「わかんない」「わかってたまるか」から入ることにする。「わかんない」から入ったほうが「わかる」こと、多いし。

日本語フリック入力では同じ母音がつづくとき、←い←き←し←に、というように指が同じ方向に動くので、韻がジェスチャー化されている

ポット🫖 さんがブースト

いま気になっているのは、移動式書架に数万冊の本を収納したとして、さらに高齢になったときに自分の方がいつまで対応できるかという問題。たとえば車椅子を使うようになったらどうなるのかとか。自分の身体と書棚との関係の将来についてずっと考えている。

multilingualismも「主義」でないismの例になるでしょうか。イ・ヨンスク『ことばという幻影』(所収の論文のどれか)の中で、multiligualismは文脈により「多言語主義」でもあり「多言語状態」でもあるので、ismだからといっていつも「主義」と言うのはおかしい、という指摘がありました。
QT: fedibird.com/@zeeksphere/11153
[参照]

zeeksphere@fedibird  
-ism は抽象名詞をつくる接尾辞であるわけだけど、どういう意味の抽象名詞なのかは語によるだろう。ただ、新語をつくる場合でよくあるのは「〜を{(よく)使う/基本におく/重要視する}{傾向/技法/思考様式}」という感じか。日本語の「主義」がカバーできるのは特に「〜を重要視する思考様式」あたりだが...

「ほぼ戦前」というのは掲載されている統計のたぐいが1941年までだったりしたのを見ての感想でした。たんにそこまでの統計しか入手できなかった(空白の期間が長い)のかも。

「50年以上前」:48年か49年くらい前に訂正

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50年以上前、復刻版の刊行を国(日本政府)が著作権侵害として訴えたといういわくつきの資料である
ja.wikipedia.org/wiki/日本人の海外活動

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『日本人の海外活動に関する歴史的調査』が国会図書館デジタルコレクションで閲覧(個人送信)できるようになってる。ちょっと前に調べたときはまだ館内限定か紙の資料だけだったような……。

朝鮮半島、台湾、満洲、香港、マレー、シンガポール、ハワイ、北米、欧州など数千ページにわたる資料。ちょっと見たかぎりでは、思ったより経済(民間)面の記述が多そうな気がする。内容的にはほぼ戦前に書かれたものだと思う。
dl.ndl.go.jp/pid/12015946/1/1

『ぼくは翻訳についてこう考えています』(柴田元幸、2020年)
著者が他の本や雑誌で書いた内容の一端をたくさん引用再録したダイジェスト版。古いものも多いので、今はこう思う(ものによっては、今もまったく同意)、というような内容の一言コメントもついている。

だいたいはアメリカ文学の翻訳の話。

心構えだけでなく、具体的なあるある話も書かれている。英語の小説ではキャラクターが部屋をでていくとき、いちいちturnという動作の一語をいれる、とか。「くるりと向きを変えて」という部分を日本語ではわざわざ言わないことが多い(言おうとすると、その動作を目立たせすぎてしまったりする)。どう翻訳しても俯瞰して見ればおおごとにはならないし、悩むほどのことじゃないけど、すんなり日本語になりにくくて、よく遭遇する事例のひとつ。

引用はどれも短く、各ページの余白が大きく、ページ数のわりにすぐ読み終わる。

alc.co.jp/entry/7020017

ポット🫖 さんがブースト

短い発話が翻訳すると長くなったり、長い発話が翻訳すると短くなったりすることがあるけれど、ゼロになることはあるだろうか。

2文をくっつけて1文にするとかならわりとよくあると思うけど、1発話を0発話にするのはかなり勇気がいるというか、超訳と言われそう。

原文では一言声をかけているのに、翻訳では(翻訳者が適切な掛け声を思い浮かべられないので)無言でほほえみあっていることになっている、とか。

ポット🫖 さんがブースト

すごい,等幅フォントなのに mi / im や wi / iw の並びがリガチャされて m や w の幅がわずかに広くなってる(Texture healing のチェックを付けたり外したりして見ると分かる)
https://monaspace.githubnext.com/

ポット🫖 さんがブースト
ポット🫖 さんがブースト

先住猫が家の中をウロウロしたがってるときは新入り猫にはケージに入ってもらうんだけど、そのときに新猫が騒ぐと先住猫は好戦的になって叩きに行って、新猫は「プワ…」と言って大人しくなって、わたしは「スタンフォード監獄実験だ…」と思う

ポット🫖 さんがブースト

→ songbird.cloud のリプライは、フォローされていない場合届かないと思ったほうがいいですか?

真逆(まぎゃく)

BCCWJで検索すると1980年代がヒットしてるなと思って、よく見るとすべて「真逆様」の解析誤り。正しく「まぎゃく」なのは

> 夜中に勤務している数少ない刑事と巡査のほとんどを沼間とは 真逆 の小坪海浜公園に集め
(なかにし礼『夜盗』、2003年)

これ以後は多数用例があって、2004年の流行語という話に合致する。
salon.mainichi-kotoba.jp/archi

『零號琴』というSFの表紙は文庫(2021年)と単行本(2018年)でだいぶ雰囲気が違っていて、内容を伝えるという点では明らかに文庫版のほうが分かりやすい。ポップな印象も作品と合っている。しかし表紙が内容を伝えすぎると、ネタバレっぽくなってしまうという難点もあるかもしれない。(単行本のほうも、読んでからなら、あのシーンかなという想像がつく程度に内容の一部を表してはいる。)

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