クー・ジャイン『ダーリンはネトウヨ』、気になってたので、この良い感想会記事を見て速攻でぽちった。
異世界系コンテンツが中国にもありそうだなーと即思った。https://x.com/zerojirou/status/1731970240442253734?s=46&t=5mSltbi1UVoy9J3RPXDKUQ
端から端までその通りだね
周庭(アグネス・チョウ)の無事を喜ぶ資格など私たちにあるのだろうか?(ニューズウィーク日本版)
https://news.yahoo.co.jp/articles/8e334d3c5206e60a4cb11297c68986842b299937?source=sns&dv=sp&mid=other&date=20231204&ctg=wor&bt=tw_up
ほんまそれな。私はその展開が用意されてないと不安視してる。
"『フリーレン』の魔族の設定って「人間と会話が成立しているのに相互理解できず、真の理解は成立しない存在」ってことらしいけど、これが何度も作品中で言及されるのは、作者はあと一段、大きな仕掛けを用意してるんじゃないかな。これ民族迫害の根拠とされてきた言説だから。"
https://x.com/J_kaliy/status/1731541935637348727?s=20
私はエモーション論、アフェクト論、エンパシー論の流れも横目で追ってるんだけど、それら潮流の美術史学版では?などとも思った。
エモーションやエンパシーを基礎にした倫理批評的な文学論はいま強まってて、これがサーベイまとめとしてよく書けてる。(湯沢英彦「〈エモーション〉と〈共感〉をめぐる言説について」)
ピクトリアルターン/イコニックターンから現在までの概説として、読みやすくまとまってる論文だった。(二宮望「「イメージの修辞学」をめぐる系譜」)
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/261760
ヴァールブルクにピンとこない人は、途中のデビッドフリードバーグのところから読むのもいいかと。
アメリカ流フォーマリズムの退潮と入れ替わりに、イメージの修辞学転回が起きている、と。私の動画的対面性(漫画やウェブトゥーンにもそういう変容がある)の着目も「動画って修辞学で分析できんじゃね」に言い換えられそう。
めちゃくちゃ短いですが今感じているショックについて書きました.
https://kondoginga.substack.com/p/kadokawa?utm_campaign=post
COM(石森の『ジュン』)やらガロの漫画から、今の漫画(『大福生活』とか『二匹目の金魚』とか』)にもよくいる「謎めいた少女」ものの系譜はこれでは?と思った。
1世紀前ならブルトンのナジャもそうだし映画のファムファタル類型にもその後引き継がれた系譜。
(ディディユベルマン『ニンファモデルナ』)
ガンディーのセクシャリティを掘り下げまくってるヤバ本だとして喧伝されてた『ガーンディーの性とナショナリズム』の人、新書を夏に書いてたんだね(知らんかった)。https://x.com/seikomimaki/status/1730802536339382570?s=46&t=5mSltbi1UVoy9J3RPXDKUQ
流出当事者についての情報はあまりないので、むしろNHK職員の中間管理職あたりのストレスと鬱積が生々しくてピックアップされていることに目を奪われた。
ただし、デイリー新潮の記者の末尾文は「NHKざまあ」に思えた。やはり新潮はクズなのでは?
https://www.dailyshincho.jp/article/2023/12021210/?all=1&page=2
あまり書き物ができてない。