ー日本文化人類学会が1日、過去のアイヌ民族に関する研究について「真摯(しんし)に反省し、心から謝罪の意を表明する」と明記した声明を発表することが31日、分かった。北海道アイヌ協会によると、国内外の学会がアイヌ民族に謝罪するのは初めて。ー
日本国外では2021年、米国人類学会が自国の先住民族に謝罪している。日本は琉球民族に対しても速やかに遺骨の返還と謝罪をするべき。
(手術を控えた、ですね…すみません…移動中にワーッと書いたせいです…)
#国際トランスジェンダー認知の日
#TransDayOfVisibility
#トランス差別に反対します
#ノンバイナリー差別に反対します
#TransRightsAreHumanRights
ちょっと興奮している。今日いた神社で、トランシジョンを控えたトランス女性の方が奉納した絵馬を見掛けた。
#国際トランスジェンダー認知の日 である本日にお参りされた某さん、届くか分かりませんが同じくトランスの、神職のひとりとしてご多幸をお祈りしております。ようこそお参りでした。
金泰栄教授が在日コリアンの自助グループを作ったそうです。
在日コリアンで興味のある方は、連絡先を知りたい方は私までDM ください
加害者がある時「被害者」になることはよくある。
沖縄県の被害をどれだけ訴えても聞く耳すらない日本人に、「日本でもPFAS被害あるんですよ」と沖縄側から訴え共感してもらうのとは違い、加害者である日本人側から「日本人全てが被害者」と訴えるのは沖縄県の被害の矮小化にしかならない。
沖縄人をヘイトから守る条例を、と訴えれば日本人移住者が含まれる「県民」を用いた条例の制定に奔走し、沖縄人を透明にする事に成功した日本人。
日本の戦争責任を問えば「沖縄人も積極的に戦争に協力した」と日本人としてまとめ加害を平等に負担させようとする。異を唱えれば日本の軍人も被害者だ論まで作り出す。この理論では日本中全ての人が「被害者」となり、主犯を透明にできる。
日本人はある時は沖縄人と共に被害者ぶり、加害の責任を指摘されると権力勾配を考慮せず沖縄人の加害性を指摘し対等に加害責任を負うよう迫り沖縄人に罪悪感を植え付ける。
とにかく沖縄人と同じポジションを取りにくる日本人は右も左も関係なく存在する。
DNAを根拠に同じ「日本人」と主張するならなぜ研究と称し骨を盗み未だ返還しないのでしょう。差別をするために違いを強調し、今では歴史や加害性を隠すために「同じ」と繰り返す。
全ての責任を取らない限りこの境界線は消させない。
お坊さんの皆様に混ざって(神主なのに)書かせて頂きました、
大学生のためのLGBTQ+ライフブックVol.4『お坊さんたちのライフストーリーズ』が発行されました。
「神主の人生ってこんな感じなんだな〜」とは多分ならない内容になりましたが、よろしくお願いいたします。
PDF版もあります。
こちら賛同しました。
「グエットさんが有罪とされることで、技能実習生だけでなく孤立出産し死産した全ての女性が刑事罰の対象にされかねません。そのようなことは絶対にあってはなりません。私たちはグエットさんを無罪とすることを求めます。そして、彼女や同じような境遇に置かれた他の人々に対する社会福祉的支援と保護を強く訴えます。」
「 #孤立死産したベトナム人技能実習生グエットさんの無罪判決を求めます! 」 https://www.change.org/p/孤立死産したベトナム人技能実習生グエットさんの無罪判決を求めます?recruiter=374945000&utm_source=share_petition&utm_medium=twitter&utm_campaign=psf_combo_share_initial&utm_term=fc095b631ecb4e2ea39f2fce12b46a80&recruited_by_id=8447a300-5329-11e5-9a07-eb6eff119db0&pt=AVBldGl0aW9uAAzcQgIAAAAAZgDyVeJpJtg3ZGNmNGRkNA==
ウェブサイトの画像は、それがないと情報が欠落する画像であれば alt(代替テキスト)を設定し、装飾目的の画像であれば alt は空でよい、とされています。
私も長い間この考え方に「なるほどね!」と了解していました。
でも最近、「『装飾目的の画像』にも『情報』があるよね……?」と思うようになったんです。
装飾を取り払った時に伝わるのは“必要最低限の情報”でしかなくて、それで充分だ、とするのは、たとえば音声読み上げによってサイトを利用しているひとたちに対して「あなた方には必要最低限の情報のみ提供する(それで充分だろう)」という態度なのではないか、って。
装飾目的の画像も、あるのとないのとでは視覚的印象が全然違います。だから挿入されているんですよね。色やモチーフによって与えられる印象のために。
音声読み上げでサイトを利用するひとたちには、最初からその装飾が“必要ない”ことにされてしまっていて、装飾が存在することすら知らされていない。
それって情報が欠落しているってことなのでは?
私もまだぐるぐる考えている途中で、具体的にどうしていこう、みたいな答えも出てないんですけど。
三上氏(東京都出身)は映画鑑賞後の舞台挨拶で、「沖縄の人にこそ観てもらい、現状に怒りを感じて欲しい」と発言したらしい。(Fbより)
ゴール設定が沖縄の声をヤマトに伝える事になっているが、伝わらない事が問題ではない。何を伝えても言動を変えようとしない植民地主義の問題。
沖縄の人が怒っていないように見えるのは学習性無力感であり、それを与え続けている日本人の責任は一体どこへ。
植民者の責任は軍事化に反対するだけで果たせるものではないですよ。軍事面だけでなく観光、文化、言語、経済といったあらゆる植民地政策に反対してこそ、です。反基地運動しかしないなら、それは植民者である事の隠れ蓑と言われても仕方ない。
反基地運動は、日本人移住者が自分が住みやすい「沖縄」にするためだけでしかなく、それこそまさに植民者と言うのです。
@UbuHanabusa すなわち、この範囲の中に、日本以外の言語や文化(つまり日本語やいわゆる日本文化以外のもの)がミックスされている方、すなわち日本語的に言われる帰国生徒やサードカルチャーキッズも、厳密な意味では、私たちのアンケートの対象からは排除されてはいません。
さらに大前提として、「〜と認識している人」とあるように、様々な要素のミックスの程度については、他者からあるいは社会的な何かしらの客観的指標に基づいて区分される軸によって定義されているのではなく、あくまでも自分がそうだと認識している、という書き方になっています。
そのため、もし自分は、日本以外の言語や文化のルーツを持っていると認識している人であれば、このアンケートの対象からは厳密には排除されないような文言となっているかなと思います。
しかしここまで書いてももしかすると私が誤読している可能性もありますので、的外れなご意見でしたら大変申し訳ありません。
今回のアンケートの定義において対象となるか曖昧な表現となってしまっているのは、おそらく④この範囲全てがいわゆる日本ルーツしかないが文化的言語にミックスルーツの方かなと思われます。
こういった方々は、むしろ言語や文化に特化した文脈から、「サードカルチャーキッズ」や「帰国子女(生徒)」などといった別のカテゴリーの中で、文化的言語的に(も)ミックスの人々として、しっかりと研究が蓄積されてきている領域かなと思います(それぞれの研究蓄積を私が十分に把握できているわけではないので申し訳ありません)
私が「曖昧な」と書いたのは、なるべく多くのケースの方を包含するために、わざと定義を多義的・曖昧化させている部分もあります。
すなわち、私たちのアンケートの定義では
「誰か一人でも"日本人"以外の民族的・人種的ルーツがある」ではなく、
「日本人」という言葉を使わずに、
「誰か一人でも日本以外の民族的・人種的ルーツがある」と定義しています。
すなわち、人種的とされると「日本人」と想定され得ますが、「民族的・人種的」と並列しているように
民族的に「日本以外の」と理解すれば、
そこには、いわゆるエスニシティの要素として、「血脈」ではなく、文化や言語がそこに当然包含されてくるかなと思われます。
神社関係者 あらゆる差別に反抗🏳️🌈🏳️⚧️🕊️
同性パートナーと暮らすノンバイナリ
宗教差別に反対する文を書いていますhttps://books-lighthouse.notion.site/LGBTQ-698f92b99c454d6aa801b1aa2527b01d
【ALT】アイコン:ノンバイナリーカラーのパンダっぽい何か ヘッダー:森の中の参道と鳥居