Wakka sak moshir (水のない国)、Ni sak moshir(木のない国)という言い回しもあるらしく、ようするに食べ物(鳥)や水、木々のない不毛の土地、ということなんでしょう。
cikap sak kotan (チカプサクコタン 鳥のいない国)で間違いなさそう cikap 鳥 sak ~を欠く なので。おそらく、ユーカラとかで「地獄」の形容としてよく使われる決まり文句なのだと思います。
QT: https://fedibird.com/@abe_dragonslay/112982807722955837 [参照]
BT 「鳥のいない国」という言い回しをなんか聞いたことがあるような気もしますが、わからないです。
リンク先の伝承では繰り返し「世界の果てにある鳥のいない国、木原のない国」という言い回しがあるので、この概念の解釈のバリエーションでしょうか?
https://ainugo.nam.go.jp/siror/dictionary/detail_sp.php?book_id=P0299
さきほどの話を受けて、今の時点での原稿について整理してみました。
はてなブログに投稿しました
240817 小説を書くときの「助走」について - 箱庭療法記 https://yobitz.hatenablog.com/entry/2024/08/17/221146
#はてなブログ
SFラブコメを書いているフォロワー氏が改稿を重ねるにつれ、これってラブコメだけで成立するのでは、となっていたのが興味深くて、構想を煮詰めていった結果、出来上がりの成果物からは当初のアイデアが消失している、ということはしばしばあって、加工助剤とかキャリーオーバー(食品添加物にそういうものがある)みたいだな、と思います。もっと即物的な例でいえば、書き終えてから/書き進んでからやっぱり要らなかったな、となる冒頭部分などは、作者が作品を理解する助走のために存在していた(読者にとっては不要な)文章だったりするわけですよね。あとは、初稿になく、第二稿で書かれ、第三稿からは削除されるシーンとか。それらは完成品には存在しないが、では不要だったのかというと、全くそうでもなかったりする。そういうのが無数にある。あった。
作家(阿部登龍)。第14回創元SF短編賞受賞作「竜と沈黙する銀河」(紙魚の手帖vol.12)、「狼を装う」(同vol.18)。SFとファンタジーと百合とドラゴンとメギド72が好き。
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通販 http://abe-dragonslay.booth.pm