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WSJ報道。OpenAIのサム・アルトマンCEOは、AI向け半導体の増産とAIデータセンター増強のため、5兆〜7兆ドル規模の資金調達を目指す。UAE政府、ソフトバンクの孫正義CEO、TSMCと話し合いをしている。AIデータセンターの計算能力を文字通りケタ違いにする。エネルギー調達も課題の一つ。

目指す調達金額5兆〜7兆ドルは法外に大きな金額だ。昨年の半導体世界売上は5270億ドル。半導体製造装置の世界売上は1000億ドル。昨年の米国企業債発行総額は1兆4400億ドル。MicrosoftとAppleの時価総額合計が6兆ドルである。

感想:これが加速主義、シンギュラリティ待望論の帰結だ。一種の誇大妄想ともいえる。コケた場合は半導体とAIの産業そのものに巨大なダメージが残る可能性も。逆に成功すれば「シンギュラリティは近い」かもしれないが、本当のところは分からない。
wsj.com/tech/ai/sam-altman-see

夕刊フジは翌日も記事を出す。SNSでは「例外はあるものの、日本人ほど差別しない民族は居ない」「日本人を差別主義者のように貶めて」などとする発言が相次いだそうだ。そんなこともあるだろう。X/Twitterは差別扇動を「した者勝ち」の場となりつつあるのだから。
zakzak.co.jp/article/20240209-

産経新聞も、"夕刊フジ"と同様の記事を出した。一応、記事末尾には「首相を擁護するコメントも一定数あった」と両論併記スタイルにしている点が差異化ポイントだが、首相発言をことさらに「問題」に仕立てる意図がある点では夕刊フジと変わらない。
sankei.com/article/20240209-OB

差別解消は政府の義務だ。首相の「差別」への言及を問題視する論調は、明白な反人権言説であり、「極右」に分類される。

反人権、反理性、反啓蒙の言説には、皆さんご注意を。

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岸田総理が「矯正社会と人権に関するシンポジウム」に寄せたビデオメッセージにサンケイグループが難癖を付けた。

2月5日の「共生社会と人権に関するシンポジウム」で、岸田総理は次のように述べた。
「しかし、残念ながら、我が国においては、雇用や入居などの場面やインターネット上において、外国人、障害のある人、アイヌの人々、性的マイノリティの人々などが不当な差別を受ける事案を耳にすることも少なくありません」
「マイノリティの方々に対して不当な差別的取扱いを行ったり、不当な差別的言動を行ったりすることは、当然、許されるものではありません」

ビデオメッセージ全文
kantei.go.jp/jp/101_kishida/di

日本に差別問題が残ることは周知の事実で、法務省人権擁護局も対策を取っている。人権に関するシンポジウムであるなら、この点に言及しない方が不自然だ。上記の言葉も通り一遍で、もっと聴く人の心を打つメッセージにしてほしかった。

これに対して、夕刊フジは、「テレビ番組でジャーナリストの有本香氏と、イスラム思想研究者の飯山陽氏が問題視した」ことを記事にした。『差別』という言葉を連発したことが「信じられない」のだそうだ。
zakzak.co.jp/article/20240208-
(続く

テック業界の大物、Oracle創業者でCEOのラリー・エリソンはテスラの元取締役だ。イーロン・マスクに「クスリを抜くためハワイに来る」ことを勧めた。ほかにも、マスクに薬物リハビリ施設に行くよう促した知人もいる。

元テスラ、現SpaceXの役員であるSteve Jurvetson(スティーブ・ジャーベトソン)は、SpaceXの初期投資家。マスクと一緒にLSDやエクスタシーを使用したこともある。テスラ顧問弁護士Todd Maronは、マスクの離婚交渉に関わったことがあり、またJurvetsonの元恋人との交渉にも関わった。

日本の積立金管理運用独立行政法人 (GPIF) の理事兼 CIO(最高投資責任者)である水野弘道はテスラの役員を3年つとめたが、テスラの役員会は「厳しい規則や規制に服する公開会社ではなく、むしろ封建的な領地を所有する同族会社のように運営されている」ことに気付いた。水野はマスクに飲みに誘われることはあっても、プライベートなパーティーやイベントに出席することは避けていたという。

感想:「テクノ封建制」を地で行く展開。裁判所は、イーロン・マスクらテック・オリガルヒたちが公開企業のルールを堂々と破っていたと判断した。

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「WSJ(ウォールストリートジャーナル)砲」がイーロン・マスクに痛烈な追い打ちをかけている。
wsj.com/tech/elon-musk-tesla-m

1月30日、デラウェア州の判事は、イーロン・マスクがテスラから受け取った総額550億ドル(約8兆1600億円)の役員報酬パッケージを無効と判断。このニュースは大きく報道された。裁判所が問題視した点を、調査報道に基づき痛烈に批判した長文記事。

テスラの株主は、マスク氏が自身の報酬決定においてあまりにも大きな役割を果たしているとして訴訟を起こしていた。裁判所は、2018年、マスクの報酬パッケージに署名した取締役らはマスクと人間関係が濃すぎ、株主に対する利益相反があったと判断された。

この追加報酬の必要性を弁護士に説明したマスクのメールには「追加報酬は、実存的リスク(注:人類絶滅のリスク)を最小化するため、可能な限り多くの資金を火星に向けて投入できるようにするため」とあった。公開企業であるテスラの株主を納得させる説明といえるだろうか。

テスラやスペースXの現・元取締役の中には、マスクの違法薬物使用を知っていながら、マスクの機嫌を損ねることをおそれ公の行動を起こしていない者もいた。(続く

哲学者マルクス・ガブリエルの長めのインタビュー。この人、見かけは怪しいが、テレビや新聞で喋る内容はおそろしく「まとも」である。
yomiuri.co.jp/science/20240115

●AIについて

- AIにより「人間とは何か」という問いの重要性が増した
- AIは間違える。AIの「信託」を鵜呑みにするとは危うい。
- AlphaGoが人間の棋士に勝ったのではない。AlphaGoの開発者が道具を使って勝ったのだ
- AI国際会議が、「人間に何ができるのか」を熟慮せずAI規制に乗り出したこと、会議に人文学者が呼ばれなかったことには失望

●新啓蒙主義について

- 狂信と民主主義の衰退は人類の危機だ。
- 私は新啓蒙主義を唱える。ポイントは(1) 人類が共有できる(西欧中心でない)普遍的倫理規範を構築、(2) 人間主義、(3) 道義的な課題にはきちんと答えを見つけ出し、現実の行動で対応する道義的現実主義。
- 「永遠平和のために」を18世紀末に著したドイツ観念論の祖で啓蒙思想家のイマヌエル・カントを私は批判的に学んだ。カントを継承したいと願う

感想:カントは基本。現代の世界にこそ「啓蒙」(理性の重要性を広める運動)が必要。ここは深く同意する。

本を読んでいて、著者の思考がだんだん理解できてくる、「『読めて』きた……」と思う瞬間がある。

その頃には、図書館の貸出期限が過ぎている(笑)。

書かれている事実はすぐに把握できたとしても、その背後にある「思考のフレームワーク」が見えてくるまでにどうしても時間がかかってしまう。

もっとも、短時間で読み取った「思考のフレームワーク」は、短時間なりのものになるのかもしれない。「読む」にせよ「伝える」にせよ、その塩梅が難しいところ。

「ドラマ制作部の連中が報道フロアに乗り込んできてコソコソと打ち合わせをしていた。幹部がこっそり公式コメントまで用意しており、訃報はプロデューサーやデスクもオンエアまで知らされていなかったのです。フロアでは『えー!』と悲鳴があがっていました」
bunshun.jp/articles/-/68683?pa

感想:ドラマ『エルピス』を想起させるテレビ局の内幕。亡くなった方を悼むよりも先に、まず保身を図る人たち。しかもバレバレ。

ヒントは、アマルティア・センの言葉「人権は法だけでは守れない」。センは、法のレイヤーによる保護も大事だが、同時に倫理・規範のレイヤーも大事だと言っている。

世界中の人々が人権のアイデアを共有し、不完全義務として人権擁護を実行する。これにより法と行政の網をすり抜けた人権侵害を防ぐ。

なお、ここで「不完全義務」はカント哲学の用語で、「完全義務」=「必ず果たされなければならない義務」と対になる「なるべく果たした方がよい義務」を指す言葉。私はざっくりと「完全義務は法、不完全義務は倫理に対応する」と考えています。

日本でよく聞く「人権意識を高める」という言い回しがある。厳密かつ実効性を持たせる上では「不完全義務としての人権のアイデアを、わたしたち全員で共有しよう」と言い換えてみると分かりやすいと思う。

国際機関や政府機関による人権の保護はもちろん必要だが、(そして国際機関や政府機関の人権保護機能の実効性を高める努力も必要だが)、それだけでなく、個人のレベルでも「できることをしよう」と考えるのである。

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お題:人権は法か、倫理か?

私の意見は「人権は法(国際法)でもあり、倫理でもある」。ただし、その背後にはやや複雑な文脈がある。

哲学研究者レザ・モサイェビは、『カントと人権』の序章で「人権は政治的構想か、道徳的理論か」と論じている。

「人権は政治的構想である」という観点では、人権は国家主権より上位にある国際法である(つまり国際人権法と国連システム)。ただし、この構想は「強制力がない」という一点において否定、嘲笑される(柄谷による要約では、ヘーゲルはこの観点でカントを批判した。そしてイラク戦争やガザ虐殺時のアメリカは国連を嘲笑した)。

「人権は道徳的理論」という観点では、人権は世界共通の/グローバルな倫理的リンガ・フランカ(共通言語)である。グローバルサウスを含めて、世界中に人権を重視する人々が存在することは重要だ。

この2つの理論は相容れないとする考え方もある。「法」や「権力」は道徳と混ぜてはいけないと考える立場だ。

一方、私の立場では、人権は法(政治的構想)であり、倫理(道徳的理論)でもある、と言い切りたい。
(続く

お題:国連を「嘲笑」するアメリカ。

2001年の911同時多発テロの後、アメリカは「対テロ戦争」を宣言。国連を無視し、「大量破壊兵器」の嘘を口実にイラク戦争に突入。

イラク戦争に先立ち、米国は「ハーグ侵略法」こと米国軍人保護法を制定。ICC: 国際刑事裁判所が米国人を裁くなら軍事行動でも何でもやるぞと威嚇する内容。

2023年10月7日のハマス攻撃の後、イスラエルは国連の非難を無視してガザのジェノサイドを実行、アメリカらもこれを支援。

国際司法裁判所(ICJ)が事実上のジェノサイド認定を下し仮保全措置命令を出すが、イスラエルもアメリカも反発。直後に「12人の職員が攻撃に関与の疑い」を口実にUNRWAの資金を止め、人道支援の壊滅を図る。

アメリカとイスラエルは、国連に対して堂々とケンカを売っている。

感想:アメリカの「対テロ戦争」というドクトリンを国際社会が事実上認めてしまったことは、今に続く大きな禍根を残した。イスラエルのジェノサイドをバイデン大統領は堂々と応援している。「対テロ戦争」だから正統性があると考えているのだ。

補足:
なお、カント哲学と人権のアイデアの関係については、哲学の専門家の間では議論が絶えない。大筋では、カント哲学で人権の思想を語ることには意味があることを多くの専門家が認めている。その一方、両者の関係について細部で批判しようと思えばいくらでもできる。

このあたりの議論は、以下の本に詳しい。

●レザ・モサイェビ:編,『カントと人権』, 法政大学出版局, 2022年

ひとついえることは、『カントと人権』で哲学のシンポジウムを開き本が出るほどには、カント哲学と人権のアイデアには深い関係がある。

哲学の専門家にとっては「違い」を意識した厳密な議論が重要であることは理解する。一方で、私は、「人々に共有される理念として分かりやすく役に立つ」という観点においては、細部を丸めた「通俗的理解」でまったく問題ないと思っている(純粋な数学と、工学で使う数学の違いのようなイメージ)。

なので私は「人権のアイデアを理解するにはカント倫理学が有用である」と堂々と言い続けます。

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思うところがあり、あれこれ調べ物。

●柄谷行人, 『トランスクリティーク カントとマルクス』, 2010年、
「岩波現代文庫版あとがき」より

しかし、私がヘーゲルのことをあらためて意識したのは、『トランスクリティーク』を日本で出版したあとまもなく起こった事件、すなわち、2001年の9.11事件、そしてイラク戦争においてである。この時期、アメリカのネオ・コンは、ヨーロッパが支持した国連を、カント主義的夢想として嘲笑した。彼らは、フクヤマ(注)とは違ったタイプのヘーゲル主義者だった。ヘーゲルは、カントのいう国家連合には、それに対する違反を軍事的に制裁する実力をもった国家がないから、非現実的だと述べた人である。このとき、私はあらためてカントについて、特に『永遠平和』の問題について考えるようになったのである。

注:「歴史の終焉」を唱えたフランシス・フクヤマ。

感想:911の後の軍事行動で、米国は国連の理念を、柄谷の言い方によれば「カント主義的夢想として嘲笑」し、軍事力イコール正義であるとの立場を押し通した。ガザ虐殺を前にしたバイデン政権のイスラエル支持も構図は全く同じだ。

私たちは、カントの言葉に再び耳を傾ける時期に来ていると思っている。平和、人権のアイデアの基本だからだ。

ICJ(国際司法裁判所)が仮保全措置の命令を読み上げている。

(超訳)ジェノサイドかどうかは後で決めるので、イスラエル軍はただちに虐殺をやめろ。 もしイスラエルが従わないとしても、「イスラエルは国際司法裁判所の命令に従わなかった」という事実は残る。

youtu.be/d_H24typkQ4

映画『哀れなるものたち』(原題 "Poor Things" ヨルゴス・ランティモス監督、2023年、主演&プロデュースはエマ・ストーン)を鑑賞した。ベネチア国際映画祭金獅子賞。

「付いてこれるか?」と試されるような、バールのようなもので脳をゴリゴリこじ開けるような映画でした。映画館を出るときに「improve(改善/進歩)しよう!」と心に誓っているか、プンスカ怒っているか、打ちのめされているか——それは見る人しだい。私はなんだか元気になって映画館を出ました。

舞台はスチームパンク的な"もうひとつの"19世紀。『フランケンシュタイン』を下敷きに、無垢な魂が理性に目覚める、ある意味で啓蒙の物語。悪趣味なまでのリアリズム(性描写、解剖の描写あり)とSF/ファンタジー風味が混ざり合う、ある種の魔術的リアリズムの語り口。そして剛速球のフェミニズム映画。「フェミニズムのアキレス腱」とされる問題にも切り込む。

主人公ベラは最初は幼児語で話し衝動に生きるが、物語の中で理性と言語化能力を身に付けていく。決め台詞は「improveする(改善/進歩)」。世界を観察し、「資本主義にも社会主義にもとらわれるな。残酷な現実を知って身を守れ」というありがちなアドバイスを蹴っ飛ばし「現実を改善しよう!」と締めくくるのだ。

星 暁雄 (Akio Hoshi) さんがブースト

このような寄付活動を知りましたので、お知らせします。「一般企業で働いている聴覚障がいをもつ人々」のための取り組みです。

【聴覚障害者向け】ハラスメント・差別対策のパンフレットで快適な職場環境を!
giveone.net/supporter/project_

興味深く拝読。

イラン出身のハミッド・ダバシは、ハーバーマスのイスラエル支持をコテンパンに批判し、そこからヨーロッパの哲学全体への疑義、そして脱植民地主義へと結びつける。

感想:ガザ情勢と先進国のイスラエル支持をどう考えるか。事ここに及んでは、「外部からでなければ指摘できない二重基準」が存在する、と前提を置いた方が分かりやすい。その文脈で日本の論者の奮起に期待したいところだが……
note.com/hayaot/n/nc9275a87266

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