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小津夜景『ロゴスと巻貝』(アノニマ・スタジオ、2023)読了。

読了、というか、了らずに波のように思い出したいエッセイ。
小津さんのエッセイはカルヴァドスのようだと思っていたが、今回は軽さが増して、Glenfiddich12の青林檎感が高めのハイボールが似合うと思った。実際、途中から飲み始めた。飲酒の自由を許してくれそうな、小津さんの筆致の自由さがある。

〈歩くこと。それはここ以外のどこかへ行くことだ。読むことも、きっとそうなのだろう。そして書くことも。書くことと読むことは鏡のような関係で、実は切り離せない。作者は自分の文章を書きつつ読み、読みつつ書くをくりかえして一冊の本をつく るし、読者は読者で読みつつ感想を紡ぎ、紡ぎつつ読むをくりかえす。こんなふうに 書くことと読むことが同時に起こって、たがいに影響を及ぼしあうような対話の空間 を、わたしは本と呼んでいるのだと思う。〉

素晴らしいエッセイだった。

宇沢弘文『社会的共通資本』(岩波書店、2000)読了。

宇沢は現代社会における経済成長や社会の持続可能性を実現するために必要な概念として「社会的共通資本」を提唱する。宇沢の定義する社会的共通資本とは「特定の個人や企業に帰属せず、多くの人々が利用し、その便益を共有する資源や制度」のこと。社会的共通資本は、 それぞれの分野における職業的専門家によって、専門的知見にもとづき、職業的規律にしたがって管理、運営されるべきで、社会的共通資本の管理、運営は決して、 政府によって規定された基準ないしはルール、あるいは市場的基準にしたがっておこなわれるものではないとする。
宇沢が論じる「社会的共通資本」は「農業と農村」「都市」「学校教育」「医療」「金融制度」「地球環境」の6つ。
新古典派経済学や反ケインズ経済学、ひいては新自由主義に対して鋭い批判があり、約四半世紀前の書物ながら現代につながる視座だと瞠目した。
いまなら「ケアワーク」も「社会的共通資本」に入れられそうである、とも思った。
部分的に個人的な思い出が語られるところ(一高時代の農村出身者の友人たちのことやケンブリッジ大学でのこと)があり、その部分も興味深く読んだ。

『俳句界』2月号、特集「俳句評論ノススメ」に「彫琢」と題し、寄稿しています。
これから評論に乗り出そうという方へ向けて書きました。
ご参考になれば幸いです。

『朗読で味わう文豪の名作』、買っちゃった!面白いし、聴きやすくて、最高だ……。

今晩は牛蒡ハンバーグの赤ワイン煮込み、トースト。

牛蒡1本と胡桃40gをFPで撹拌。玉葱1個はみじん切りにして、レンジで3分加熱して、牛蒡らと合わせて粗熱を取ります。豚肉200gと卵1個、焼麩6g、塩小匙2/5にナツメグ少々、黒胡椒少々をFPで撹拌して、牛蒡らと合わせ、 8等分の俵型に。エリンギの切ったのも入れ、中火で両面2分づつ焼き、水を100cc入れて蓋をして強火1分半蒸し、火を消して、蓋をしたまま15分蒸します。
その間に、小鍋に赤ワイン130cc、バルサミコ酢大匙3、醤油大匙1、蜂蜜大匙2、おろし大蒜、小さじ1/2を6分煮立て、火を消してバターを10gを溶かします。蒸し終わったハンバーグにそのソースを絡めて、サッと煮込んで出来上がり!
この蒸す方法だと、いかなる厚みのハンバーグでも生焼けなしで、ふっくらと仕上るのが良い……。ソースはバルサミコ酢のほのかな酸味と蜂蜜のコクある甘さが、牛蒡と相性抜群!!エリンギも良い……!!
食べている途中に「トーストと合わせたら最高では?!」となり、トーストも。あぁあぁ、これで完成じゃん?!トーストの風味が、牛蒡ハンバーグともソースとも素晴らしかったです……。
お酒はカリフォルニアのカベルネ・ソーヴィニヨンでした。

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今夜は火鍋、大根の皮のアーリオ・オーリオ。

火鍋は薄切りラム肉たっぷり!!!生姜と大蒜をスライスし、きのこ(えのき、エリンギ、しめじ)と長葱、キャベツと大根、豆腐と火鍋の素(ナツメ、クコの実、花山椒、クミン、ナツメグ、クローブの香味パックと紅白のスープ)を水で煮て、沸いたらラム肉を煮込みます。うわゎ、何じゃこりゃ?!?!ぅ、うんまいっっ!!!ラム肉は臭みがなく、甘い……。あ!辛い!!辛い、旨い!!あぁぁ、最高だな……。大根の皮のアーリオ・オーリオは鍋に使った大根のもの。鍋用は皮を厚く剥く。その皮もシャッキリ美味しいのです。
「〆はラーメンで!」と書いてありましたが、中年二人は満腹なので明日へ。楽しみ!!
お酒はカヴァ。軽い飲み口なのが鍋に合います。

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山井教雄『まんが パレスチナ問題』(講談社、2005)、『続 まんが パレスチナ問題 「アラブの春」と「イスラム国」』(講談社、2015)読了。

ユダヤ人でエルサレムに住んでいるニッシムとパレスチナ人でエルサレムの東のアブディス村に住んでいるアリとエルサレムの猫によって、歴史的にパレスチナ問題を見ていく。
話は旧約聖書から始まる。これは良かった点。概略がわかり、取材に基づいた本だと思う。
岡真理の『ガザとは何か』と比べて読むと、「ハマスには否定的」「イスラエルの情報を鵜呑みにしている可能性がある」「両書ともエピローグが微妙」だと思う。ただ、岡が積極的に無視したハマスによる自爆テロ、その勧誘についての欺瞞を本書では指摘している。
私は岡の本の次に読んで良かったと思う。次は臼杵陽 ・鈴木啓之編著『パレスチナを知るための60章 エリア・スタディーズ』(明石書店、2016)を読む予定。

ラムセロリ餃子だよ!!付け合せにカリフラワーのカレーピクルス。

ぎょぱだよ!!
ラムはジンギスカンのタレ大匙2くらいとでFPでガーッと撹拌して、大蒜1片、生姜1片を炒めて香りが立ったところに合わせて炒めます。さらにセロリ3本を0.6mm角で切ったものを合わせます。火が通ったら、セロリの葉のみじん切りしたのも合わせて、小匙1の片栗粉を水で解いて合わせ、とろみがついたら餡のできあがり!アボカドは0.8mn角で切って、モッツァレラチーズと合わせます。あ!モッツァレラ余った!
それらを全てを餃子の皮で包んで、ホットプレート230℃でカリカリに焼きます。
餃子そのもので鹹味を決めて、辣油酢で頂くと減塩に。少し余っていたかぼすを絞ったら、瑞々しくて最高……!!アボカドチーズにはハバネロソース&「ぽん酢しょうゆ馬路村(通称:赤キャップ)を少し。旨い……。チーズが焦げたものがまた美味しい……。ですが、最後はラムセロリで〆ます。
カリフラワーのカレーピクルスは、ピクルス液でちょっと煮立てると味が染みます。蜂蜜味がほっとする、粒胡椒が香り高い一品。
ワインはカリフォルニアNAPAのピノ・ノワール。ピノ・ノワールはカップリングの難しいワインだと思うけれど、ラムには最高です……。

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豫園!!
むっちゃ美味しかった!!
最高だったな……。
お店の人は私達を覚えてくれていて、「今年もよろしくお願いいたします」と挨拶しあったのでした。
大好きなお店の一つ。
 闘わないVer.

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中澤系歌集『uta0001.txt(新刻版)』(皓星社、2018)、読了。

ずいぶんと長く積んでしまったが、良い歌集だった。
中澤系の鋭さは現代にもかなり生きると思うが、90年代末期らしい閉塞感もあろう。
私は、〈システムに抗う歌〉という彼の歌に対する一般的な批評とはやや違った印象を持った。もっと積極的に主体をシステムに組み入れ、それによって引き裂かれるときに湧出する毒を書き留めているような……。
繰り返し「意味」や「解釈」への嫌悪があり、その辺りもポストモダン的だなと感じた。

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今晩は馬面剥一尾を頭は澄し仕立、身は刺身、七種雑炊。

馬面剥、美味しそう!!ということで、丸まる一尾を捌いて貰って、頭と身と肝と尾に。頭と尾は澄し仕立にして、あとは刺身に。あぁ、淡白で癖のない旨さだな……。澄しの頭、頬肉が甘い……!!
澄しの汁を残して、七種は雑炊に。生米から白粥に仕立て七種粥にするのも美味しいが、雑炊は出汁を吸うのがいい。馬面剥の旨味が乗って、七種の土臭さ、ミネラルが乗って、ぅ、美味い……!!

今晩はセロリ蛸焼き。

セロリはわさっと半束で98円!!これは!!と思い、もうおせちはいいっしょ、とセロリ蛸焼き。

FPにかけたキャベツ150gと生姜1片、7mm四方のピーマンとパプリカとセロリ2本、干し海老、蛸どっさり(蛸は小さく切った方が旨味が行き渡る)。モッツァレラチーズどっさり。

セロリと蛸は相性抜群……!!セロリが瑞々しくて、蛸の旨味と最高……!!セロリとピーマンが違う苦みで、複雑さを与えてくれて深い……!!パプリカは熱が入ると甘い……。また、干し海老の旨味が蛸の旨味と響き合う……!!生姜、フレッシュな辛さ……!!ホットプレートでの蛸焼きは油でギトつかないのも素晴らしい!!

ソースは「おたふく」のソース&ハバネロソースorベトナムグリーンチリ、「ぽん酢しょうゆ馬路村(通称:赤キャップ)の4種。ソースはうま甘辛く、赤キャップは明石焼き風、ベトナムグリーンチリの海老の旨さ……!!本当にどれもセロリ蛸に合う……!!
蛸焼きはご馳走!!!

ワインはカリフォルニアのシャルドネを。蛸にもセロリにも本当に合う……。


今日、厳島神社で見つけた梅の蕾。春が近い。

朱 喜哲 『〈公正(フェアネス)〉を乗りこなす: 正義の反対は別の正義か』(太郎次郎社エディタス、2023)読了。

ジョン・ロールズとリチャード・ローティを中心に、その議論やことばづかいを「推論主義」「意味の使用説」の立場から検討する。
ロールズが導入する「正義(justice)」と「善/よいこと(then good)」の区別、正義の「概念(concept)」と「構想(conception)」の区別を押さえ、「よい」ことについての考え方(「善の構想」(conception o the good))は個々人の考え方や価値観であり、それ同士は互いに衝突し抗争を招くことがあり得る。対して、「正義」は競合し得る善構想同士を、調停し、合意に至った状態において実現するものであり、そのための一連の手続きであるとする。

個人的には、「正義」とは構造の問題だとし、「合理的配慮」なる言葉が負担感をともなった言葉遣いだと指摘。「しかるべき調節」と訳出すべきだったとする点に強く興味を持った。

山内志朗『小さな倫理学入門』(慶應義塾大学出版会、2015)読了。

教科書的なものではなく、哲学的なエッセイ。詩的なところもあり、冬の夜に読むのに向いている。
西洋・東洋の哲学を横断する、静かな思索が進んでいく。

〈一枚一枚の棚田に満月が映るように、一つ一つの溜息には名号が宿り、一粒一粒の涙には光が宿っています。泣いて悲しんでいても生きているのはよいこと、理由もなくよいことなのです。〉

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