「○○問題」という言い回しに感じる違和感。「徴用工問題」「従軍慰安婦問題」「LGBTQ問題」とか言われる、確かにテーマはそれぞれ徴用工であったり従軍慰安婦だったりLGBTQだと思うけど、問題の主体は日本社会がそれをきちんと認めてこなかったことにあるので、全部「日本社会の不寛容・不正義問題」なんだけど、「○○問題」という言い回しになると、まるで○○に該当する人々そのものが問題=好ましからざる存在の様に聞こえて大変よくないと日頃思っている。
「せかいビバーク」
こんなシステムがあるんだね。
貧困はある日突然口を開く。宿泊支援団体に聞く「路上生活2022」(Yahoo! JAPAN SDGs)
#Yahooニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/1f9266c50f56475c3d62abcf3a5abdd9af281778
【独自】自衛隊を支える装備品工場、事業継続が難しければ国有化も…国内製造維持が狙い -読売新聞オンライン
https://www.yomiuri.co.jp/politics/20221229-OYT1T50195/
女性を消費するようなコンテンツが批判されるとき、作品に喚起されて具体的な犯罪が誘発されることを危惧しているというより、作品が体現している価値観や認識が現実社会の価値観や認識に影響を与えることを危惧している。
女性を客体化、モノ化する視点が受け入れらられることによって差別が助長・矮小化される、暴力が暴力と認識されなくなる、犯罪が犯罪と思われなくなることを問題にしていると思う。
例えば、強引なキスから恋が始まる展開が違和感のないものとして描かれることで、性的同意が軽視さる/性暴力が暴力と認識されなくなる、児童(未成年者)を拉致した犯人との"恋物語"が"純愛"として受け入れられることで現実に起きている児童への搾取が矮小化されてしまうなどなど。
つまりフィクションが個々の「犯人」に与える影響というより、ひろく社会の価値観・認識に与える(与えている)影響に対しての危惧であり批判だ。
まずはそこをきちんと別けて考えないと意味がないと思った。
インディーズの音楽やゲーム、tiktokのコンテンツといった領域では、すでに批評や情報が音声や動画としてしか存在しない状況になってきたと感じています。
良さげな作品を活字で検索しても、紋切り型的なまとめブログ記事や情報のないツイートしか引っかからない。しかしリアクション動画や、他のポッドキャストを紹介するポッドキャストが見つかったりするわけです。
SF小説ライターの私も今年は、海外作家のインタビューが動画や音声だけで文字起こしされていないので、原語を見聞きするということをやっています。
聞き取れない言語の動画を、Youtubeの自動生成字幕から解読したりしてSF作家の発言を確認しているんですよ。
#新しい戦前
タモリさんに言われるまでもなく。
いまの大人は、後世「なんであのとき反対しなかったの?」って聞かれる側。25年くらい前、わたしはそれを聞いて知りたい側だったけど、そのころたぶんすでに反転は始まってた。
戦争って命の奪い合いだから反対なんじゃなくて。
今日わたしが何を食べるか、明日どこへ行って誰と会い、何を学んで、どういう人生を送りたいかという、ありとあらゆる選択肢を奪うの。これ以上の権利の侵害があるだろうか。
そしてもうそれはすでに始まってる。
2月にロシアが戦争を始めて、「戦争に反対します」とわたしは書いたけど、やっぱりぜんぜんわかってなかったなと思う。
記者会見に参加しました。結構本気で民主主義の危機だと思っています。
というのも、学術会議法を第三者による会員推薦や政府による任命拒否が可能になる方向で変えてしまう提案が今、なされているわけですが、これが通ってしまうと憲法23条「学問の自由」が主観法および客観法としてフルに効いていた組織がなくなるからです。
無論、それで人々が日常の不便を感じるレベルにはすぐにはならないでしょう。しかし、自民党のみの提案を入れた今の方針の提案が通ってしまったら、民主主義が損なわれないようにするための安全装置は確実に一つ消えます。
https://mainichi.jp/articles/20221227/k00/00m/040/311000c
エルピス最終回みた
希望を考える
ーギリシア神話「パンドラの箱」から
https://project.iss.u-tokyo.ac.jp/hope-archive/think/060119_kono.html
ついでに。
勝谷誠彦『ディアスポラ』
知らなかった。このひとの小説面白いのかな。
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163807508