そのときはレベッカさんが、色々と聞いた後に「あなたたちはとても若いし、私の甥っ子くらいだよ。もっと色々と調べたほうがいいよ」と目を潤ませて話したことがあったんですね。
この間、若いイスラエル兵士が来たとき、あとになってそれを思い出し、レベッカさんのように対応すべきだったかなと思ったりしました。
だから、昨日、レベッカさんに、「前にロシア系ユダヤ人の兵士が来たときさ」と話したら、「ああ、あの2人ね。覚えてます」と即座に返ってきて、なんだか嬉しかった。
レベッカさんには多くのことを教わっている。
安藤さんにも。
もちろん、堀さん、岡崎さん、凛花さんからも。
多くのことを色んな人から教わっていて、ありがたいです、ほんとに。
昨日も原爆ドーム前のスタンディングに参加しました。
昨日は、15時スタートでしたが、吉美は仕事終わっての参加で18時からでした。
行ってすぐくらいに、堀さんから『虚像 石丸伸二研究』をいただきました。帯には「政治の刷新を期待された地方行政の新星は単なるトラブルメーカーだった?」とあって面白そうです。
岡崎さんからは伝送便をいただきました。岡崎さんのお書きになった記事、「パレスチナとも連帯 被爆七九年目 揺れる広島から」を読みました。スタンディングのことも書いてあります! 〈この街に生まれ育ち祖父母が原爆で溶けて消えてしまったという現実を持つ私にとって〉という冒頭近くの文章が印象的でした。
凛花さんはZINEを読ませていただき、これもとても良かったです。紙面構成がセンス良いと、それだけで心が浮き立ちますね。文章も好きなタイプだったので、じっくり読みたい。オンライン販売があるそうなので、首を長くして待ちます。
という感じで、読み物と縁のあるスタンディングでした。
途中参加してくださったかたがいたり、いきなり雨が降ってきたりとドラマチックでもありました。
終わってから、これからのことや、先日来たイスラエル兵士のことなどを話しました。
以前、ロシア系ユダヤ人のイスラエル兵士が2人で来たことがあって、
昨日も原爆ドーム前のスタンディングに参加しました。
アラームをセットしてないまま、いつものように仮眠していて遅刻しました。あんなに焦ったの久しぶりでしたねー。
昨日は、歌とスピーチの日でした。
合唱すると、多くの外国人観光客が足を止めてくれました。それを見た日本人が「あれ、何かやってる?」みたいにきょろきょろして、足元のプラカードを見たり、ぼくたちのほうを見たりしていました。愛知県のイスラエルとのスタートアップ提携反対の署名チラシを受け取ってくれる人もそれなりにいました。歌ってやっぱ強いな。
レベッカさんがアメリカで行われた焼身自殺について話し、パレスチナで活動し頭を撃ち抜かれたアクティビストの話をしてくれました。後者は、少しでもイスラエルの攻撃が鈍るよう、自らの身体を盾とする行動だったそうです。
田浪先生は昨日が原爆ドーム前のスタンディング(ビジル)がスタートして11ヶ月だったこと、オスロ合意が9月13日だったことを話してくれました。オスロ合意当時は、これでパレスチナ問題は解決するんだ、という空気が世間では流れていたけれど、パレスチナの自治など形ばかりであり、行政権のない区域がほとんどで、何も解決しなかった、むしろオスロ合意前のほうが牧歌的だったと思えるほど
それなのに、例えば、彼女が子どもをたくさん育てていて、今も新生児を生んだばかりだからという、ただそれだけの理由で、「じゃあ、これは何のために?」と聞かれてしまう。
ある種の質問は、それはあなたの社会的な地位にふさわしくないと暗に突きつけてくる。
質問者は自分がナイフを突き出したことを、自覚すらしてない。
もうここで、はっきり捕まってしまいましたね、ぼくは。
そうやって捕まったことによって、ニグリオファの捕獲された気持ちに寄りそうことができた。
あと、面白かったのは、詩人を追いかける調査が進まなくなったとき、書き方が変わるところが新鮮でした。
書いてある内容は、ニグリオファの経験したであろうことなんですが、通常パートと違うのは、詩人を追いかけていることからは切り離されていること。でも、それでいて、ちゃんと繋がっているような啓示的なパートになっていること。ここだけで、短編小説みたいな味わいになっているんですよね。
最初はどうしてこういう構成になっているのかわからなかったんですが、途中で、ああ、これは調査が難航している時間的な経緯を、別の言い方で表しているのか、と考えて納得しました。
ある場面で、ぎゅっと心を掴まれました。苦しいくらいに。
デーリン・ニグリオファ『喉に棲むあるひとりの幽霊』(吉田育未訳)は、ジャンル分けするのが難しい、けれど、読む楽しみに満ちた小説でした。
基本的にはアイリーン・ドブ・ニコネルという実在する詩人を追いかけるデーリン・ニグリオファのお話なんですが、著者であるニグリオファがそもそも魅力的で、情熱的で、好きにならずにはいられない人なんですよね、惹きつけ方もうまいし。やることリストで共感させつつ(リストを削除する快感ってなかなか書かれたことのない喜びじゃないですかね)、謎めいた搾乳器に振り回され(説明をなかなかしないの上手いですよね)、すっかり好きになっちゃったころ、ぎゅっと心臓を握られちゃうんですよ。
公営医療の看護師が訪問検診にやってきたとき、詩人について調べているのを知られてしまう。そのとき、看護師は、こんなことをいう。以下、引用。
〈「夜間授業でも受けているのですか」。わたしは首を横に振る。「じゃあ、これは何のために?」〉
何のためにと聞かれて、でも答えられない。簡単には答えられないけれど、自分にとっては切実に大切で、大事で、どうしても手放せないものごとは誰にでもある。
最後に〈イスラエルの国内では人質解放のデモが行われている〉場面を流して終わる。
大抵の場合は言いたいことを最後に持ってくる。印象に残るからだ。
「あなたは乱暴だけど八つ当たりはしない」と「あなたは八つ当たりはしないけど乱暴だ」は、情報量は同じですが、印象は違う。
多くのメディアは公平なようでいて、イスラエル擁護の論調で、ずっと報じていた。
誰でもそうなんだけど、詳しく知らないことはメディアからの情報が基準になってしまいます。そして、その基準から外れていることに違和感を覚え、否定しようとします。
それは、旧日本軍のころも、今も、まったく変わってないのかなと。
あのイスラエルの若者は、今の日本の鏡なんだと、ほくは思う。
昨日も原爆ドーム前のスタンディングに参加しました。
昨日は、大阪市の街路樹撤去を考える会のお二人がジョインしてくださいました。ありがとうございます。
雲が出ていたので夕焼けがやたらと綺麗でした。
終わり間際になって、若いイスラエルの男性が話しかけてきました。英語が通じないならスマホで翻訳してでも話すタイプでした。激昂するわけでも、罵倒するわけてもなく、ただただ粘り強く「ジェノサイドではない」と繰り返すタイプ。「自分はガザにいて見てきたんだ」の一点張りで、イスラエルが子どもを殺していることも完全否定していました。
ぼくは以前にも似たタイプと話したことがあるので、あまり話さず、遠くから見ていました。昨日はメンバーにイスラム教のかたはいなかったので強くは止めなかったんですが、もしいたらヘイトスピーチになるので強引にでも追い払わないといけなかったと思いますね。
とても若かったし、イスラエル国内ではガザの状況をメディアも伝えず、人質の情報しか流していないので、ああなってしまうんだろうなと思う。
日本もメディアが「どっちもどっち」の論調だったので、無関心な人が多くなっている。
前にも書いたけど、ニュースの構成が〈ガザの人々がテントで暮らしている〉場面を流した後、死者の数を発表して最後に、
今日の体重。
じわじわ減ってるよー。でも明日はデートだから、たくさん食べちゃうよー。
筋トレメニュー
図書館まで自転車
往復15分
プッシュアップバーを使った腕立て伏せ
30秒3セット
バックレッグランジ
30秒2セット
マウンテンクライム
30秒1セット
昨日も原爆ドーム前のスタンディングに参加しました。
昨日は雨上がりからのスタートで、かなり空気が蒸していました。
みんなで歌をうたっていると、親子の観光客が足を止めてくださいました。写真も撮ってくれていたので、お子さんにステッカーを渡すと、とても喜んでくれました。ご家族さん、一旦、離れていったのですが、少し時間が経ってからまた来てくださり、そのまま最後まで一緒にいて、集合写真にも加わってくれました。
雨上がりの空は刻一刻と変化して、見事でした。 [添付: 6 枚の画像]
作家。第2回かぐやSFコンテスト大賞受賞。中訳版が〈科幻世界〉に掲載されました。SFアンソロ『新月/朧義果樹園の軌跡』に「盗まれた七五」が収録されました。メールアドレス:shun.yoshimi728@gmail.co