こないだ買ってきたシャトレーゼの「デザートモナカ 瀬戸内レモンタルト」。
これ美味しい。
レモンの酸っぱさと苦みが、きっちり。それがホワイトチョコとアイスの甘みと引き立て合って。
クッキークランチのサクサク感、チョコのパリパリ感、クリームチーズの風味、レモンピールソースのジューシー感、全部詰まってます。たまらん。
今度行くときまた買おう😌
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/4223965718df7f5bedfbaff0f57653cadce09661
バレットジャーナルっていうのがあるのね。
これに近いこと、日記アプリでやってる。
やりたいこと、やるべきことを忘れずにやれるようになるし、長期的な展望も持てるようになるので、時間を有意義に使う助けになる。
とりあえず書き出しておく、というのがとても有効なんだと思う。
その日にできなくても、適当な時期に延期しておけばいいし。
何回も何回も延期してしまうものは、本当にやりたいのか、やるべきなのか再確認して、そうでなければ中止にする。なぜやめるかの記録も残しておけば、後であれどうなったっけ……ってなった時も探せるし。
本当はアナログでやったほうが脳には良いんだろうけど、とりあえず手軽だから日記アプリを使ってる😌💦
関東大震災後に、当時田端に居住していた芥川龍之介も地域の自警団に参加していたそうである。ちょうど100年前の今頃だ。
その翌年、芥川が書いたブラックな小説「桃太郎」について、「9月、東京の路上で」の中で述べられているので、その小説を探したら青空文庫にあった。当時発刊したばかりだったサンデー毎日に1924念の夏、発表されたとのことである。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/100_15253.html
小説では震災後の世相を通じておそらく芥川の中に育ったであろう、自分の社会に隠された残虐さとそれがもたらす近い未来を予見している、そのように私は思った。「不安」ってこうしたことの全体だったのだろうな、と確信した。
天才物理学者であり、日本の近代科学の祖でもあり、随筆家で俳人としても名を馳せた、寺田寅彦。(夏目漱石の数少ない友人のひとりでもあったり)
彼は、1923年の関東大震災の詳細な被害調査を行っていて『東京日日新聞』…今の毎日新聞に掲載したのが、この「流言蜚語」。
実に科学者らしい視点と、論理的で簡潔で平易な文章で、当時の東京市民を諌めてる。
…翻って100年後を生きる私たち。日々、SNSに流言蜚語が飛び交う中で生活してるだけに、この教訓はまだまだ有効なようで…むしろ、今の私たちのほうが、この教訓は必要なのかもしれない。
短い。すぐ読めちゃう。でも、なかなかグサリと鋭く刺さる。百年前の文章なのにね。
【青空文庫】 「流言蜚語」寺田寅彦
https://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/43260_17028.html
「普通はこうなのに」の「普通」って?社会学者の著書で日本的「同調圧力」の問題点を学ぶ1冊 https://ddnavi.com/review/1172843/a/
こういうの大事。
溺れた子どもを助けに行くと大人のほうが命を落とす…それでも助けたい親がその時とるべき最善の行動 https://president.jp/articles/-/73367
細かく大事なことが書いてある
ヨドバシの通販は配送業者を挟んでなくて自社の配達員が毎日同じようなコースを回ってるから1品から送料無料で速いと読んで、少なくともAmazonよりは良さそうだなと思った
なぜ1品から無料? ヨドバシエクストリーム便の凄さを藤沢社長に聞く - Impress Watch
https://www.watch.impress.co.jp/docs/topic/1374037.html
複数の専門家による結論。これ、決定的です。海洋投棄は支持されません。
「 1. 東京電力は、ソースターム、すなわちタンク内の具体的な放射性核種含有量に関する知識が著しく不足している。サンプリングされたタンクはごく一部であり、PIFと共有されているデータでは、ほとんどすべてのケースで、全64核種のうち9核種しかサンプリングされていない。
2. 東京電力の測定プロトコルは統計的に欠陥があり、偏りがある。このプロトコルは、タンクの放射性核種含有量について統計的に信頼できる推定値を提供するように設計されているようにさえ見えない。
3. ごくまれにしか測定されておらず、定期的な測定プロトコルから除外されている55種類の放射性核種に関する東京電力の仮定は、ALPS処理と最終的な希釈・排出を計画するための科学的根拠として適切ではない。
4. IAEAが、タンクの内容物を統計的に代表する方法で測定を行うよう主張していないことに、私たちは驚き、落胆している。私たちの見解では、これは建設許可前に確立されるべき、運転前計画のための最小限の基礎である」
メギド、ダゴンちゃんのリジェネイベント
読み終えた。
推しの一人、バフォメット村長が大活躍していたのでテンション上がりまくり☀
割と自由奔放なメンバーで話が本筋から逸れ勝ちになるところを、現実的な洞察、建設的な発言でビシッと引き戻し、そして要所要所で感激屋の本領発揮で大泣きをして場を和ませもする。
最高でした😌
お話としては、自分の「個」を発見する喜びという共通点で、強者であるダゴンちゃんと、弱者であるメルコムやガルデニングが通じ合えたのは良かったなと。
農業を、自然とヴィータとの戦争であると捉えていたの、私的には納得の捉え方。
「自然を勝手に作り変える人間の傲慢さ」という見方ももちろんできるんだけど、それってそれこそ少し傲慢かも知れない。
自然には自然の都合、ヴィータにはヴィータの都合があり、戦争をしているのだと。
ヴィータは、(自分もその一部であるところの)自然という強大な相手に必死で取り付いていって、ほんの僅かなおこぼれを勝ち取る、そういうものかなと。
ザレイズのシンフォニアイベント、私の好きなタイプのお話だった。うるっと来た。
(私はシンフォニアはプレーしたわけじゃなくて動画でストーリーを履修したから、ちゃんと把握できていないかも知れないけれど。)
遠い昔の、希望を持っていた頃のミトス(の記憶)は穏やかで、彼を変えてしまったものの苛烈さを思うと苦しくなる。今のミトスが、マーテルにその姿を見せたくないと思う気持ちも分かる。
でもマーテルは今のミトスを優しく受け止める。今のあなたには私達が一緒だから、と。
ミトス、ジーニアスの抱えているもの。差別、取り残される孤独、それをどう乗り越えていくか。
短いイベントの中に重いテーマとそれへの答えが、ギュッと詰め込まれていた気がする。
一人にしないこと。たくさん一緒の時を過ごして、それを覚えていること。
もちろん、今すぐ万事解決!ではないけど、希望を先に残していく。そういうお話で、とても良かったと思う。
ロイドは相変わらずロイドだった。この変わらなさがみんなに安心をもたらすんだろうな😌
私(たち)は、こちらを選択することができるはず。
#9月1日
「一方、朝鮮人労働者を雇い、工員を派遣していた親方が暴徒から朝鮮人たちをかくまったり、旧田島町の助役が新田神社(川崎区渡田)に小屋を設け、約百八十人の朝鮮人を保護し、自警団が押しかけても守った記録もあった。」
「日ごろから朝鮮人と付き合いがあった人たちは、簡単にデマを信じることなく、加害者にもならずにすんだ。犯罪をあおるヘイトスピーチと対峙(たいじ)していくヒントがある」
https://www.tokyo-np.co.jp/article/52179
このサイト、官房長官のとんでもない発言で逆に重要さを知らされた気がする。
勉強しておきたい。
https://www.bousai.go.jp/kantou100/siryou.html
(関東大震災の記録は、「内閣府ホーム > 内閣府の政策 > 防災情報のページ > 広報・啓発活動 > 災害史・事例集 > 歴史災害の教訓報告書・体験集」
からも行ける_φ(・_・)
「働く人が疲弊していくとどうなるか。多くの消費者は、同時に労働者でもある。働く人がいて、初めてサービスを使えるという想像力を持つべきだ」
昔、海外旅行に行った先の、空港や美術館でストライキをやっていた。空港がゴミだらけだったり、美術館が開いていなくて予定を変えたりと、大変ではあった。
でも、そこで働いてくれる人がいなければ、そもそもサービスが受けられない。
働く人の権利は守られるべき。
業種別で連帯するのはとても良いと思う。会社ごとだと、どうしても働く側の立場が弱くなるから。
「三越にはストもございます」最高やないか Σd(N ◡ -᷄ )
全労連 ZENROREN 【労働相談フリーダイヤル】☎️0120-378-060(平日10〜17時)
「主な大手デパートでは約60年ぶり」と報道されている、そごう•西武のストライキ。
1951年に行われた百貨店史上初の「三越」のストライキでは、「三越にはストもございます」という垂れ幕が出されたそうです。
ストライキは労働組合の権利です。
#そごう・西武労組のストライキに連帯します 」
https://twitter.com/zenroren/status/1696797655622688889
「片喰と黄金」58話
→続いた。
そして58話。そうしてますます強くなるアメリアと逆の、アメリアにはなれないエズメの視点。
それを自覚した彼が、(世界は君が大好きだから 俺だけは君に救われてやらない)「嫌いだよ」と笑いながら言うシーンには、軽く衝撃を受けた。
主人公だからどんな目にあっても諦めず、強く明るくたくましく、乗り越えて当たり前。みんながそんな彼女に惹かれて集まっても当たり前。どこかやっぱりそういうメタ的な感覚はある。「物語だから」「そういうお話だから」と。
でもこの話は、そういう一線を引いた読者(わたし)の側に、一歩踏み込んできたような感覚があった。
「物語」ではどうしたって主役にはなれない人々。数々の苦難の前に膝を折り、光の当たる場所から去っていく、語る言葉を持たず、語られない、たくさんの人々。そういう人々が、「いた」し、「いる」のだと。
(私は当然その人々の側ですが……!)
やっぱりこの漫画、他とは一味違うかも。
「片喰と黄金」57話。
ちょっとずつ読み進んでいる。やっぱり凄いなと思う。
https://yanmaga.jp/comics/片喰と黄金
57話には、強くて明るくてカッコいい、だけではないアメリアがいた。
怒りを糧に先の見えない旅に飛び込んだ彼女。
けれどたくさんの経験と人との出会いが、段々と彼女の強さの源泉を、触れれば切れるような硬質な怒りから、衝撃を受け止めることのできる靭やかな適応力に変えてきたのかな、と思った。
それでも深いところで傷は痛み続けるんだろうけど、前よりも弱くもなり逞しくもなった(つまりより大きな心になった)アメリアは、きっとそれも抱えて前に進んでいけるんだろうなと。
(本気で飢えたこともそれで大事な人を失ったこともない自分は、想像するしかできないけれど)
→続く。
ゲーム好き(メギド72、テイルズオブザレイズ、TOVなど)/成人済。Mastodonは202202から、お試しでtrickleと併用中。https://trickle.day/piyo2023