引き続き99年の岩波「世界」シンポジウムの文字起こしを抜粋していく。
こちらは99年当時の予想とは思えない。
金子勝 法政大教授(当時)
歴史から見ても、一人一人が抱える不安とかリスクが進行しているときに限って、「自己責任」だとか「自己決定」という言葉がシャワーのように浴びせられるのです。ファッショ(=ファシズム)の前にはつねに、自由主義的な民主主義の徹底が存在します。このパラドックスをわれわれはいま、経験しているのです。
つまり、自分ではどうしようもないリスクなのに1人で解決しなさい自分で処理しなさいといわれる。しかし、一人一人の人間にとってはどうしようもないわけです。そのあとにはつねに全部、すべてをだれかが決定してくれるという安らぎが待っているのです。それはあるときはオウムのように神であったり、あるときは強いリーダーシップであったり、あるときは死というか、みずから自殺を選ぶということであったりする。
民主主義の危機の底にはつねに社会の危機があります。一方にそれを見ようとしない為政者があり、もう一方には、それにプロテストをしたり、批判意識を持っている人たちがまたその現実を見ようとしない。それをとらえる感性が磨滅するときに、民主主義の危機が生じるのです。
さて、第一の問題はグローバライゼーションです。グローバライゼーションに対する対抗戦略を、ほとんど野党も学者も運動団体も持っておりません。本質を暴こうとする人たちもほとんどおりません。政権政党がきちんとした対応をしているかというと、ざんえんながら、ほとんどグローバライゼーションに突っ込んでいるだけであります。
これが先ほど行った得体の知れないリスクをもたらしています。人びとに言いようのない将来の不安を与えているのです。この不安に対して明確なメッセージを伝えたり、明確な対抗戦略を持てない限り、いくら民主主義の危機を唱えても意味がない。なぜなら、民主主義と言うのはあくまでも形式です。誰が何を解決するのか、そして具体的に降りかかってくるリスクに対してどう共同で取り組まなければならないのか、そういう切迫したものを感じていなければ、民主主義は死んでいくのです。
まず2001年に何が起きるのか、そして2025年の日本はどういう姿になっているのか、生活と言うところから想像してみましょう。それは非常に寒々とした状況と言わざるを得ません。いわゆる金融ビックバンで、IASという国際会計標準を入れます。危ないのは年金の開示義務とキャッシュフロー経営であります。
2万1000人を切った日産は国際会計標準に正しく則ったのです。時価会計主義、凍結決算、年金債務の会議も、キャッシュフロー、すべてを満たしています。興銀とのいわばメインバンク制を断ち切り、持ち株を持つ子会社、系列は4社に絞り、2万1000人を削る。そしてヨーロッパのマイノリティーであるゴーンという人間を引っ張ってきてそれをやらせる。これが現在の日本の構図です。
ここで起きている雇用リストラや年金の将来不安は、一時的な不況で起きているのではなく、日本の1つの進路の選択の結果起きていると知ることが重要です。
日本はすでに銀行の自己資本比率規制は、88年のバーゼル合意を受け入れたわけですが、それがその後、我々の国を貸し渋りでめちゃくちゃにしたのです。その時大蔵省は含み益があるから大丈夫だと言って合意を受け入れた。それがこの有様です。そしてこれから、誰も考えずにまた2001年、ビックバンに突っ込もうとしている。
消費と設備投資がなお盛り上がらなければ、GNPのすでに1.2倍である600兆円という財政赤字は、さらに大きくなり続けるに違いありません。調整インフレをやる以外にこれを克服することができません。そうしたら、老人たちの貯蓄はほとんどタダ同然になっていく。2025年に訪れる光景はまずそこから始まります。
すでに高卒の就職率は40一%。59%はほとんどフリーターに回っています。雇用流動化政策と言う名前で反対するか、雇用を守るか、こういう抽象的な話ではありません。すでに労働市場は分断化されていて、首を切られた中高年は再就職ができません。女子大生の多くが派遣に流れています。今都立高校の卒業生のうち、就職した人の半分以上が既にフリーターであります。彼らは社会保険を一切払わずに、親から貯金をもらって生きています。彼らが2025年になって高齢化のピークになる時、どんな光景になるのか。社会保険、年金も健康保険も一切払っていない人たちが大量に存在して、その親たちは後期高齢者になって、すでに介護保険の対象になっている…。今のままでは、必ずこうなるでしょう。すでに我々の眼前にあるのは、こういう社会保障と雇用のめちゃくちゃな状態であります。
またこのままいけば、農業はおそらく2007年から人口が急減し、都市近辺と山間部から次々と崩れていきます。ちょうど商店街が虫食い状に地上げをやられたときに集客能力が落ちてやがて全部が落盤したように、虫食い状になれば面的な睡蓮の推理管理ができなくなります。そうすれば、我々の食も農も維持することができなくなることは火を見るより明らかであります。我々が選択している現実とはそういうものです。
我々は、また老人病院で老人を縛り付けて、多くの人たちがそのまま効率化されて、市場で取引をされて、安楽死させていくような、つまり動けなくなれば看護婦が入らなくなるような、そういう介護の悲惨な実態に対しても口を閉ざしています。
民主主義の危機というときには、周辺事態法や通信傍受法だけではなくて、我々の生活にあるあるいは起こってきている隙に対して、解決する課題を特定して、そして誰が何を、どのようにして解決するかと言うことを発言することが必要なのです。政党がもし頼りにならないのであれば、すべての人々がそれを口に出す以外にないと言うのが私の結論です。
久しぶりにタクシーに。小泉時代のタクシー規制改革から約20年、運転手さんは、この間どれだけタクシー運転手の自殺数が上がったのか、タクシー台数の増加(規制緩和ゆえ当然に見越せた)に対して、行政・警察が「ヤクザと同じやり方で」街からタクシーを排除したかを事細かく聞く。人間扱いされてないと。
規制緩和以後、街の各駅前で、客待ちのタクシー数が2010年前後か延々と並んでいた時代。運転手には歩合給しかない。これで「自分も月10万円収入が減りました」。自殺は「ローン払えない運転手が大量に出て」。
渋滞が問題化し始めると、 行政は車止めの樽などをあちこちにおき、客待ちできないように邪魔をする。
警察官は頻繁に客待ちのタクシーを巡回。窓から一台一台点検して、運転手がシートベルトにクリップをつけて浮かせているのを見ると(一日中ベルトを着けると肩から胸に傷が出るので、多くが対策のためにこうしている)、違反切符を切る。
挙げ句には、各タクシー会社に3割タクシー数を廃棄せよと命令。「私も文面見ましたけどヤクザと同じでした。3割捨てろって、でもこれ会社の私有財産ですよね?あれにはわれわれ社員もなんというか…」。
「自由競争になれば価格も安くなって国民は喜んだでしょうがね。。前からこれで働いてきた者には理不尽でした」
「横浜市の自宅に一人でいると、大きな揺れに見舞われた。外に出ると、周囲の家は崩れ、人々が倒れている。がれきの中を歩くと、足を引っ張られた。「水がほしい」。傷だらけの青年に請われた。水を飲ませると、青年は「謝謝(ありがとう)」「私は上海から来た留学生の王(ワン)……です」
その時、いきなり後ろから頭を殴られた。振り返ると5、6人の男性が棒を手に怖い顔で立っていた。「お前は中国人か」「朝鮮人か」「なぜ中国人に水を飲ませるんだ」。男性たちは怒鳴り、そして青年を殴り始め、ノミや小刀を取り出して切りつけ、腹を切り裂いた。遺体を何度か蹴った後、言い放った。「もう中国人や朝鮮人に水を飲ませるな」
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私が以前読んだ文章とはちょっと違っていて、私が読んだのはこの中国人留学生を「朝鮮人」と呼んでいたような気がする。
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特集ワイド:関東大震災100年 保阪正康さんの警鐘 14歳の父の眼前で起きた中国人虐殺 帝国主義国家、恐怖が爆発 | 毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20230809/dde/012/040/007000c
私が以前読んだ文章、保阪正康氏の父親の体験証言とされている文章では、
制服を着た保阪氏父親が反町公園付近の青木通りを保阪氏祖父が勤務していた病院のあった横浜市内に向け歩いている。市内に向け歩いている人間はおらず、皆逆方向に避難してる。中には自警団もいて「朝鮮人を5人殺った」「10人殺した」などと、口々に戦果を誇りながら歩いてくる。
進んでいると道端に襲われた様子で荒い息をして横たわっている背広姿の青年がいる。脇を通ると「水を下さい。」
水を汲んであげて先に進もうとすると足首をつかむ。何か言いたいらしく聞こうと腰をかがめると「わたしは朝鮮人ではない。中国人の『ワン』です。」
更に話を聞こうと身を近づけ、左耳をあてるといきなり木刀のようなもので肩を数回殴られる。「おまえも朝鮮人か」「違います」「二中の生徒だな。朝鮮人に水なんかやるな。」
自警団が再びワンさんを殴り出す。鳶口を持った若者が保阪氏父親をワンさんから引き離すとワンさんの背広・シャツを破き、腹部を広げ、鳶口をあて、勢いよく横ざきにする。内臓が飛び出て青年が悲鳴を上げる。
それでも自警団はワンさんを棒で殴りつける。
中国人が朝鮮人と思われ殺されたのか中国人と分かってた上で殺されたのかというのは、わたしは重要なポイントだと思っている。
「『朝鮮人に関する様々なデマ』により虐殺が起きた」とするのであれば、「朝鮮人と間違って殺した」というのは非常に分かりやすい理由付けになる。
「中国人と分かっていて殺した」となると「『朝鮮人に関する様々なデマ』により虐殺が起きた」とどのように接続させるのか。「面倒だからまとめて殺っちゃえ」とか「あいつら違いは無い」みたいなもんなのか。
いずれにせよただ単に「『朝鮮人に関する様々なデマ』により虐殺が起きた」とするのは乱暴すぎる事になるのではないか。
というふうに思ってしまう。
ちなみに私は、関東大震災時中国人虐殺は少数の「朝鮮人としての虐殺」(広東省出身者等)と多数の「外国人労働者としての中国人の排除を目的とした虐殺」(大島町など浙江省出身者)と数名の「社会主義者の排除としての虐殺」(王希天など)とする書籍の説明が一番しっくり来ている。
#VeilleESR un article éclairant sur les politiques universitaires actuelles.
Christine Musselin : « Les universités ne sont pas des lieux de formation de chômeurs » — TheMetaNews https://themeta.news/interview-christine-musselin/
The implementation and continuation of the school lunch system in Japan is an important achievement that reflects the social values of nutrition education and child welfare. However, the associated costs borne by families are becoming increasingly heavy in the face of widening disparities. It may be worth further consideration in terms of accessibility and socioeconomic implications.
「テクノロジー教徒」「加速主義者」——私もその一派でした。
私の本業は最新の情報テクノロジーを調べて伝えることでした。ただ、テクノロジーの無邪気な称揚や、「加速主義」一点張りは、ちょと違うかな、というのが今の思いです。
シンギュラリティ論者という連中がいます。AIが進化して、AIをAIが改良して発達するようになると、世界が変わる、現代社会の諸問題など小さな事になる——だからテクノロジーに全振りしようよ、という考え方です。OpenAIのサム・アルトマンもこの立場に近い。
さらに過激な連中は、進化した超AIに自分の魂を「アップロード」して永遠の生命を得ることができる、的な話を本気で信じている節があります。(宗教やSFではなく、今のテクノロジーの延長でできる、という主張です)
ビットコインや暗号通貨の分野も似たところがあって、「自分が支持するテクノロジーさえ普及すれば、後は知らん」といった奢りを感じる場合がある。
しかし、テクノロジーで社会が変わるとして、取り残された人々はどうなるのか。その視点は見過ごされがちです。
テクノロジーに全振りすると、うっかり倫理を逸脱してしまう場合がある。その危ない領域をどう言語化するか。かなり悩みながら取り組んでいます。
QT: https://fedibird.com/@yoshiomiyake/110854916260856167 [参照]
Twitterでプチバズったのでこちらでも宣伝。
hontoではだしのゲンの全巻電子書籍版が今だけ半額の3,740円。奇しくも今年ははだしのゲン刊行から50周年。明日は原爆の日だし、何より平和教材からはだしのゲンが削除されたり、反核運動が激しいバッシングに遭ったり、核兵器禁止条約に加入する素振りすら見せない情けない今の日本だからこそよりその価値が感じられる作品。
読んだことがない方は勿論、読んだことはあるけど持っていないという方もこの機に購入を考えてじゃ如何だろう。
観た…。
https://www.nhk.jp/p/ts/GP9LGJJN9N/episode/te/KZQ2KL13KJ/
余儀なく逃れた人を自主避難呼ばわりした時
住宅補助すらも打ち切ると発表した時
起こることがはっきり予測できたことが
当然のように起きてしまって
他の既存の社会問題
つまり妻ひとりで子育てすることの経済的な難しさ
あの状況で自主避難の選択をしたことの大変さも想像せず
そもそもその選択自体世論も国も尊重しなかったこと
そして身内にもあまりにも理解されなかったこと
頑張れば頑張るほど心身を病み、追い込まれていく姿
同じく郡山からの自主避難者のまなざしと
「私だったかもしれない」という言葉
朝鮮人虐殺の犠牲者追悼 歌人・福島泰樹さんが短歌絶叫コンサート - 毎日新聞ニュース
https://mainichi.jp/articles/20230808/k00/00m/040/370000c
COVID-19 isn't over.
EG.5 variant has emerged...
https://www.ctvnews.ca/health/a-new-covid-19-variant-has-emerged-here-s-what-we-know-about-eg-5-so-far-1.6509644 #COVIDISAIRBORNE #COVIDISNOTOVER #COVID19 #WEARAMASK
ハーバート・ノーマン、評伝等をまとめて数冊ネット書店で古書購入。もったいないぐらいに安い。もう誰も読んでないと言うことなのだろうか。
アール・ブリュット収蔵、世界有数に 滋賀県立美術館に寄贈549件 - 毎日新聞ニュース
https://mainichi.jp/articles/20230808/k00/00m/040/062000c
https://chng.it/nrC8vqGWCh
2022年度末に埼玉県狭山市立中央図書館で雇止めにされた会計年度任用フルタイム司書のうち希望者を復職させ、市 図書館行政をいっそう発展・充実させてください。
支持率浮上の切り札のひとつが「外交の岸田」イメージらしいが、安倍元首相のときと同じで、実際には米国追従を強化するばかり。韓国現大統領もそこは同じだから、バイデン大統領には笑いが止まらないだろう。
その見返りに米国は、汚染水排出を問題としないことにした。野党も含め、米国の姿勢が容認路線に進めば、あえて「言挙げ」する政党は激減。もちろんメディアは米国の意を受けてはやくからやはり容認。国民の多数もこうなると騒がない。無風。
しかし東アジア地域の米国を中心とする軍事同盟の強化は、何もプラスの要因はもたらさない。それどこか、かぎりなくこの地域の亀裂を深め、緊張は高まってゆく。汚染水はいったん排出が始まったら、天変地異でもない限りやむことはない。だれも経験したことのない局面をさらに人類は突き進む。
https://japan.hani.co.kr/arti/international/cn_tw/47488.html
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逸見龍生。大学教員。#18世紀 #フランス文学・思想。リヨン高等師範学校古典思想史研究所招聘教授。編著に『百科全書の時空―典拠・生成・転位―』(2018)、『啓蒙思想の百科事典』(2023) 等。#Dix-huitièmiste. #Diderot et l'#Encyclopédie. Opinions are my own. #百科全書 #啓蒙思想