松樹凛さんの『射手座の香る夏』を読了。傑作!
以下感想。
表題作は先端科学の神殿が太古の黎明より到来したブラックホールに吸い込まれて瓦解する、〈熊が火を発見する〉ならぬ〈狼が伊藤計劃を発見する〉というべき意識SF。脆い青春が野生の夜のなかで夏の陽炎のように消えた、脆い青春の残像が瞼に張り付く。
「十五までは神のうち」は、白井智之に脳髄を乗っ取られた古市憲寿みたいな平成歴史改変特殊設定ミステリの異様さが全く目立たないほど途方もなく濃厚な黒いノスタルジーが染み込んだ、反出生主義望郷SF。歴史改変SFに実在のアニメ邦画が出てくるのは本作と仁木稔「The Show Must Go On!」くらいでは?
「さよなら、スチールヘッド」は、コスモスの黄昏とカオスの朝焼をサリンジャーがつなぐ、アメリカとユートピアをめぐるシネマティックな夢SF。ありがとうバクテリア……。
「影たちのいたところ」は、ジブリ風なファンタジー要素を用いて社会を鋭く穿った、逢坂冬馬『歌われなかった海賊へ』を彷彿とさせる作品。山上たつひこ『光る風』の言葉〈過去、現在、未来――この言葉はおもしろい/どのように並べかえても/その意味合いは/少しもかわることがないのだ〉を思い出す。
文フリには行けなかったけど、通販で買った文フリの本がかなり揃ったので、これで行ったことにしてしまいたい。
『ZINE FOR GAZA 応答せよ!こちらヒロシマ原爆ドーム前』
『SFG vol.6電脳特集』
『毒についての話』
『クィアフェムによる恋愛ZINE』
『パレスチナのことを話し続けるzine』
『SF作家はこう考える: 創作世界の最前線をたずねて』
『魚は銃をもてない 05』
『小説紊乱』
『ハッピープライドとか言ってられないクィアのためのZINE BELOW』
『クジラ、コオロギ、人間以外』
『花を刺す エレガントエディション』
『夢でしかいけない街』
『名刺をめぐる記憶あるいは空想』
『アジアを読む文芸誌 オフショア』
『庄野潤三「五人の男」オマージュアンソロジー 任意の五』
『野球SF傑作選ベストナイン2024』
『沈んだ名 故郷喪失アンソロジー』
『巣 徳島SFアンソロジー』を読了。
正直もっと何回も読みこまなきゃ完全に消化できないような面白さなんだけど、とりあえず感想を。
前川朋子さんの「新たなる旋回」は、うららかな昼の川辺りに現れた屋台の紅白幕のような、ふんわりとした異界の入り口から徳島の空を仰ぎ見れる、心洗われる写真集。
田丸まひるさんの「まるまる」は、湿った土から掘り返したダンゴムシが丸まった●の中こそが宇宙の本当の〈内側〉であり、外側にいる我々は靄のような存在……と思わせる、不安と温もりを短歌で切り取った作品。ダンゴムシの足が折りたたまって出来た「殺」の字にギュッと閉じ込められた世界への祈り。
小山田浩子さんの「なかみ」は、トコロテンで出来た快速列車に乗ってツルツル滑っていく車窓を眺めてるかのような勢いで物語が進む、話運びの上手さに痺れる凄すぎる作品。小説にこんな力があるなんて。全く理に適ってると認識しながら進む、夢の中のような展開。小山田さんの作品をもっと読まないと。
久保訓子さんの「川面」は、読み進めることで違和感の正体がじわじわと判っていくような、じっとりとしたマジックリアリズム。牛糞の臭いもチューインガムのレモン味もしっかり感じられる、何ひとつズレてない世界が堅牢に築きあげられてるのが物恐ろしさを増強させる。本作が一番好き。
星野之宣『宗像教授世界篇』第17話「燔祭の羊」の一コマより。
こういうことをちゃんとハッキリ言うのが星野之宣先生の信頼できるところ。
(フィクション)
🥇幽玄F
🥈ガーンズバック変換
🥉私は命の縷々々々々々
④京都SFアンソロジー
⑤大阪SFアンソロジー
⑥フィリックスエヴァーアフター
⑦ローラ・ディーンにふりまわされてる
⑧ウは宇宙ヤバイのウ![新版]
⑨百合小説コレクションWiz
⑩零合
⑪わたしたちの怪獣
(ノンフィクション)
🥇2ちゃん化する世界
🥈宗教右派とフェミニズム
🥉現代SF小説ハンドブック
④トランスジェンダー入門
⑤検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?
⑥BL研究者によるジェンダー批評入門
⑦埋没した世界
⑧なぜ学校で性教育ができなくなったのか
⑨ウィッピング・ガール
⑩ACE アセクシュアルから見たセックスと社会のこと
⑪北関東の異界 エスニック国道354号線
久永実木彦さんの『わたしたちの怪獣』を読了
今までの怪獣SFにないベチベチとした世界の手触りと重みを感じさせる、観念の先に僅かに射し込む希望が眩しい表題作を始め、現実のどうしようもないモタモタ感とギリッとクリアなアイデアが同居したSF短編集。節々に配置するリアル感ポイントが心憎くてグエ〜ッ!小林泰三「吸血狩り」のさらに一歩先を大胆に描いた「夜の安らぎ」、どんなZ級映画にも確かな存在意義があると高らかに謳い上げる絶望的状況の中の映画讃歌である「『アタック・オブ・ザ・キラートマト』を観ながら」も最高なのだが、自分的には時間跳躍絶望工場SF「ぴぴぴ・ぴっぴぴ」がひたすら刺さった。本作や小田雅久仁「農場」、岩城裕明「三丁目の地獄工場」を集めて絶望工場SFアンソロジーを組んでほしい。それよりもせっかく『Sci-Fire 2021』を買ったんだから「ガラス人間の恐怖」も読まなきゃだし、あと同人誌の『パトリックのためにも』も欲しい……
真藤順丈『ものがたりの賊』を電子氏で購入したので再読中。
柳広司に奥泉光など夏目漱石のパスティーシュを得意とする作家は多いが、本作はパスティーシュの完成度も凄いが同時に着眼点が凄まじい。
夏目漱石「坊っちゃん」から18年後の1923年9月、40代半ばになった坊っちゃんが関東大震災に直面し、自警団として活動しているうちに朝鮮人虐殺の地獄絵図に巻き込まれるのだ。
「もう止めだ、もう止めだ! 因縁を吹っかけて見境なく捕まえて、黒白(こくびゃく)も決さないうちから縛り上げて市中晒し物にしたあげく、寄って集って痛めつけようなんてそんな無法が通るものか、おれはもう沢山だ、もう止すぞ」
「うろたえるに事欠いて、理非を問わずに制裁に及ぶとは夜郎自大に過ぎる。しばらく付き合ったから解かるが、お前らは集団の威を借りて、憂さを晴らしているだけじゃないか。東京はいつからそんな奸物俗物の屯(たむろ)になりさがったんだ。どいつもこいつも愚にもつかないペテン師の、猫被りの、モモンガーの、わんわん鳴けば犬も同然の奴等だ!」
虐殺と世界に対する文学による抵抗としての啖呵。
ゆるゆると創作中。SF&百合ラブ。元「臓物ちゃん」です。よろしく。