真藤順丈『ものがたりの賊』を電子氏で購入したので再読中。
柳広司に奥泉光など夏目漱石のパスティーシュを得意とする作家は多いが、本作はパスティーシュの完成度も凄いが同時に着眼点が凄まじい。
夏目漱石「坊っちゃん」から18年後の1923年9月、40代半ばになった坊っちゃんが関東大震災に直面し、自警団として活動しているうちに朝鮮人虐殺の地獄絵図に巻き込まれるのだ。
「もう止めだ、もう止めだ! 因縁を吹っかけて見境なく捕まえて、黒白(こくびゃく)も決さないうちから縛り上げて市中晒し物にしたあげく、寄って集って痛めつけようなんてそんな無法が通るものか、おれはもう沢山だ、もう止すぞ」
「うろたえるに事欠いて、理非を問わずに制裁に及ぶとは夜郎自大に過ぎる。しばらく付き合ったから解かるが、お前らは集団の威を借りて、憂さを晴らしているだけじゃないか。東京はいつからそんな奸物俗物の屯(たむろ)になりさがったんだ。どいつもこいつも愚にもつかないペテン師の、猫被りの、モモンガーの、わんわん鳴けば犬も同然の奴等だ!」
虐殺と世界に対する文学による抵抗としての啖呵。