Todd, Emmanuel et al. (2001=2001) 『世界像革命——家族人類学の挑戦』藤原書店

「日本の直系家族の同類は、フランス南部、ドイツ、スウェーデン、スペイン北部、ないしスコットランドに数多く存在する」1頁

「ヨーロッパと日本は、ユーラシア大陸の東西両極端に位置するが故に、この大陸の大部分に広がっていった父系共同体家族への転換を免れたという共通点を持つということなのである。ヨーロッパと日本はこのようにして、世界史の観点からすれば周縁的であるという点で共通している」3頁

石崎晴己「トッド人類学の基礎」15-58頁

「アメリカ型の家族(絶対核家族)も日本型の家族(直系家族)も、伝統的な農民の家族のタイプであって、さしあたり通時的な前後関係はないのである(さしあたり、というのは、最近トッドが始めた、家族制度の変遷の通時的研究では、絶対核家族が最も古い形態であるという、逆説的な結果が出ているらしいからである)。ただ近代性というものは、アングロサクソンによって形成された側面が最も強いため、絶対核家族的な人間関係(個人の独立性、自由主義)が近代的人間関係を代表するように見え、また家族が一つの経営体を構成しなくなった現代の都市型サラリーマン社会では、3世代同居の直系家族型の家族構造よりは、核家族の方が優勢になるという事情もあるため、ここに歴史的進化を見たがる傾向が生じたと考えられよう」17頁

「トッドがその人類学の体系を本格的に世に問うたのは、1983年の『第三惑星』においてである。そこで彼は全世界に存在する8つの家族型を網羅して、その分布図を提示し、家族型とイデオロギーとの密接な関連を主張した。…果してこの著作は、『決定論』との激しい非難にさらされることになる」19頁

「『世界の幼少期』は、世界規模での識字率の歴史と現状を扱っているが、これは発展というものをもっぱら経済的進歩として捉えようとする通常の把握に対して、識字化こそが発展の原動力であるとの主張」20-1頁

「世界の家族形態であるが、『第三惑星』が提示するのは、次の8種類である。
1 外婚制共同体家族
2 内婚制共同体家族
3 非対称共同体家族
4 権威主機的家族(直系家族)
5 平等主義核家族
6 絶対核家族
7 アノミー的家族
8 アフリカ・システム
 『世界の幼少期』では、このうち8が除外されて、7つの型が一覧表を構成している。8が、アフリカという地域名のみによって漠然と定義されたものにすぎないからであろう。どうやらそれは、一夫多妻制のさまざまな型を含む多様な家族制度を包括する、当座の名称と考えられる」21・23頁

「直系家族の地帯であっても、完成された世帯形態である3世代世帯の割合は、3分の1を超えることはないようである」23-4頁

「核家族は、トッドの分類によれば、絶対核家族と平等主義核家族の2種類に分かれるが、この差異は世帯の発展サイクルだけでは判定できず、依存相続規則を援用しなければならない。…この2種類の核家族の区別を確立したのは、トッドの創見であろう」25頁

「トッドによれば、フランス大革命が自由と平等の理念を掲げたのは、それがまさに革命の根拠地たるパリ盆地の農民たちの家族制度[平等主義核家族]に根ざした価値に他ならないからである」28頁

「トッドの人類学の斬新で衝撃的な側面は、家族制度と近現代のイデオロギー現象を結び付けた点であるが、その着想のヒントとなったのは、この外婚制共同体家族と共産主義との地理的分布の共通性であったらしい。かつてイタリアは西ヨーロッパ最強の共産党を擁していたが、その金城湯池がトスカーナであった」30頁

「7、8世紀のイスラムの勃興はまたたく間にペルシャ帝国とビザンツ帝国という強大な帝国を蹴散らして、広大な地域の征服を実現したが、イベリア半島北部の諸王国、アルメニア、エチオピアといった弱小キリスト教国の抵抗を打ち破るには至らなかった。この世界史の奇蹟と不思議の理由は内婚制共同体家族にあったのだと、トッドは説明する。要するにイスラム教は、いとこ婚を許容するその教義によって、内婚制共同体家族地帯に急速に広まり、それとは異なる家族制度の下で生きる人々の抵抗を前にして停止したのである」39頁

「特筆すべきは、直系家族の教育潜在力である。この家族制度は、家の継続性を重視し、子供たちを長く家に留め親の監視・保護下に置こうとするものであるから、当然子供の教育にも熱心である。…家の継続性と親の権威がこれほど濃密ではない核家族では、こうは行かない」42頁

「トッドによるプロテスタント像の転倒…形成期の資本主義の精神を体現するイデオロギーという、ウェーバーが確立したイメージに真っ向から対立して、トッドは、プロテスタンティズムとは何よりも、直系家族地域に群立する小貴族たちのイデオロギーであると言う。その救霊予定説は絶対的な神の意志と霊の救済の不平等を内容とするものであり、権威と不平等の価値観に根ざすものだからである。それゆえこれは直系家族地域に広がったが、自由と平等の価値観に立脚する平等主義核家族地域には頑として受け入れられなかった。当時のカトリック教は、トリエント宗教会議によって、救済の平等と人間の自由意志の観念に基づいて再編成された、自由と平等の価値に立脚するイデオロギーであった」44頁

「彼[トッド]は近代化の主たる要因として、識字化、脱キリスト教化、工業化、そして副次的に受胎調節を挙げる。…
 トッドは受胎調節を、識字化と脱キリスト教化の合成と考える。…ヨーロッパで最初に(と言うことは、世界で最初に)受胎調節が始まった北フランスにおいて、近代イデオロギーも発生するのである。それがフランス大革命に他ならない」45頁

「農地制度について、彼[トッド]はヨーロッパ各地の農地制度が時代を越えて『安定』していることを示した。つまり家族農場(家族規模で農業を営む中農)も大規模経営(農業賃金労働者を雇って広大な農場を経営する大地主)も、その地理的分布は中世以来変わらないのである。…中世カロリング期の大荘園が現代の大規模経営の原型をなすという発見」48頁

「兄弟が平等な家族システム(平等主義核家族と共同体家族)は、人間と諸国民の同等性、普遍的人間の存在という確信を子供たちの無意識に対して植え付け、兄弟が平等ではない家族システム(絶対核家族と直系家族)は、人間と諸国民が相異なるものであり、したがって普遍的人間は存在しないという子供たちの無意識に教え込む。このような無意識の確信をトッドは『先験的な形而上学的確信』と呼ぶ」49頁

「近代性を形成する主力となった核家族、特に絶対核家族は、最も古い、原始的な家族型(父系制の枠内で)であるということにもなるのである。これまで最も近代的とイメージされていた絶対核家族にとって、何とも逆説的なことではないか」57頁

Todd, Emmanuel,「グローバリゼーション下の世界を読み解く」81-95頁

「研究者としての私[トッド]を最も驚かせたのは、日本が非常にヨーロッパに類似しているということでした。ヨーロッパと言っても、ヨーロッパ全般ではなく、ヨーロッパのある特定の地域ということですが、この直系家族はヨーロッパでは非常に頻繁に見られる型で、アジアでは日本と韓国・朝鮮に見られますが、それ以外では全世界で極めて希な型なのです」86頁

「共産主義はこの家族制度[外婚制共同体家族]の上に重なり合ったわけではありません。近代性によってこの家族が解体し始めた時、人々が家族的拘束から解放されて自由になった時、彼らはその自由に耐えられなくなり、同じように個人を統合してくれる構築物を再建しようとしたのです。中央集権的な党、中央集権的な経済、中央集権的な警察をです。つまり共産主義は、この家族の後を引き継いだわけなのです」87頁

サルトル的な自由観に思える

「日本の直系家族とヨーロッパの直系家族の唯一の違いは、日本のそれがいとこ婚を許容している、ないししていた、という点です。ただし日本のいとこ婚の率は最大でも10%を越えることはありませんでしたし、とりわけ戦後になると姿を消しました。ところがアラブ圏ではいとこ婚の率は今日に至るまで同じもの[25〜50%]に留まっています」87頁

フォロー

「伝統的な家族システムは今日ではもはや存在しません。しかし社会の間の違いは依然として残っており、家族システムの組織原理であった価値は存続しており、相変わらず現代社会の構造を作り続けているかのように見えます」87頁

「近代性だとか経済的なものを越えて、諸国民の生活の中には、なにか不合理なものが埋もれて機能している…それが諸国民を互いに区別し、隔てている」93頁

「産業革命が起こったインクランドは核家族地帯で、しかも識字化についてはドイツ、スウェーデンの後塵を拝していました。では何故産業革命があのように急速にイングランドで進展したかというと、一つは絶対核家族は子供の早期の旅立ちという要素をもともと持っていて、可塑性に富んでおり、農民たちを根こそぎにしてしまうという点において非常に有利であった、そういうことがしやすかった、ということがあるように私[トッド]は分析したのです。イングランドで粗暴な資本主義革命が起こったあと、今度は識字化が進んだ国々で産業革命が起こります。これらの教育水準の高い国々における第2次産業革命は、アングロ・サクソン的な絶対自由主義的なものに激しい抵抗を示しました」95頁

Todd, Emmanuel et al.,「科学性と政治性——E. トッド氏を囲んで」111-42頁

「ロシアの人口学的な推移が、識字化されることによって出生率が低下するという西欧人の平均的なパターンを示していたことから、ロシア人たちも普通の人間で、同じように変化していくのだという判断を下すことができたのです」124頁

「直系家族というのは、相続する個人が家族のなかにとどまるとともに、次男以下が排除されることで、社会のなかに移動性を生み出すものだ…ロシアの共同体家族と大きく異なるのが、この個人の移動性なのです」126頁

「私[トッド]のモデルが示そうとしたことは、フランス革命であれ、ロシア革命であれ、イスラムであれ、普遍主義のイデオロギーはみな、実は平等主義的な人類学システムに根差している、つまり一定の領域性を持つ人類学システムと普遍主義的平等主義の信仰のあいだにはごく特殊な決定論的関係がある、したがって普遍主義は普遍ではなく、ごく特殊な現象なのだ、ということです。…
…私のモデルの特徴は、フランスの普遍主義を人類学的特殊性に還元し、差異主義を人類学的普遍性に還元していることです」136頁

ジョシュア・グリーン的だなあ…偏狭な考えの方が人類にとって普遍的であると

「私[トッド]は社会の変化に関しては保守的でして、それぞれの社会には固有の文化があり安定したシステムがあり、社会の変化はわれわれが想像するよりはるかに緩慢であると考える立場です」138頁

Todd, Emmanuel and 速水融「対談 家族構成からみた新しい『日本』像」145-76頁

速水「東北では早く結婚するが、しかし子供の数は少ない。中央部は比較的遅い結婚で、子供の数は多い。それから南西部はやや他と違っていて、遅く結婚するけれども、結婚以外の子供を産むことは平気。だからいわゆる私生児の数が多い。…そのように、それぞれ異なる性質をもった3つのグループが日本にいて…それが明治民法で統一される時に、なぜあまり抵抗なくうまく統一されたのかが、まだ解けない謎です」165頁

速水「中央日本は結婚年齢は遅く、世代間間隔が広いので、ライフ・サイクルの上で核家族型世帯の出現率が最も高くなっています。西南日本も同様ですが、共同家族形態をとる場合が多く、兄弟や傍系の親族が同居している場合が多いのです」166頁

速水「南米などにいっている移民も西南日本からが圧倒的に多い。…末子相続は中央から西南日本。東の端っこは信州諏訪です」168頁

速水「私は、日本自身をもろもろの民族的集団からなる小ヨーロッパと考えています。そのなかでの人口・家族パターンの多様性ということになると、単に一国のなかでのニュアンスの違い以上のものがあるように思うのです。しかし、その多様性を越えて、直系家族が基本型であり、家族サイクルの推移のなかで、核家族や合同家族が地域によっては現れる確率が高い、と捉えています」169頁

速水「[トッドは]かの有名なヘイナルの唱えた『レニングラード—トリエステを結ぶ線以東は共同体家族』という命題に、日本と韓国は直系家族社会であるという修正を加えながらも、ロシア・中国におけるコミュニズムの温床をその他の共同体家族に求めている」175頁

Sagart, Laurent, and Emmanuel Todd.(1992=2001) “Une hypothèse sur l'origine du système familial communautaire,” Diogène, No.160. 石崎晴己・東松秀雄訳「新人類史序説——共同体家族システムの起源」177-209頁

「分布図の中央を占める共同体家族は、周辺地域の家族システムよりも新しいシステムであるという結論が導き出されたのである」178頁

「跡取りでない者は色々な形で排除されるが、正式のものであれ潜在的なものであれ直系家族というものは、地球の至るところで傭兵を産出する傾向があることを改めて指摘することができる」182頁

「<父系共同体家族>の発展サイクルは総数90であり、つまり全体の43%にあたる。<父系核家族>サイクルは総数23、すなわち全体の11%、<核家族サイクル>は総数58、すなわち全体の28%、<直系家族>サイクルは総数31、つまり全体の15%、<母系共同体家族>サイクルは総数5、つまり全体の2%となっている」187頁

「地図の解釈に、周辺地域が保守的であるという[言語学の]原則を適用する。そうすると父系共同体家族である特徴Bは、革新であり、旧世界の主要な地域に広がったが、まだ周辺部に達していない、ということになる。共同体家族ではないA地域すべてが周辺地域であるかあるいは孤立しているという事実は、この命題の確率が極めて高いことを明らかに示している」200頁

「父系の<主要共同体家族サイクル>は、ユーラシア大陸の中心付近のある点に位置する1つあるいは複数の人間集団が<創出>したものと考えられる。この創出は…旧世界の集団の半数を少し下回る(207のうち90)集団に最終的に及んだということになるが、共同体化された住民集団の現実の人口を計算に入れるならば、半分以上の人口に及んだということになる。何しろ中国、北部インドおよびロシアを含むのだから」201頁

新しいものを表示
ログインして会話に参加
Fedibird

様々な目的に使える、日本の汎用マストドンサーバーです。安定した利用環境と、多数の独自機能を提供しています。