「アメリカ型の家族(絶対核家族)も日本型の家族(直系家族)も、伝統的な農民の家族のタイプであって、さしあたり通時的な前後関係はないのである(さしあたり、というのは、最近トッドが始めた、家族制度の変遷の通時的研究では、絶対核家族が最も古い形態であるという、逆説的な結果が出ているらしいからである)。ただ近代性というものは、アングロサクソンによって形成された側面が最も強いため、絶対核家族的な人間関係(個人の独立性、自由主義)が近代的人間関係を代表するように見え、また家族が一つの経営体を構成しなくなった現代の都市型サラリーマン社会では、3世代同居の直系家族型の家族構造よりは、核家族の方が優勢になるという事情もあるため、ここに歴史的進化を見たがる傾向が生じたと考えられよう」17頁
「トッドの人類学の斬新で衝撃的な側面は、家族制度と近現代のイデオロギー現象を結び付けた点であるが、その着想のヒントとなったのは、この外婚制共同体家族と共産主義との地理的分布の共通性であったらしい。かつてイタリアは西ヨーロッパ最強の共産党を擁していたが、その金城湯池がトスカーナであった」30頁
「トッドによるプロテスタント像の転倒…形成期の資本主義の精神を体現するイデオロギーという、ウェーバーが確立したイメージに真っ向から対立して、トッドは、プロテスタンティズムとは何よりも、直系家族地域に群立する小貴族たちのイデオロギーであると言う。その救霊予定説は絶対的な神の意志と霊の救済の不平等を内容とするものであり、権威と不平等の価値観に根ざすものだからである。それゆえこれは直系家族地域に広がったが、自由と平等の価値観に立脚する平等主義核家族地域には頑として受け入れられなかった。当時のカトリック教は、トリエント宗教会議によって、救済の平等と人間の自由意志の観念に基づいて再編成された、自由と平等の価値に立脚するイデオロギーであった」44頁
「産業革命が起こったインクランドは核家族地帯で、しかも識字化についてはドイツ、スウェーデンの後塵を拝していました。では何故産業革命があのように急速にイングランドで進展したかというと、一つは絶対核家族は子供の早期の旅立ちという要素をもともと持っていて、可塑性に富んでおり、農民たちを根こそぎにしてしまうという点において非常に有利であった、そういうことがしやすかった、ということがあるように私[トッド]は分析したのです。イングランドで粗暴な資本主義革命が起こったあと、今度は識字化が進んだ国々で産業革命が起こります。これらの教育水準の高い国々における第2次産業革命は、アングロ・サクソン的な絶対自由主義的なものに激しい抵抗を示しました」95頁
「7、8世紀のイスラムの勃興はまたたく間にペルシャ帝国とビザンツ帝国という強大な帝国を蹴散らして、広大な地域の征服を実現したが、イベリア半島北部の諸王国、アルメニア、エチオピアといった弱小キリスト教国の抵抗を打ち破るには至らなかった。この世界史の奇蹟と不思議の理由は内婚制共同体家族にあったのだと、トッドは説明する。要するにイスラム教は、いとこ婚を許容するその教義によって、内婚制共同体家族地帯に急速に広まり、それとは異なる家族制度の下で生きる人々の抵抗を前にして停止したのである」39頁