【ほぼ百字小説】(5642) 広場の中央に先端が出ていた。この時期になると、まず頭だけ地上に出して様子をうかがい、巨大ツリーとして広場に立ってから、また再び地下に潜るのだ。枝に吊るされているプレゼントは決して受け取らないようにね。
 

【ほぼ百字小説】(5640) 泥から掘り出した部品を洗って乾かして並べていると、いつも怪獣が来て踏み潰したり焼いたりしてしまう。まあ怪獣は怪獣で仕事としてやっているのだろう。向こうから見ればこっちが怪獣みたいなものかもしれないし。
 

【ほぼ百字小説】(5639) あれはやはり舞台だったんだな。そう考えて納得がいった。舞台には客席からは見えない舞台裏が必要で、だから月はいつも、地球に同じ面しか見せなかったのだ。そしてそんな大舞台の幕が、いよいよ開こうとしている。
 

【ほぼ百字小説】(5638) 最初からひとつずつひたすら読んで選んでいくうち、自分が何を書いたのかがようやくわかって、あらかじめ考えていたのとまるで違う並べかたになってしまうのは、今では月の模様がずいぶん違って見えるようなものか。
 

【ほぼ百字小説】(5635) 発掘されたその白くて丸くて固い穴だらけの化石は、月の骨だろうと考えられている。月が死んで残った骨ではなく、月が地球から離れるときに捨てた骨だ。骨からも重力からも自由になって、月はあんなに大きくなった。
 

【ほぼ百字小説】(5634) 月が出てくる百字で一冊作ろうと選んで並べている途中、卵を買ってきて、と妻に頼まれ近所のスーパーへ。いつもの空き地にさしかかると正面に満月。自転車で通りかかった親子が、すっごいまんまるっ、と声をあげる。
 

【ほぼ百字小説】(5633) この時刻に虹が出るはいつもあの位置だから、ここからだと飛行機は虹を潜り抜けていくように見える。それを眺めながらいつも、飛行機からあの虹はどう見えているのだろう、と思う。ここはどう見えているのか、とも。
 

【ほぼ百字小説】(5632) 雨が降ると、すっかり忘れてしまったと思っていた昔の自分を思い出す。そうそうこんな感じ、と重力に抗うことをやめると、身体は形を失って平らになる。ぬかるんだ自分に雨上がりの空が映っている。空色の泥になる。
 

【ほぼ百字小説】(5631) 雨降りなのに月が出ている。見えているということは、空を覆っている雨雲よりも低い位置にあるということだろう。いや、あれは雨雲に投影された映像だ、と言う者もいる。しかし、尻尾が出ているのはどういうわけか。
 

【ほぼ百字小説】(5630) 夕方から雨になって、もうすぐ帰って来るらしい娘に傘を渡してやるためにすこし早めに家を出たのだが、駅までの途中で雨はやんでしまい、改札から出てきた娘に、もうやんでるけどな、と傘を手渡して、電車に乗った。
 

【ほぼ百字小説】(5629) 昔懐かしいネオン街かと思いきや、発光しているのはすべて虫なのだ。様々な色の光を放つ虫たちが、様々な文字や記号を作っている。いいように使われているというわけでもなく、彼らは彼らで甘い汁を吸っているとか。
 

【ほぼ百字小説】(5628) 百字の塊が積み重なって出来た塊で、だからとりとめのない塊に見えても、百字ずつの塊に分けることができる。もともとそうだったのか、こんなことを続けたからそうなったのか。自分の魂を見ながら百字で書いている。
 

【ほぼ百字小説】(5627) 考えたら、こんなふうに百字で書くようになって十年目に入ったんだな。もう十年、とも思うし、まだ十年、とも思う。だいたい何でも、それなりにやれるようになるのに十年くらいかかるから、これから、とも言えるか。
 

【ほぼ百字小説】(5626) 泥人間には二種類ある。人間に作られた泥人間と人間に作られた泥人間に作られた泥人間。まったく見分けはつかないし判定できる検査法もない。それでも、まるで違うのだ、と人間から作られたという泥人間は主張する。
 

【ほぼ百字小説】(5625) どろにんげんを作った。次の日、どろにんげんはふたりになっていた。どろにんげんがどろにんげんを作ったんだ。どろにんげんが作ったどろにんげんも、どろにんげんを作っている。そうか、もうぼくはいらないんだな。
 

【ほぼ百字小説】(5624) 最後の日に、花束ではなく鍵束を渡された。じゃらんと重いそれは、どれも見覚えのあるいつか失くした鍵たち。ひとりになって、自分では直接見ることができない鍵穴を見る。鏡の中の自分の額に並ぶ暗い穴を覗き込む。
 

【ほぼ百字小説】(5623) もちろん脳も改造するから、記憶がだいぶ消えるのも仕方がない、というか、それが目的で改造を志願する者もけっこういて、でもどの記憶が消えるのかはわからない。まあ消したい記憶しか持ってないのなら問題ないが。
 

【ほぼ百字小説】(5620) 生き残った者たちが集まり合体して巨大化する。そこまではよかったが、巨大になったところで強くなるわけでもなく、むしろ標的として大きくなっただけ。それでも苦しむ様をこれまで以上に見せつけることはできるか。
 

【ほぼ百字小説】(5619) 戦争のメタファーであったり、公害のメタファーであったり、潜在意識のメタファーであったり、とにかくいろんなもののメタファーを務めてきて、もう何かのメタファーであることにうんざりしている怪獣のメタファー。
 

【ほぼ百字小説】(5618) あいつの声だ。夜の空気を震わせて響き渡るそれを聞いて確信し、居ても立ってもいられなくなって、こうして車を走らせている。子供の頃からずっと待ち続けた日が、ついに来たのだ。この峠を越えたら見えてくるはず。
 

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