【ほぼ百字小説】(5180) 甲羅の中で暮らしている。膝を抱えて丸くなればぴったりの広さ。いつも夢と現のあいだでうとうとしている。何の甲羅だろう。亀なのか、蟹なのか、どちらでもない何かか。というか、いつ甲羅の中だと知ったんだっけ。
 

【ほぼ百字小説】(5179) 路地の中から見える隣町の高いビル、こんな雨の日は上半分が雲に隠れて見えなくなる。見えないのではなく、存在してないのかも。そんなことを思うが、向こうから見てもそんな感じか。いや、晴れてても見えないかな。
 

【ほぼ百字小説】(5178) かつては畏れられた大怪獣だが、お座敷がかかると尻尾を振ってすり寄っていく。自分より強い者を本能的に見分けるのだろう。今は老人になったかつての子供たちにそんな自分の姿を見せるのも役目、などとしたり顔で。
 

【ほぼ百字小説】(5176) 耐用期間を過ぎた部分を切除することで全体としての延命が可能。まして、もう死んでいるのだから寿命に限りはない。適切に処理すれば少し小さくなるだけで以前と同様に動く。最近、小さいゾンビをよく見かける理由。
 

【ほぼ百字小説】(5175) ここに住むようになってからずっとその空間を占めていたあの冷蔵庫を同じ大きさの冷蔵庫と入れ替えるほんの数分間だけ、この景色が見える。次に見るのは何年後になるのだろう。というか、見ることはあるのだろうか。
 

【ほぼ百字小説】(5174) 軟弱地盤だから重ければ重いほど沈んでいく。石を抱かせるだけで沈めてしまえる。そんな利用法が見つかってから、あそこは墓地として有効利用できるようになった。いちばん底には使いものにならない基地があるとか。
 

【ほぼ百字小説】(5173) 妻と娘から、太った柴犬の話を聞いた。太った柴犬、というのがどうもイメージできなくて、しかもその太り具合がすごくいい、というからさらにわからない。人面犬とかのほうがまだわかる。太った人面犬ならなおさら。
 

【ほぼ百字小説】(5172) 今日も有翼の何かが飛行している。有翼ではあるが、飛行にあの翼が使われていないのはわかっていて、だが飛行と翼とは無関係、とも言えないのは、いかにも飛びそうなその姿で世界を騙している、とも考えられるから。
 

【ほぼ百字小説】(5171) 鼠がいなくなってひと安心していたが、もしかしたら鼠とその痕跡を見ないようにしているだけかも。我々にはそんな機能もあると聞いたことがある。コードを齧ってそんな調整を行うことのできる鼠がいる、というのも。
 

【ほぼ百字小説】(5170) ずぶずぶ沈んでいく。どこにも平らなところはない。どこにも真っ直ぐなところはない。それでも、沈んでない、と主張する。周りといっしょに沈んでいるからなのか。ここへ来れば、沈んでないのがわかる、と主張する。
 

【ほぼ百字小説】(5169) 菜種梅雨なのか筍梅雨なのか、とにかく雨が続いてからのひさしぶりの日差しで、待ってましたと洗濯物を抱えて物干しに出ると引き戸の前で亀も文字通り首を長くして待っていたらしく、私は洗濯物干し、亀には煮干し。
 

【ほぼ百字小説】(5167) 散華したのに帰って来る。帰って来てしまう。ここに入れてくれる約束だから、と行列を作っている。それはそうかもしれないが、ぐちゃぐちゃで帰って来られても困る。そう説得しようにも、ほとんどの死人に耳はない。
 

【ほぼ百字小説】(5166) 最近、徘徊する死者を町中でやたらと見かけるようになったのは、戦死者が歩いて帰って来てしまうからだとか。政府は、戦死者が勝手に帰って来ないようにするためあらゆる手段を排除せず躊躇なく講じる、としている。
 

【ほぼ百字小説】(5165) もし負けたらお前が払う。そのかわり勝ったら儲けは全部おれたちのもの。かなり負けがこんでいる奴にそんなことを提案されて喜んで金を出すカモがいるからギャンブルはやめられない。これはギャンブルですらないし。
 

【ほぼ百字小説】(5164) 近頃、物忘れがひどいと思ったら、こんなふうに記憶が飛んでいたのか。タンポポの綿毛のように頭から離れていく。消えるのではなく、遠くへ行くのか。風の強い日にこんな崖の上に来たくなるのも、そういうことだな。
 

【ほぼ百字小説】(5163) 自転車の前カゴに入れた生き物が進むべき道を示してくれる。子供用の座席をハンドルに付けていた頃を思い出す。あの頃の娘は、この生き物より小さかったっけ。そうだったそうだった、こんなふうに空も飛べていたな。
 

【ほぼ百字小説】(5162) 桜吹雪のように見えたが蝶の群れで、あたりはたちまち真っ白に。見上げる空には雪雲のような黒い塊があるが、あれも雲ではなくて蝶なのだろう。では、あの中に見える稲光のような紫色の輝きもやっぱりそうなのかな。
 

【ほぼ百字小説】(5161) 第一幕の冒頭のシーンに登場してすぐに退場するのは、第二幕の終盤での再登場までの間に成長しておく必要があるから。まあそういう役なのだから仕方がない。そんなわけで今、楽屋でもりもり大量に食っているところ。
 

【ほぼ百字小説】(5160) 何かひとつずれたり外れたりしただけで無理になってしまうのは現実も虚構も同じで、ずれたり外れたりする何かが現実の出来事でも虚構の出来事でも同じだから、現実と虚構は対立概念ではないな、と虚構の中で気づく。
 

【ほぼ百字小説】(5159) 人がいなくなったあと、犬たちは味のしなくなった骨を使って人のようなものを作ってみた。そんな人のようなものたちが犬たちと仲良く幸せに暮らせたのは、人でなく人のようなものだったからだろう、と言われている。
 

古いものを表示
Fedibird

様々な目的に使える、日本の汎用マストドンサーバーです。安定した利用環境と、多数の独自機能を提供しています。