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【ほぼ百字小説】(5617) ぽろぽろと歯が抜けるように欠落していくあれこれを拾い集めてまた取り付け騙し騙し使っているが、いったい何をどう騙しているのやら。まあいちばん騙しているのは自分自身だろうが、それだけはだいぶうまくなった。
 

【ほぼ百字小説】(5616) 百字小説の書きかた、みたいな教室を十人ほどを相手にやっている。来期も続けることになった。少しずつでもそんなことを楽しむ人が増えたらいい、などと思っているこの自分もまた、百字小説として作られたものかも。
 

【ほぼ百字小説】(5615) 本物よりも模型飛行機のほうが難しいんだ。人間の操縦無しで飛ばないといけないんだからな。映画の中に出てきたそんな台詞を思い出している。そんな映画を作った人間もいなくなってしまった世界で、思い出している。
 

【ほぼ百字小説】(5614) ぺこぺこに凹んだ空き缶のような頭から何かを出そうとしているが、ろくなものが出てきそうにない、というか、空き缶だからな。ぺこぺこと間の抜けた音が出るだけ。空き缶だから。とりあえずぺこぺこ鳴らしてみるか。
 

【ほぼ百字小説】(5613) 昔は生きている海だったはずだが、今ではどう見ても泥。泥色の海というより、泥そのもの。当初は死んでしまったからだと思われていたが、今も泥として生きていることがわかった。むしろ海だった頃より元気に見える。
 

【ほぼ百字小説】(5612) ついつい後回しにしてしまっていたが、そろそろ引き取りにいかなければ処分されてしまうらしい。もはやなんの未練のない過去のものだとは言え、さすがにあまり気分のいいものではない。やっぱり自分自身だからなあ。
 

【ほぼ百字小説】(5611) 急速に潮が引いていく。引いたことで初めて、ここを満たしていたものが潮だったとわかる。これまではあるのが当たり前だったものが、巻き戻されるように遠ざかっていく。代わって、今まで見えなかった泥が顔を出す。
 

【ほぼ百字小説】(5610) 早足で歩いても歩いてもやっぱり月がついてくる。家までついてくるかも。それはなんだか怖いから、でたらめに角を曲がって曲がってしているうち道に迷ってしまい、でも月のあとをついていって無事に帰宅できた記憶。
 

【ほぼ百字小説】(5609) 月が出ている。地上を覆う泥を照らしている。どこまでも続いているかのような泥色の平面に二本足の何かが立っている。ぎざぎざの背鰭と長い尾のある影が、泥の上にくっきりと影を落としている。まだ作りかけらしい。
 

【ほぼ百字小説】(5608) 棄てても棄てても帰ってくる。ちゃんと正規の手続きを踏んで回収に出したのに、何日かすると帰ってくる。その過程で様々な苦難があったのだろう、今では原型をとどめないほどに壊れている。なのに、また帰ってきた。
 

【ほぼ百字小説】(5607) 空気が人間と同じ密度になり、同じ体積の人間と空気との重さは同じで、浮力によって人間は空気中を泳ぐことができるようになった。人間だけがそうだから、空気が重くなったのではなく、人間がすかすかになったのか。
 

【ほぼ百字小説】(5606) 泥の柱と塩の柱がいくつも並んでいる。黒い柱と白い柱。胡椒の瓶と塩の瓶のように、と一瞬は思ったが、塩のほうは喩えではなくそのものだから、塩の瓶ではない別の白い何かに喩えないと、とチェス盤のような場所で。
 

【ほぼ百字小説】(5605) 自転車が行方不明。探さないでください、と置手紙があるが、自転車の筆跡なのかどうかわからない。最近、新しい道路ができてからすっかり交通量が減った国道を集団で疾走する自転車が、頻繁に目撃されているという。
 

【ほぼ百字小説】(5604) あの星の爆発で放射された様々なものによって地球上の生命は滅んでしまったが、それによってその生の瞬間が記録されることになった、とも言えるか。それをストロボ光と写真に喩えるものは、もう存在してはいないが。
 

【ほぼ百字小説】(5603) ニセモノのほうがまだ使い道があるらしいから、もうニセモノになることにしたが、待てよ、そもそも何かのホンモノだったことなんかあったっけ。まあ使い道も価値もないホンモノだから、どうでもいいことではあるが。 
 

【ほぼ百字小説】(5602) 夜中、物干しが明るいのでガラス戸を開けてみると、月が出ていた。満月。それはピンポン玉ほどの大きさで、水を張った盥の真上に浮かんでいる。水の底では、亀が石のように冬眠している。月の夢を見ているのだろう。
 

【ほぼ百字小説】(5601) 月を動かす方法を教わった。さっそくやってみると、なるほどおもしろいように月の位置が変わる。なあんだ、こんなに簡単なのか、と拍子抜けして、こうなると、ずっと動かないものだと思っていたことのほうが不思議。
 

【ほぼ百字小説】(5600) 終わりは見えないが、ある点までには確実に終わっている、という当たり前のことが、この年齢になってようやくイメージできるようになった。近未来のその中に自分は存在しない、という明確なイメージ。そういうSF。
 

【ほぼ百字小説】(5599) 昔よく遊んでいた空き地は今も空き地のままで、その隅には、あの頃と同じように月着陸船がある。アポロのそれとそっくりだから、そうだろうと思っていた。着陸脚は草に埋もれて見えないが、今もしっかり立っている。
 

【ほぼ百字小説】(5598) いつものことだが泥を捏ねていると指と泥との境目が曖昧になる。さらに捏ね続けて泥と自分との境目がわからなくなる寸前で引き返すのもいつものことだが、今日は引き返さなくてもいいかなと思っている。自分か泥が。
 

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