Schrödinger, Erwin. (1944) What Is Life?: The Physical Aspect of the Living Cell, Cambridge University Press.
=1951→2008 岡小天・鎮目恭夫訳『生命とは何か——物理的にみた生細胞』岩波文庫

「生きている細胞の最も本質的な部分——染色体繊維——は『非周期性結晶』と呼ぶにふさわしいものだ…
…有機化学は、ますます複雑な分子を研究することにより、かの『非周期的結晶』のごく近くにまで到達しました。私の考えでは、非周期性結晶こそ、生命をになっている物質なのです」14-5頁

「われわれの身体は原子にくらべて、なぜ、そんなに大きくなければならないのでしょうか?」21頁

「莫大な数の原子が互いに一緒になって行動する場合にはじめて、統計的な法則が生まれて、これらの原子『集団』の行動を支配するようになり、その法則の精度は関係する原子の数が増せば増すほど増大します。事象が真に秩序正しい姿を示すようになるのは、実はこんなふうにして起こるのです。生物の生活において重要な役割を演ずることの知られている物理的・化学的法則は、すべてこのような統計的な性質のものなのです。そうでないようなどんな法則性や秩序性を考えても、それらはすべて原子の絶えまない熱運動によってかき乱されて無効になってしまうのです」25頁

「物理学および化学の法則のうち、生物体の内部で、あるいは生物体とその周囲の環境との相互作用において関与する法則ならば、どんなものでも例として選ぶことができるのです」36頁

「右のこと[平方根の法則]から再び、生物体は比較的粗大な構造をもっていなければ、内的な生活と外界との交渉との双方において、かなり判然とした法則の恩恵を蒙ることができないことがわかるでしょう。なぜなら、もしそうでなくて、参与する粒子の数が少なすぎたなら、『法則』は不精密になりすぎてしまいます。この平方根ということが特に必要な大切なことです」37頁

「生物、および生物が営む生物学的な意味合いをもつあらゆる過程はきわめて『多くの原子から成る』構造をもっていなければならない。そして、偶然的な『一原子による』出来事が過大な役割を演じないように保障されていなくてはならない、と。このことは本質的なことで、その故にこそ、生物体は、そのすばらしく規則的な秩序整然とした働きを営むに必要な十分に厳密な物理法則を維持することができるのだと『きまじめな物理学者』は申します」39-40頁

「ちょっと信じられないほどの少数個の原子から成る集団、あまり少数なので、厳密な統計的法則などはとても示しそうにない原子団が、生きている生物体の中で、きわめて秩序のある規則正しい現象を支配するような役割を、確かに演じているのです。これらの原子団が、生物が生長の過程の中で獲得する直接目でみえるような特徴を支配しており、生物体の働きの重要な特性を決定しているのです。そしてこれらのことすべてにわたって、きわめて鋭い非常に厳密な生物学的法則が行われるのです」41頁

「染色体の構造は、それがあらかじめ定めている生長発育を実際に起こす道具の役割をも果します。それらは法典と裁判官とを——あるいはもう一つ別なたとえを使うなら、建築設計図と大工の腕とを——一緒にしたものです」44頁

「1つの遺伝子が原子をおよそ100万ないし数百万個以上は含まないことは確かです。この程度の数では、統計物理学により秩序正しい規則的な行動が必然的にでてくるにはあまりに少なすぎます(√n法則から考えてみて)。これはまた、物理学による規則正しい現象が現われないということを意味します。…遺伝子はおそらく1個の大きなタンパク分子」66頁

「ダーウィンは、最も均質な集団の中にさえも必ず現われる小さな連続的な偶然変異がもとになって自然淘汰が行なわれると考えましたが、今日ではこの点に関してはダーウィンの誤っていたことがはっきりわかっています。なぜなら、そのような偶然変異は遺伝しないことが証明されているからです。…選択(淘汰)によっては何らの影響も現われません——小さい連続的な変異は遺伝子しないからです。明らかにそのような変異は遺伝物質の構造に基づいて起こるものではありません。偶然的なものです」😅 70-1頁

「ド・フリースは…突然変異と名づけました。不連続性ということが重要なことなのです。これは、物理学者に量子力学——隣り合った2つのエネルギー準位の中間のエネルギーは現われないこと——を連想させます。物理学者は、ド・フリースの突然変異の説を、比喩的に生物学の量子論と呼びたいような気がするかもしれません。後の説明で、これは単なる喩え以上に深い意味のあることがわかるはずです。実際、突然変異は、遺伝子という分子の中で起こる量子跳躍によるのです」72頁

「ダーウィンの進化論の中で、彼のいう『ごくわずかな偶然的な変異』という言葉を、『突然変異』で置き換えさえすればよいのです」73頁

「突然変異が、或る一つの有用なまたは好都合な方向に特に起こりやすいということが、はたして自然淘汰を助けているかどうか(自然淘汰の代りをするのではないにしても)…或る『方向づけられた突然変異』があるいは起こるかもしれない」74頁

「人間では、最適者を選びだす自然淘汰がひどく削減され、むしろ、逆方向に転化されている…近代戦によるすべての国の健康な青年の大量虐殺というものの非選択的な効果は、もっと原始的な条件の下では戦争は最適の種族を選択的に生き残らせるという点で積極的な価値をもっていたかもしれないという考え方によって、おしかくせるものではないでしょう」82頁

「突然変異が、自然淘汰を営む要素として適切なものであるためには、それは稀にしか起こらない出来事でなければなりません。…遺伝子が高度の永続性をもつことの結果として、比較的に保守的であることが本質的に大切なのです」85頁

「突然変異をひき起こす単一事象が生殖細胞の或る特殊な微小容積の中に起こるイオン化(あるいはそれと類似の過程)に他ならないということはかなり明らかであり、さらにもっと立ち入った研究により確かめられています」90頁

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「今日の知識に照らしてみれば、遺伝の仕掛けは、量子論の基礎そのものと密接に結びついている、というよりはむしろ、その上に打ち立てられているといえます。…2つの偉大な理論[量子論と突然変異説]の誕生はほとんど時を一つにしており…」96頁

「<非周期性の固体>
…退屈な繰り返しをしないでだんだん大きく拡がった凝集体をつくり上げてゆくやり方です。これはいよいよもって複雑な有機化合物の分子の場合であり、そのような分子においては、あらゆる原子およびあらゆる原子団がそれぞれ個性のある役割を演じ、(周期性をもつ構造の場合とは異なって)たくさんの他の同種のものとまったく同等の働きをするということはありません。このようなものを非周期性の結晶または固体と名づけ…1つの遺伝子——あるいはおそらく1つの染色体繊維全体——は1個の非周期性固体であると考えられる」119-20頁

「われわれが考えている分子の或る部分にたまたま振動エネルギーの偶然な揺らぎによって配列状態の異性体的変化が起こることは十分稀な出来事であって、これが自発的に起こる突然変異であるとの解釈が成り立つように思われます。このようにして量子力学の原理そのものによって、突然変異に関する最も驚くべき事実、すなわち突然変異は『飛躍的』な変異であって、中間形が生ずることはないということが説明されているのです。突然変異がはじめてド・フリースにより注目されたのはこの特性のためでありました」124頁

「遺伝物質に関するデルブリュックの一般的な描像から出てくる事柄とは、生きているものは、今日までに確立された『物理学の諸法則』を免れることはできないが、いままでに知られていない『物理学の別の法則』を含んでいるらしい、ということです」134頁

「遺伝物質が高度の持久性をもっていることと、その大きさがはなはだ小さいこととを調和させるために、事実上『分子を発明する』ことによって、無秩序へ向かう傾向を避けなければなりませんでした。その分子は異常に大きな分子で、高度に分化した秩序をもち、量子論の魔法の杖によりしっかりと護られている一つの芸術作品ともいうべきものでなければなりません。…古典的な物理学の諸法則が量子論により修正され、ことに温度の低いところで著しく修正を要することは、物理学者にはよく知られていることです。このような例はたくさんあります。生命はその一例で、特にきわだったものと思われます。生命は秩序のある規則正しい物質の行動であって、それは秩序から無秩序へと移り変わってゆく傾向だけを基としているものでなく、現存する秩序が保持されていることにも一役買っていると考えられます。
…生きている生物体は一つの巨視的な体系であって、その系の行動の一部に関しては、ほぼ純機械的な行動(熱力学的行動に対照した意味での)をする体系のように考えられます。ただし、どんな系でも温度が絶対零度に接近し分子的な無秩序がなくなるにつれて純機械的行動に近づいてゆくものです」135-6頁

「<生命をもっているものは崩壊して平衡状態になることを免れている>」137頁

「<生物体は『負エントロピー』を食べて生きている>
 生物体というものがはなはだ不思議にみえるのは、急速に崩壊してもはや自分の力では動けない『平衡』の状態になることを免れているからです。これははなはだ不思議な謎なので、人間がものを考えるようになったばかりの遠い昔から、或る特殊な非物理的な力——というよりむしろ超自然的な力(たとえば生命力、エンテレキー)が生物体の中で働いていると主張されてきましたし、或る一派の人々の間ではいまだにそれが主張されています」139頁

「生きている生物体は絶えずそのエントロピーを増大しています。——あるいは正の量のエントロピーをつくり出しているともいえます——そしてそのようにして、死の状態を意味するエントロピー最大という危険な状態に近づいてゆく傾向があります。生物がそのような状態にならないようにする、すなわち生きているための唯一の方法は、周囲の環境から負エントロピーを絶えずとり入れることです。…生物体が生きるために食べるのは負エントロピーなのです。このことをもう少し逆説らしくなくいうならば、物質代謝の本質は、生物体が生きているときにはどうしてもつくり出さざるをえないエントロピーを全部うまい具合に外へ棄てるということにあります」141頁

「エントロピー=k logD
この式でkはいわゆるボルツマン定数(=3.2983×10^-24 cal/℃)であり、Dは問題にしている物体の原子的な無秩序さの程度を示す目安となる量です。このDという量を簡単に専門的な術語を使わずに説明することはほとんど不可能です。このDの示す無秩序は、一部分は熱運動の無秩序であり、一部分は、異なる種類の原子または分子がきちんと別々に分離していないで…混ぜ合わされていることに由来する無秩序です。…
…エントロピー増大という物理学の基礎的法則は、ものごとは、人がそれを防がない限り自然に混乱状態へと近づいてゆく傾向をもっていることに他ならない」143-5頁

「<生物体は環境から『秩序』をひき出すことにより維持されている>
…『生物体は負エントロピーを食べて生きている』、すなわち、いわば負エントロピーの流れを吸い込んで、自分の身体が生きていることによってつくり出すエントロピーの増加を相殺し、生物体自身を定常的なかなり低いエントロピーの水準に保っている…
 Dが無秩序の目安となる量だとすれば、その逆数1/Dは秩序の大小を直接表わす量だと考えられます。…
−(エントロピー)=k log(1/D)
…『エントロピーは負の符号をつければ、それ自身秩序の大小の目安となる』…生物が自分の身体を常に一定のかなり高い水準の秩序状態(かなり低いエントロピーの水準)に維持している仕掛けの本質は、実はその環境から秩序というものを絶えず吸い取ることにあります。…植物は『負エントロピー』を与える最大の供給源を太陽の光に求めます」145-6頁

「温血動物の体温が割合に高いことは、エントロピーを割合に速く棄て去ることができるという利点をもっていて、そのため温血動物は比較的活発な生命の営みをすることができる」148頁

「生きているものは物理学の普通の法則に帰着させることのできない或るやり方で働きを営んでいる…しかもそれは生きている生物体内の一つ一つの原子の行動を指図する何か『新しい力』とか、あるいは力以外の何ものかが存在するということを根拠としているのではなく、生きているものの構造が、物理の実験室でいままで研究されてきたどんなものとも異なっているという理由に基づきます」151頁

「それ[生物体]を操るものはきわめて高度の秩序を具えた一団の原子であり、しかもその原子団はどの細胞の中でもその細胞全体の中でのごく小部分を占めているにすぎないものだということがわかります。そればかりでなく、突然変異のしくみについて考えてきたところから、生殖細胞の『支配的原子団』の中でほんの少数の原子が位置を転ずるだけでも、生物体の目で見える程度の遺伝的特徴にはっきりとした変化を起こさせるに十分である…
…生物体が『秩序の流れ』を自分自身に集中させることによって、崩壊して原子的な混沌状態になってゆくのを免れるという生物体に具わった驚くべき天賦の能力、すなわち適当な環境の中から『秩序を吸い込む』という天分は、『非周期性固体』と呼ぶべき染色体の存在と切り離せない結びつきがあるように思われます」152-3頁

「<秩序性を生み出す2つの道>
…そもそも秩序正しい事象を生み出すことのできる『仕掛け』には、2通りの異なるものがあるように思われます。すなわちその一つは『統計的な仕掛け』であって、これは『無秩序から秩序』を生み出すものです。もう一つの新しいものは『秩序から秩序』を生み出すものです。…生きているものの最も著しい特徴は明らかにかなりの程度まで『秩序から秩序へ』の原理に基づいている…
…一口にいえば、純粋に機械的な現象はすべてはっきりとしかも直接に『秩序から秩序へ』の原理に従っているように見えます。そしてこの場合、『機械的』という言葉は広い意味にとらなければなりません。…
…生命を理解するには、生命は一つの純粋な機械的仕掛けすなわちプランクの論文で用いられている意味での『時計仕掛け』に基づいているということが手掛かりとなる」159・161-2頁

「[ワルター]エルンストの発見[熱力学の第3法則]は、室温でさえも多くの化学反応においてエントロピーの演ずる役割は驚くほどわずかであるという事実から導き出されたものです」167頁

「物理学者に対して強調したいのですが、私の見解では、或る一定の人々の懐いている意見とは反対に、これらの[生物体の中で行われる]現象の中では量子論的な不確定性は生物学的にみて重要な役割は何も演じておりません。ただし例外として、減数分裂や自然発生的およびX線により誘起される突然変異などのような現象においては、おそらくその純粋に偶然的な特性を強化することにより生物学的に重要な役割を果しております」171-2頁

訳者新書版あとがき(1975)「本書におけるシュレーディンガーの立場に最大の科学的論拠を与えた実験物理学者デルブリュック…は、1940年代初期から微生物学者ルリアと共同して細菌やウイルスの遺伝的変異の研究に取り組み、1950年代になってレプリカ法という巧妙な実験方法を案出して、細菌集団に生ずるいかにも獲得形質の遺伝のように見える環境適応現象が正統派の唱えたとおりの仕方でおこることを決定的に実証しました」189-90頁

訳者文庫版あとがき(2008)「『負エントロピー』という言葉は、その直後の原註にもかかわらず、やっぱり誤解を招きやすい言葉だ。なぜなら、今日の物理的科学には熱力学のエントロピーと通信工学に由来する情報理論のエントロピーという2種類のエントロピーがあって、この両者が分子生物学の大学教授などによっても、しばしば混同され過誤や混乱を助長しているからだ。私はたまたま最近(2007年)出版された通俗科学書のベストセラーものの一つに、この混同と過誤の誠に見事な標本を見つけたので、ここに引用する」214頁
…として、福岡本(『生物と無生物のあいだ』)がシバかれています🤣🤣🤣

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