「ちょっと信じられないほどの少数個の原子から成る集団、あまり少数なので、厳密な統計的法則などはとても示しそうにない原子団が、生きている生物体の中で、きわめて秩序のある規則正しい現象を支配するような役割を、確かに演じているのです。これらの原子団が、生物が生長の過程の中で獲得する直接目でみえるような特徴を支配しており、生物体の働きの重要な特性を決定しているのです。そしてこれらのことすべてにわたって、きわめて鋭い非常に厳密な生物学的法則が行われるのです」41頁
「遺伝物質が高度の持久性をもっていることと、その大きさがはなはだ小さいこととを調和させるために、事実上『分子を発明する』ことによって、無秩序へ向かう傾向を避けなければなりませんでした。その分子は異常に大きな分子で、高度に分化した秩序をもち、量子論の魔法の杖によりしっかりと護られている一つの芸術作品ともいうべきものでなければなりません。…古典的な物理学の諸法則が量子論により修正され、ことに温度の低いところで著しく修正を要することは、物理学者にはよく知られていることです。このような例はたくさんあります。生命はその一例で、特にきわだったものと思われます。生命は秩序のある規則正しい物質の行動であって、それは秩序から無秩序へと移り変わってゆく傾向だけを基としているものでなく、現存する秩序が保持されていることにも一役買っていると考えられます。
…生きている生物体は一つの巨視的な体系であって、その系の行動の一部に関しては、ほぼ純機械的な行動(熱力学的行動に対照した意味での)をする体系のように考えられます。ただし、どんな系でも温度が絶対零度に接近し分子的な無秩序がなくなるにつれて純機械的行動に近づいてゆくものです」135-6頁
「生きている生物体は絶えずそのエントロピーを増大しています。——あるいは正の量のエントロピーをつくり出しているともいえます——そしてそのようにして、死の状態を意味するエントロピー最大という危険な状態に近づいてゆく傾向があります。生物がそのような状態にならないようにする、すなわち生きているための唯一の方法は、周囲の環境から負エントロピーを絶えずとり入れることです。…生物体が生きるために食べるのは負エントロピーなのです。このことをもう少し逆説らしくなくいうならば、物質代謝の本質は、生物体が生きているときにはどうしてもつくり出さざるをえないエントロピーを全部うまい具合に外へ棄てるということにあります」141頁
「<生物体は環境から『秩序』をひき出すことにより維持されている>
…『生物体は負エントロピーを食べて生きている』、すなわち、いわば負エントロピーの流れを吸い込んで、自分の身体が生きていることによってつくり出すエントロピーの増加を相殺し、生物体自身を定常的なかなり低いエントロピーの水準に保っている…
Dが無秩序の目安となる量だとすれば、その逆数1/Dは秩序の大小を直接表わす量だと考えられます。…
−(エントロピー)=k log(1/D)
…『エントロピーは負の符号をつければ、それ自身秩序の大小の目安となる』…生物が自分の身体を常に一定のかなり高い水準の秩序状態(かなり低いエントロピーの水準)に維持している仕掛けの本質は、実はその環境から秩序というものを絶えず吸い取ることにあります。…植物は『負エントロピー』を与える最大の供給源を太陽の光に求めます」145-6頁
「染色体の構造は、それがあらかじめ定めている生長発育を実際に起こす道具の役割をも果します。それらは法典と裁判官とを——あるいはもう一つ別なたとえを使うなら、建築設計図と大工の腕とを——一緒にしたものです」44頁