「<生命をもっているものは崩壊して平衡状態になることを免れている>」137頁
「生きている生物体は絶えずそのエントロピーを増大しています。——あるいは正の量のエントロピーをつくり出しているともいえます——そしてそのようにして、死の状態を意味するエントロピー最大という危険な状態に近づいてゆく傾向があります。生物がそのような状態にならないようにする、すなわち生きているための唯一の方法は、周囲の環境から負エントロピーを絶えずとり入れることです。…生物体が生きるために食べるのは負エントロピーなのです。このことをもう少し逆説らしくなくいうならば、物質代謝の本質は、生物体が生きているときにはどうしてもつくり出さざるをえないエントロピーを全部うまい具合に外へ棄てるということにあります」141頁
「<生物体は環境から『秩序』をひき出すことにより維持されている>
…『生物体は負エントロピーを食べて生きている』、すなわち、いわば負エントロピーの流れを吸い込んで、自分の身体が生きていることによってつくり出すエントロピーの増加を相殺し、生物体自身を定常的なかなり低いエントロピーの水準に保っている…
Dが無秩序の目安となる量だとすれば、その逆数1/Dは秩序の大小を直接表わす量だと考えられます。…
−(エントロピー)=k log(1/D)
…『エントロピーは負の符号をつければ、それ自身秩序の大小の目安となる』…生物が自分の身体を常に一定のかなり高い水準の秩序状態(かなり低いエントロピーの水準)に維持している仕掛けの本質は、実はその環境から秩序というものを絶えず吸い取ることにあります。…植物は『負エントロピー』を与える最大の供給源を太陽の光に求めます」145-6頁
「それ[生物体]を操るものはきわめて高度の秩序を具えた一団の原子であり、しかもその原子団はどの細胞の中でもその細胞全体の中でのごく小部分を占めているにすぎないものだということがわかります。そればかりでなく、突然変異のしくみについて考えてきたところから、生殖細胞の『支配的原子団』の中でほんの少数の原子が位置を転ずるだけでも、生物体の目で見える程度の遺伝的特徴にはっきりとした変化を起こさせるに十分である…
…生物体が『秩序の流れ』を自分自身に集中させることによって、崩壊して原子的な混沌状態になってゆくのを免れるという生物体に具わった驚くべき天賦の能力、すなわち適当な環境の中から『秩序を吸い込む』という天分は、『非周期性固体』と呼ぶべき染色体の存在と切り離せない結びつきがあるように思われます」152-3頁
「<秩序性を生み出す2つの道>
…そもそも秩序正しい事象を生み出すことのできる『仕掛け』には、2通りの異なるものがあるように思われます。すなわちその一つは『統計的な仕掛け』であって、これは『無秩序から秩序』を生み出すものです。もう一つの新しいものは『秩序から秩序』を生み出すものです。…生きているものの最も著しい特徴は明らかにかなりの程度まで『秩序から秩序へ』の原理に基づいている…
…一口にいえば、純粋に機械的な現象はすべてはっきりとしかも直接に『秩序から秩序へ』の原理に従っているように見えます。そしてこの場合、『機械的』という言葉は広い意味にとらなければなりません。…
…生命を理解するには、生命は一つの純粋な機械的仕掛けすなわちプランクの論文で用いられている意味での『時計仕掛け』に基づいているということが手掛かりとなる」159・161-2頁
「<生物体は『負エントロピー』を食べて生きている>
生物体というものがはなはだ不思議にみえるのは、急速に崩壊してもはや自分の力では動けない『平衡』の状態になることを免れているからです。これははなはだ不思議な謎なので、人間がものを考えるようになったばかりの遠い昔から、或る特殊な非物理的な力——というよりむしろ超自然的な力(たとえば生命力、エンテレキー)が生物体の中で働いていると主張されてきましたし、或る一派の人々の間ではいまだにそれが主張されています」139頁