「右のこと[平方根の法則]から再び、生物体は比較的粗大な構造をもっていなければ、内的な生活と外界との交渉との双方において、かなり判然とした法則の恩恵を蒙ることができないことがわかるでしょう。なぜなら、もしそうでなくて、参与する粒子の数が少なすぎたなら、『法則』は不精密になりすぎてしまいます。この平方根ということが特に必要な大切なことです」37頁
「遺伝物質が高度の持久性をもっていることと、その大きさがはなはだ小さいこととを調和させるために、事実上『分子を発明する』ことによって、無秩序へ向かう傾向を避けなければなりませんでした。その分子は異常に大きな分子で、高度に分化した秩序をもち、量子論の魔法の杖によりしっかりと護られている一つの芸術作品ともいうべきものでなければなりません。…古典的な物理学の諸法則が量子論により修正され、ことに温度の低いところで著しく修正を要することは、物理学者にはよく知られていることです。このような例はたくさんあります。生命はその一例で、特にきわだったものと思われます。生命は秩序のある規則正しい物質の行動であって、それは秩序から無秩序へと移り変わってゆく傾向だけを基としているものでなく、現存する秩序が保持されていることにも一役買っていると考えられます。
…生きている生物体は一つの巨視的な体系であって、その系の行動の一部に関しては、ほぼ純機械的な行動(熱力学的行動に対照した意味での)をする体系のように考えられます。ただし、どんな系でも温度が絶対零度に接近し分子的な無秩序がなくなるにつれて純機械的行動に近づいてゆくものです」135-6頁
「生きている生物体は絶えずそのエントロピーを増大しています。——あるいは正の量のエントロピーをつくり出しているともいえます——そしてそのようにして、死の状態を意味するエントロピー最大という危険な状態に近づいてゆく傾向があります。生物がそのような状態にならないようにする、すなわち生きているための唯一の方法は、周囲の環境から負エントロピーを絶えずとり入れることです。…生物体が生きるために食べるのは負エントロピーなのです。このことをもう少し逆説らしくなくいうならば、物質代謝の本質は、生物体が生きているときにはどうしてもつくり出さざるをえないエントロピーを全部うまい具合に外へ棄てるということにあります」141頁
「生物、および生物が営む生物学的な意味合いをもつあらゆる過程はきわめて『多くの原子から成る』構造をもっていなければならない。そして、偶然的な『一原子による』出来事が過大な役割を演じないように保障されていなくてはならない、と。このことは本質的なことで、その故にこそ、生物体は、そのすばらしく規則的な秩序整然とした働きを営むに必要な十分に厳密な物理法則を維持することができるのだと『きまじめな物理学者』は申します」39-40頁