田舎で農業をやってみたい人は、やってみたら良いと思う。
いろいろ難しい問題があるから簡単ではない。成功を約束できるものでは決してないけれど、「ほーら、あなた農業を甘く見てたでしょ?だから言ったじゃない」という風に、失敗するのを見て嗤いたいという気持ちは全然無い。
少し長い目で見ると、現在主流の在来農法は農機具や肥料に大量のエネルギーを投入する非エコロジカルな農業だから、いずれは持続可能な形の農法(いわゆる自然農法)に回帰せざるを得ない。
例えば、馬耕・牛耕を復活させようとしている人もいる。馬や牛は草だけで動く動力源だからエコそのものだ、って言って。
ところが、そういう発想は(自分自身を含めて)今現在農業をしている者からは出て来にくい。だから、いろんな人がいろんなやり方で農業を試してみるのが良いと思っている。
中学校のときの体育の先生が、たしか卒業間際の頃だと思うけど、「今日の体育はジョギングだ」という日があった。「俺についてこい。でも俺より前に出るな」というのでついて行くと、びっくりするくらいゆっくりと走った。たしか1500メートルかそこら走ったんだけど、全員ちゃんと先生の後ろについて行って完走した。いい感じに息が上がって、とても気持ちがよかった。そこで「どうだ、これなら誰でもちゃんと走れるし、気分もいいだろう。運動というのは適度にやればつらくもないし、健康にいい。長生きできる。君たちの残りの人生でも、今日のペースでいいから運動を続けなさい」というようなことを言ってくれた。今でこそ当たり前のことだとわかるけど、当時、体育というのはギリギリまで負荷をかけて身体を強くするというものだったから、とても新鮮だった。H先生元気かな。。
その「何かとても素晴らしいもの」というところが(その人がそういう言葉で言い表すかどうかはともかく、その私の知人の女性はそんな風に思っていそうに見える)、私にはとても非現実的に見えるのだけど、penisというか、ファルスというか(実は私はファルスという言葉の意味がよく理解できてないのだけど)、それを羨む気持ちが強すぎて憎んでいる…あの感じこそが、所謂penis envyってことなんじゃないかと(だから単純に差別の文脈で合理的に説明できるものではないんじゃないかと)、今、ふと思ったのでした。
精神分析は無意識の話をするので、そしてその無意識というのは、非合理的なものなので、合理的に説明してしまうと、とても大切なものを取りこぼしてしまう可能性があるんですよね。
善悪とか、合理非合理とかを超えたものが誰でも人間の心の中にはあって、それは意志の力ではどうにもできなくて、でも私たちは実は知らず知らずのうちにそれに突き動かされて生きていて、まぁ、兎にも角にも、それは「あっても良いんだよ(ってか良いも悪いもあるんだからしょうがない)」ってのが精神分析です。
なんか彼女のことを考えるともなく考えていたら、何となく合点がいったようなきがしたのて、覚え書き的に記しておこうと思いました。
今、ゴミを片付けながら思っていたのはそれとも違っていて、確かに女性の中には、何故か男性に対してenvyとしか呼びようのない感情を持っている人がいるんだよなぁ…と、ちょっと最近身近にいる人のことを頭に思い浮かべて考えていた。
つまり、差別なら、差別を無くしていく方向で(いつ実現できるのかはわからないにしても)、その不公平感とか、不満とかを現実の生活の中でアサーティブに主張していく何とかする方向性って見出せると思うのだけど、
そういうのではなく、そういう人は、本当に男たちだけが自分の持っていない「何かとても素晴らしいもの」を独占して持っているっていうある種の強い思い込みがあって、それは社会変革とかでは多分どうにもならないもので、絶対に女は手に入れられないものなので、とにかく男が憎いという感じになっているように見える。
今、ゴミを片付けながら、考えてたんだけど(ゴミとはなんの関係もないことを)、精神分析にはpenis envyという言葉があって、フロイトが言い出したことなんだけど、
女の子が男の子のpenisが自分に無いことを受け入れがたくて、羨望を向けるという意味で、まぁそのまんまの意味で受け取れば、「そんなもん、欲しいと思ったこと、一度もないよ」という言葉しか思いつかなかったりするんだけど、
最近の私は、これは単純に差別の文脈で考えると、例えばマイケル・ジャクソンが肌を白くする努力をしていたのと同じように、被差別者が、差別者の側の人間を羨んで、「あっちの方が良かった」って思うのは、そんなに不思議なことじゃないし、
例えば、この間も書いたけど、私が小学生の時に生理が始まった時に「女の側」になってしまったことが悲しくてトイレで泣いた記憶があるような(私の場合は悲しんだけど、この間も書いたように被差別側で良かったと思った記憶があるので、男の側が良かったとは思わなかったのだけど)、その気持ちなら分かるので、「そういう気持ちの話なんじゃないの?」と考えることが多かったんだけど、
鯛とか鯵とかの骨はマジでこわい。あれは「小骨」とはあまり言わない気がするけどなぁ。あれは凶器。鯵のぜいごも結構こわいから、ちゃんと削ぎ落とす。
鰯や秋刀魚は、そんなに気にしなくても良いかと。
鰯は、梅干しや酢と生姜で圧力鍋で炊いたりとか、調理法を工夫すれば、ほぼ骨ごと食べられる。秋刀魚の塩焼きは、基本的には骨は残す。
秋刀魚のワタは私はあのほろ苦さが好きなので、鮮度に不安がなければ全部食べるけど、今どきはあまり食べない方が良いんだろうか。
あと、子どもの頃は鮭缶の骨食べるのが大好きだったなぁ。何なら骨だけ食べたいくらいに好きだった。
喉が痛かったのは、小骨ではなくて、「店から祖父が上がってきたから、祖父の席を空けろ」と言われて、慌てて席を移動するのに、汁椀と茶碗を両手に持って箸を咥えたまま立ちあがろうとして、自分の膝で箸で思いっきり喉を突いてしまった時。死ぬほど痛かった。死ぬかと思った。いや実際、箸を咥えて転んで死んだりしますよね、子どもが。…危なかった。病院は行かなかったけど。
子どものそういう事故では、妹が耳に小豆を詰めて取れなくなって…あれは耳鼻科に行ったんじゃなかったかな。弟は鼻の穴に銀玉鉄砲の玉を突っ込んで、やっぱり取れなくて大騒ぎになったけど、くしゃみして出てきた。
まだ子供の頃だったかな。いや、成人してたか・・・小骨が混在しているアジを無造作に食べて、小骨がのどちんこに刺さって数分?数十分?悶絶してたの思い出した。
おじいさんみたいに「がーっ!」とかやっても全然だめで、んぐんぐ嚥下しようとしてもダメ。
どうなってるんやと洗面所のデカい鏡に映したら目視できる位はっきりとぶっ刺さっていた。(今は近眼の老眼なのでたぶん確認不可)
指で摘まむという荒業を試みたところ、それで取れた。
(川原泉が鮭の骨が刺さって耳鼻科に行って取ってもらった漫画を読む前)
小指の爪の欠片位のちっちゃな骨だったけど、それ以来、無造作にアジを食うことはやめてます…
天皇皇后両陛下 石川 輪島市を訪問 豪雨被災者をお見舞い
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20241217/k10014670161000.html
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南太平洋のバヌアツ諸島 マグニチュード7.3の地震 一時、周辺地域に津波警報 現在は解除 気象庁「日本への津波の影響はない」 https://newsdig.tbs.co.jp/articles/withbloomberg/1623198
そこらにいる普通のオバサンです。私たちの社会を憂う人たちの頭数のひとつとして、自らの五分の魂のために、言いたいことを書き散らします。コロナが怖いから今は引きこもりちう。性格は悪いです。