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今日はチュール素材のハイネックを着ていたんだけど、ネックレスを上からしていたのを忘れてそのまま脱ごうとしてつっかえ、古のストッキング被り銀行強盗みたいになって、うちの猫を怯えさせてしまいました。

今回のPMS(か、年末年始イヤイヤ症候群)は焦燥感がすごい。慌てすぎてりんごも上手に切れない。こういうときは大事なものを落として壊したり汚したりしがちなので、気に入っている食器は使わないようにする。りんごは硬くておいしい。

BT読んで、わたしもなにかに対して「正しい」「間違ってる」をはっきりさせなくてはという潔癖さを発揮させてしまうなあと省みた。今現在正しそうなほうへ飛びついて仲間内で目立つように手を挙げ、単に自分の身の安全(とくにSNSでの)を守ろうとしているだけというか。後ろめたい発言は、自分の過去にはいっぱいある。過去の発言を掘り起こしてきて今の態度を疑うようなことを言う人を、SNSではたくさん見るから、ちょっと怯えてるんだと思う。
SNSでなにを言おうが言うまいが、日常での行動がその人の「ほんとう」だ。差別に抗いたかったら、選挙に行って投票するとか、政府や行政に意見を送るとか、身近な虐げられている人に手を差し延べるとか、消費者になるときに誰から買っているか調べるとか、今の実際を積み重ねていくしかない。

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ショーン・フェイ『トランスジェンダー問題』(明石書店、2022年)の終章に、「トランス差別をする人は歴史の誤った側にいる」という物言いへの痛烈な批判がある。この物言いに従うなら、トランスジェンダーを包摂する人は「歴史の正しい側」にいて、受け入れない人は「誤った側」にいることになる。

こうした物言いはトランス差別を批判するリベラルな人びとに人気だという。しかし、フェイに言わせれば、歴史に「正しい側」も「間違った側」もなく、こういった物言いに現れているのは、自分たちは「正しい側」にいたいというリベラルの潔癖症にすぎないという。

このフェイの指摘は、個人的にかなり響いた。ツイッターみたいなところにずっといると、「正しい側」にいたいという願望がどんどん増してくる気がする。何かを主張したとして、その数年後にそれが間違っていたことが判明したときに、その昔のツイートを発掘されて「バーカバーカ」とやられてしまうのではないか、ダブルスタンダードを指摘されて、自分の判断基準の曖昧さを露呈させてしまうのではないか。

クリスマスが終わったフライングタイガーで、たいへん安売りされていたのもあってつい買ってしまったUgliest Sweaterのトロフィー。つまり、もっともダサいアグリー・クリスマス・セーターを着ていた人に贈られる、たいへん名誉なトロフィーです。
アグリー・クリスマス・セーターは一度編んでみたいものだと思いながらはや数年が経ちました。来年こそは編んで、クリスマスには着て、たぶんクリスマスパーティの予定はないでしょうから、自分で自分にこのトロフィーを贈り、高らかに掲げたいものです。

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フォントワークス、画像で使われているフォントの名前を調べるサービスの提供を開始║窓の杜
forest.watch.impress.co.jp/doc

BT、興味深い! 野生のハムスターについて考えたことなかったけど、霊園に住んでるとは! 昔ウィーンに行ったとき、どっかの墓地にクラシックの作曲家の誰か(友だちに付き添って行ったのでうろ覚え…)のお墓に参ったのだけど、あんまり周りを見てなかった。たしかに森と平地のミックスで気持ちがよく、公園みたいだけど人はたくさんはいない、動物全般が住みやすそうなとこだったな。

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youtube.com/watch?si=nwmIzCU58
有名な?BBCのろうそくを盗み食いするハムスターの舞台裏動画を見つけた!野生のハムスターは減少の一途をたどってるけど、都市部での生活に適応している個体もいるよって話🪦🐹🏢
町中だと地面を耕されないから安心して住めるプラス、お墓にはお供え物やキャンドルがある(ハムには消化できる)から、重要な栄養源になっているということらしい
あの動画はすごくきれいに撮れてるからコメント欄でヤラセを疑っている人も結構いたけど、たしかにこれだけ高密度で住んでるなら、狙った個体のパトロールルートを調べてカメラを置いておけば撮影できるって想像できる ハムスターなりのお散歩の順序ってシリアンにもあるもんね

署名しました。
わたしはあまり政治や戦争、差別、地球環境など国際的な問題について書きません。親が右翼系な政治思想の持ち主で、わたしも大学進学前まで(親元で暮らしていたころまで)はそういう考え方が中道で正しくてクールな姿勢だと思っていました。
自分の属性がマイノリティになった経験を経てようやく、おかしいことに気づいて20年かけて少しずつ修正してきた感じです。20代後半や30代前半にかけては、まだまだ意識が弱く態度などで差別的なこともしてしまっていたなと振り返っておもいます。その頃の後悔もあっていまだに自信を持って、これが正しいと思う!と公言できず、周りの意見や状況、歴史をじっくり見て勉強して、と亀の歩みのように進んでいます。
すべての差別に抗したい、というのはやはりここ数年でもっとも強くなった考えです。だから今回、ここで署名したことを公言します。
cultureagainstapartheid.jp/

@deadpop おお、そうでしたか。Twitterがほんとうに消滅してしまったら倉田さんの作風にもまた影響がありそうですね。
今年は最後にまとめて読む専で楽しみましたが、来年はマストドンでも書くのチャレンジしてみます! ありがとうございます!

Twitterを避けに避け、ちいかわを読むときだけブラウザで開いていました。それゆえ毎年恒例の  を書き損ね読み損ねました。こっちで失礼して書けばよかったかな…
今年は毎日10個のゴミを拾う人がおり、ツボでした。
倉田タカシさん発案のハッシュタグ、 おもしろいですよ。12月にはいろいろある。
下記はTwitterへのリンクです。
twitter.com/search?q=#いろいろなアドベ

ヘッドスパに初めて行きました。あんまりマッサージとかに行ったことがなかったので、予約したときは、お高ーい!ええいままよ!という感じでポチッとしたんだけど、もうほんとほんとヘブンで天国で極楽ブリリアントでした。
施術後は物理的に目が開いたかんじがしましたね。頭自体だけじゃなく、肩甲骨や鎖骨下までぐりっぐりやっていただけたので、首もすこしシュッとしたような!
あまりに気持ちよかったので「最高です」「ゴッドハンド」「いいものいただきました!」と貧弱な語彙ながらマッサージ師さんを褒め称えてきました。
自己お疲れ会のときにはまた行きたいです。

行き先の違う電車に乗っていることに今気づいたが、挽回できる、きっと。頭を揉まれに行ってきます! 

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@keropankumapan こんにちは。わたしはBlueskyに登録してないのですが、見れました。ブラウザに移動しても見れますよー。

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美術業界が常に心身を犠牲にして作品のクオリティを上げることを求めてるのは本当にやめないといけないと思ってる。それは、アーティストの意識やキュレーターの意識だけではなく、批評や観客の側からも辞めていかないといけない。線引きは難しいしケースごとに考えるしかないけど、美術批評や評論で、クオリティに関することやアーティストの労働時間を削りやすい規模や大きさを過剰に褒めることを、ちょっとずつ辞めていった方がいい。これは今労働問題が吹き出している、アニメや映画、演劇、歌唱についても同じ問題がある。クオリティにかんすることをどれだけ評価していいのか、そのことを問い直していくしかない。評価基準による競争がある以上、それはまた別の心身の削り方を求めることになるだろうけど、それでもやっぱり考えながらやっていく方がいいのではないかな。

実家でのわたしの片付けノルマを全部終えて帰ってきました。年末だし、すがすがしー! また後からなんやかんやと頼まれることはあるかもしれませんが、少なくとももうあの家にわたしのものはなくなりました。

お昼に、近くのハンバーガー屋さんに行きました。この店の前の前には、ここはカフェレストランで、わたしはそこで12年前まで、7年間くらい働いていたんです。居抜きで次々と店が変わったので、テーブルや椅子は当時も使っていたものをまだ使っており、こっそり懐かしみました。あと意外にも、トイレのゴミ箱もたぶん当時からのです。トイレ含めて、内装にはほとんど面影がないのに、小物は受け継がれるんだなーと面白く見ていました。
むかしの内装(天然石のタイルや一面だけ真っ青に塗った壁や巨大な黒板、長いステンレスのカウンター)が好きだったので、それらが全部なくなっているのは、おこがましくもちょっと寂しくはありました。7年も働いていると場所も自分の所有物みたいに思っちゃうんでしょうか。
でも当時のままのガスコンロで焼かれたパテは荒めで食べ応えがあり、おいしかったのでスッキリ昇華です!

サイトウユカ さんがブースト

フライングタイガー・コペンハーゲン(雑貨屋)ほかで買い物をしました。同店は使い捨てビニール袋を売っていないので、レジで紙や布の袋を買う必要があります。
とりわけ主張が強い袋があったのでそれを買いました。

身辺整理について つづき(長いのでたたんでます。差し障りのあるような話ではない) 

一方で、数年前には捨てられなかった思い出のものでも、今はもういいなと思えることも多く、自分の変化を感じました。
来年はフィルムカメラや製本とかの、昔やっていて、整理しながら見直していたらやっぱりやりたいと強めに思ったことをちょっとでも再開して、あとここ数年で新しく始めちゃったけど中途半端になっているものも完成させていきたいです。
とっちらかり気味な制作をガタガタ危なっかしく操縦していく所存です。わたしは寡作なタイプだけど、完成したものはできるだけたくさん他人に見せていけるようになりたいですね、いまさらながら。
それにしても、整理のゴールは見えたもののまだ二ヶ月はひきずりそう……まあ、なんでも一歩ずつよ。

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