言葉が不適切かもだが、難聴の使い方が上手いなぁと。難聴でなければ、補聴器を使っていれば、草地の襲撃はもっと早く対処できたかもしれない。でも、その後の兄ちゃんが話した言葉は、恐らく難聴だったからこそ気づけて(兄ちゃん発音できてなかったよね?)、だから最後の展開に進めたはずで。この複雑な因果ー!!!ってなるんだよね。
プレジデントの聖紐を見て、おっ階層が上のが牛耳ってるのかあれだな村ってのはこういうもんなんだなぁ…と冷静に見てたら、最後にあっ、せ、聖紐ーーー!!ってなったよね。
結構、見せてなかったものをひょいっと出される、展開が荒っぽいなとは思うのだけど、この後から愕然とさせられて悶える感じが、ひとつのインド映画らしさなのかなと思ったり。
『ランガスタラム』観た
仄かなサスペンスの香りを感じつつ、難聴の主人公・チッティのお気軽村民ライフを楽しく眺めていると、最後の最後に因果のめぐりとインドの身分階層の重みがドスンとのしかかる。何とも言えぬ余韻がすごい…!
階層が固定化された村の生活は"舞台"の様で村民は配役を演じるだけ、と皮肉に語るも、村民の生活には豊かなドラマも矜持もあるぞとも語る。チッティの難聴をユーモアのベースにしつつ、障害の扱いや差別心を匂わせ、ドラマやサスペンスの道具にもし、チッティ自身の打算的なところ・善悪入り混じる内面まで見せる、そんな複雑さがありとても面白かった。
ふらふらとして無邪気で活動的で一目惚れして兄好きで血の気の多いチッティを、チャランさんがそれはもうくるくると演じていて、良かったなぁ!ぽわわーんしてる時と真剣な時のギャップがたまらん。ルンギ姿も眩しい…!想像以上に踊りまくってたのも最高だ。踊りパートの構成がミュージカル的で映画内容とマッチしていて好き(一曲だけアイテムナンバー的なのがあったかな)。
チッティ裏切りの帰宅後に家族が次々と集まりカレーを食べるユーモラスな仲の良い(即終わるけど…)場面がいいな。ランガンマとの関係も面白い距離感。
『PATHAAN パターン』観た
だいたいM:Iなんだけど、あのなじみの安心感に、ところどころ期待の荒唐無稽さと全開肉体美が加わって、やっぱりインドの娯楽映画はパワーが感じられて楽しいな!踊りはほぼ無いけれど、音楽の当て方が上手いよねぇ。あれでがっつり高揚させてくれるし、それと共に展開するアクション、特に肉弾戦が盛りだくさんで、個人的に非常に楽しかった!速度と重さが好みだったな。
アクションはどれも楽しかったが、中盤の列車アクションがめちゃくちゃ楽しーい。ニコニコしちゃう。私は知らないけれど、あれはユニバース的なものなのだろうと察しがついたぞ!俳優はご存じの方だし。
シャー・ルク・カーンの魅力ってピンときてなかったんだけど、すみませんでした、凄かった、色気が。なんだあの完璧筋肉と長髪とやさぐれ+抜け感ファッションでセクシー全開!おわー!
ディーピカーたんはもう期待を裏切らない美をこれでもか!と見せつけてくれるんで、最高。顔が大好きなんだ…。拝みたい。この二人が登場してる間(だいたい9割)は、うわー!ほわー!って脳汁が出てたと思う。凄かった。エンディングもセクシーの競演ドリーム映像すぎてやばい。
『真夜中のカーボーイ』観た
テキサスからニューヨークへ、アメリカンドリームを手にするために来た青年、その手段は男娼。
正義・男らしさ・男性的魅力の象徴としての"カウボーイ"に頑なにこだわる青年が、自由が手に入る街であるはずの大都会の現実に絡めとられ、寂しく何者にもなれず、"カウボーイ"を脱ぎ捨てていく。物悲しさが漂っていて面白かった。
最初と最後のバスの違いよ…ジョーの厚顔で意欲ある表情と心細さと不安全開の表情との差。うう…。乗客の視線も全く違うものに見えているのだろうな。
底辺をうろつくしかできない孤独な二人の、共依存の様な友情が切なくて良かった。上流との圧倒的な差。出会う人々の隠された事情。これがアメリカの現実だという様に。
ジョーの過去が挿入されるけれど追及はされず。想像するに、ものすごいトラウマだよね…そこに親の不在も。それも覆い隠す強い男の"カウボーイ"なのだろう。
ブーツ等を捨てるのがすごいサラっと行われるのがとても良い。いかにも自然な選択の様子が良い。地道に生きようという選択。リコがいたから選んだもの。
映像がアバンギャルドと言ったらいいのかな、独特で面白かった。リコを追う早いカット。情事の際に切り替わるTV。フロリダの夢。
『エリザベート1878』あと
彼女が夫や子供や従兄弟や負傷兵にまで、横に寝そべるのが印象的だった。同じ立ち位置でふれあいたいような気持ちの表れかな、と思って見ていた。親密さを共有したい表れというか。
動画の話が出てきて、そこに映る彼女の自由さが面白かった。動画に事実が映る的な台詞には、つい『フェイブルマンズ』を思い出したね。
彼女の奔放なわがままさも描いていて、子供との関係も面白かったし、侍女達とのやりとりも。一番の侍女にそれは酷い仕打ち…とは思ったが、ラストで女たちの繋がりの様なものが見えたのが好きだった。
ヴィッキー・クリープスが苛立ちから喜びから様々で些細な心の襞を表現するのを見る作品でもあって、それも楽しかったな。
『エリザベート1878』観た
「象徴」で「美しく」「若く」あることの抑圧を脱ぎ捨てようとした、エリザベート40歳の1年間。原題はCorsage。「お飾り」ということかな。
ところどころ現代のものや音楽が入り込んできたり、創作が入ったりと、ポップと言ったらいいのか、軽やかさがありつつ、エリザベートがとにかくダルそうで疲れているのがとても良かった。中年の不機嫌さがいい。ずっとイラついて反抗し続けているけれど穏やかに見えるのは、この中年まで我慢し続けたダルさがあるからかも。ほんともう色々ダルいわ…というね。わかるわ。
でも、抵抗することや求めたいものを諦めない意欲、もしくは諦めきれなさも終始あって、それも良かった。
ラストの演出はおお…!と少し驚いたけれど、爽快感があって面白かった。
その歳になると、若く美しいですね、これからも若く美しくいてねという褒めも、そんな訳あるかよとウザくなるし、もう勘弁してくれ…となるんだなぁ、というのがよくわかる。彼女が美貌の価値をまだ内面化し続けもがいているのが苦しそうだった。
従兄弟との関係がひとつの幸福だと思うのだが、彼女はそこに満足を見いだせていない、女として見つめられることを望んでいるのも気の毒だった。
じいちゃんは本当に立派な人だっったのだなと、孫への触れあい方と父の語りから、時差でわかるのが良い。この後半の父親、苦しい立場で、じわりと弱さが出てきてしまう具合がいいんだよね…。高潔に生きるは難しい、でもだからこそ心がけなければならないんだよね。監督の心にも刻まれているのだろうな。
アンソニー・ホプキンスの、元気で愛嬌のある時と元気がない時の演技の差もすごかった。生々しさ。
ユダヤ系差別と黒人差別が重層的に語られているのが興味深かった。経済的格差も。私には知れない当事者の状況と感覚が垣間見える。黒人ジョニーの先の暗さ、耐えて浮かび上がって欲しいと願ってしまう。
エリート主義に向かう一因もあるのだろうと推測できる。トランプ姉(チャス姉!)のスピーチ「全て努力で掴んできた」も、客観的には妥当でないという監督の認識も見られる。
全体としては、少年なりの進もうとするけれど、しかし圧倒的に力も分別もなくてどうしようもなく社会の中にいる感じ、社会の中に組み込まれていく感じ、その苦い哀しさが撮り方などにも表れていると感じられて、いい作品だった。