夫から、自分の間違いを一番近くで見ることになる人に嗜めてもらわないと間違いに気付くこともできないほど愚かな人間なので日々私に見てもらって状態や考えを共有したいがだめかと言われた。以前、いつかわかってもらえると思い、邪魔くさがられてもいい加減な態度とられても嘲笑われても必死に訴え続けてきた時は終わったし、それを壊したのは夫。人を物のように杜撰に扱い、私の思いを大事にしたことは全くないのに、そんな人間になんで私が何かしてあげなくてはならないのか。馬鹿なことを言うのもいい加減にしてほしい。自衛のために別れて暮らすことができないことを、息子さえいなければと思ってしまう。息子はなんにも悪くない。そう思わせる夫が心から嫌。夫の屁理屈も、自分をフォローする言い訳の感情で頭をいっぱいにしてる顔も、努力しますと言うのも聞き飽きた。結局変わらない。夫の自己憐憫にもうんざり。
親族が私にくれたお菓子を食べてしまったのは、食べたいというより始末したい強迫観念、捨てることへの罪悪感、だそうです。意味がわからない。親族がくれたものをどう扱うかは私の問題であって夫には関係がない。何においても自分の都合と感情だけで、人の都合や思いをとてもないがしろにしている。食べ物への強迫観念ではなく、人のことを杜撰に物のように扱っている。夫は今回の件のポイントを間違っている。これは自分の問題でないこと、人の大事なものだから勝手にしてはいけないという線引きができないこと、それがわかっていない。何が強迫観念だよ。どんな理由があっても何が気になっても人のものを勝手に始末するな。泥棒か。
夫は勝手な判断と思い込みを優先している。実際それがなんとかした方がいいものかそうでないのか確認することもなく、思い込みで自分の欲求を優先させている。とても傲慢で勝手なふるまい。人に配慮したり、人を思いやることより、常に自分の感情と欲求を優先させている。人を踏みつけていることに気づかない。なんのかんのと理由をつけて、こうしちゃうんだから仕方ないんだよと自分を見逃し慰めている。結局何も努力しないし自分に変わることを求めていない。
ああ本当に夫のことをこんなに心から嫌いになるなんて思わなかった。
夫は、自分から人に声かけるくらいなら相手が困ろうと自分が困ろうと声をかけない人。本当に前からずっとそう。言っても言ってもなおらなくて、ずっとうんざりしてる。なぜ自分の主張をしたり人に確認したりしないのか、なぜそれでは困ると訴え続けてきてるのに少しも変わらないのか、と聞いた時に返ってきたLINEがこれ。以下コピペ。
僕が何も言わないを選ぶというのは、幼少期から自身を守るのに有効であった選択であり、それで身を守ってきたわけです。それが僕のナイト、守護者として僕の中に存在している。子供の頃通用した戦略でも、当然大人になれば通用しなくなるし、邪魔にさえなるけれど、僕はそれと共存していかないといけない
コピペ終わり。正直何思ってようと勝手にしたらいいし、変わる気は無いんだろうと思っているし、なら自分と息子の生活に集中したいからせめて迷惑で不気味なことをして妨害してこないでほしい、と思ってたんたけど。
息子が体調を崩したので布団敷いて休ませた三連休最終日、息子の体調見つつずっとやれてなかった断捨離を今日こそと思っていたんだけど。
もう余程のことがない限り会うこともないだろうという親族が、葬儀の後に私にくれたお菓子があって、仏壇に供えた後、職場でお昼休憩の時に少しずつ食べようかなと思っていたのを、夫が何の断りもなく黙って全部食べたことがわかり、またかよ!!と気分がメタメタになった。
10日くらい前にも、夫と息子のご飯はなんとかなりそうだから自分が夕食に食べたいものだけ買ってきてと夫から連絡が入り(うちでは割とよくある。夫と私と息子、食べ物の好みが合うところとまるで違うところがあるので)、ポテトフライとお刺身買って、帰宅後、夫と息子は先に食べてもらってお風呂入って出てきたらポテトフライが半分無くて、なんで!?ってなってたら夫が「僕が半分食べた」と言い。みんなのご飯買ってきてと言われたのでもなく、私が良かったらどうぞと言ったわけでもなく、事前に食べていい?と夫から聞かれたわけでもなく。夫曰く、自分が食べてだめなものだとは思わなかったと。事前に言われたら、あげないとは言わないけど、何も言わないのに人のものを勝手に食べていいと思うのすごく不気味。
人から何かをもらい、人から自分でも持て余す自分を助けてもらおうなんて、厚かましい、とまでは言わないけど、人の気持ちも自分の気持ちも変わるのに、自分の気持ち以上にコントロールのできない他人の気持ちに自分の人生委ねようなんて、いや若さも未熟も恐ろしいものだね。私を大事にできるのは私だけで、私と必ず一生付き合うのも私だけ、それは悲しいことでも孤独なのでもなく、ただ事実で、誰でもがそうであると今はわかる。今ものすごく男に対する嫌悪が高まっているのは少し面倒なんだけど、まあそれも変わる、おそらく。
一緒にいたいなら一緒にいられる間は一緒にいればいいけど、一緒にいてくれるから好きになるというのはわりと主体が薄めな危ういやり方なんだなとも気づいた。うまく言えないけど、一人でいたくないがために誰かと近しくする、一緒にいてくれるから好きになる、って怖い、わかるけど怖い。人柄やら趣味やら何かしら好ましく思えるところがあるから親しくしたいと思う、という順番であった方がいい、というか。
やっと振り返ることができるようになった。頭のほとんどを占めていた夫の不誠実さへどう働きかけるかという思考がごそっとなくなって、私の頭も心もかなり自由になった。これからどう暮らして生きていくのか、わりと楽しみに思える。
今日は晴れて窓の外から見える緑がきれいだ。
夫とのことはなんでこうなってしまったのかなと虚しい思いはあるけれど、こうなったことで見えるものがあって、自分の人生がやっと自分のものになったような気がしていて、そこは良かったと思っている。やっと自分のために、自分に尽くせる自分になれたような気がしている。
両親に愛されることがなかったから長じて距離近く付き合う夫に執着してしまったことで、こんなに話が通じないのだから早く見切りをつければ良かったのに、冷静ならそうしていたはずなのに、いつまでも諦めずしがみついてしまった。自分の気持ちも自分のしたいことも分からず、自分を見つめることのないまま、ただ夫の冷たさ、夫の私への関心のなさに傷つき続けて、なんとかわかってもらおうと(何を?)話を続けてきたけど、自分のことをかけらも心配しない人間に、自分の時間を使い続けるのはとても虚しいことで、何をやってるのか、なんてしょうもない、と自分に呆れてしまった。目が覚めた。やりつくした。だめなものはだめ。もっと大事にすべきものがある、というか、意外と一人でも楽しいし大丈夫だしやっていけるものだと自信がついていた。自分を支え、自分を強くし、自分を癒すものは、よく見渡せば結構あった。
姉がもうまもなく、というところらしい。それはまあわかっていたし、癌は備えることができる病というのはよく言ったもので、私は距離があるのもあり縁を断っていたこともあり、まあ、うん、はい、というところで。ただ。それに際して。もうとてもとても醜い思いがある。実両親のことは姉がみてくれるはずだったのに、という未来先行きへのしかかる避けられたはずの重みが。姉は親に感謝していて親を大事に思っていてお母さんたちのことは私がみるからと常々言っていて、親のことも姉のこともまったく好ましく思えないけど、親と姉が仲良くしていてくれたら私は血縁と縁遠くても、むしろその方がいい私のことはいなかったものとして、と思っていたのに。あんなに話の通じない老人二人の最も近しい関係者が私になる。ため息が止まらない。そんなことしか今思わない。その内心をあえて親の前で言うことはしないかもしれないけど、私はやるべきことはやったし、これ以上何かするつもりはない。でもおそらくそれは通じない。何もかも無視するなら、私程度の性根だと現実に負ける。仕事上いろんなご家族を見てきたけど、親の老いとその現実を理解した上で完全無視するのは、ちょっとやそっとの輩メンタルではできない所業。最悪事が起きる前に事前に備えたいタイプの知恵のある人程貧乏くじを引く。
我が家にはリビングの他に3部屋あって、今までは寝室としていた部屋に夫息子私3人で寝て、将来の息子部屋、親の服収納的納戸、と使っていた。これを息子の部屋、夫の部屋、私の部屋、としてそれぞれ独立した部屋を持つようにした。そもそもは息子が受験するからそのための環境を用意しなくてはという出発点だったんだけど、夫婦が拗れたり、夫のいびきで私の寝不足とヘイトが爆発したのもあり、心健やかに過ごせる距離感が必要となったことが後押しした。家具やらの配置換えは大変だし、部屋が分かれたことでこれまで兼用できていた家具なんかの新規の大物購入は抵抗があったけど、必要なことだと割り切った。この環境を設定できたことで、私がこの家にしなくてはならない手入れもあと二つくらいかなというところにきた。
息子も難しい年齢になってきて、斜に構えたような朴訥な態度をとることが増え、まあ年齢なりと思ってあまりにも目に余る言動でなければ注意をせず見守ってたけど、この間呼びかけても返事をしないことがあって、こういう人からの声かけをナメて対応するみたいなのが個人的にかなり許せないので、返事しない人には返事しないね、と言ってしまった。
息子にも子どもなりの未熟さ以外に夫の影響は確実にあって、夫のようにはならないようにと気をつけて見守って話をしてきた。でもどうしても息子にも夫の要素はある。私自身に、夫にされた嫌なことを息子にもこれからまたされ続けるのかと思ったことがさらに嫌な気持ちにさせたのは間違いなくある。またあの邪悪な自己愛と戦うのかと思うと家を出たくなる。息子を夫のようにはしないとそれだけを思って、今のこの家庭を維持しているけど、とても疲れた。がんばれない。
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