小熊英二『清水幾太郎』(御茶の水書房、2003年)
もともと小熊氏の著書『民主と愛国』に組み込む予定だった清水幾太郎論が、諸事情で割愛されることになったので独立して公刊したもの。
思想・立場を幾度も変転させた清水のそのスタイルがいかに形成・展開されていったのかを簡略に論じている。清水は庶民という立場を自認しており、高みに立って説教したりする知識人に反発を覚えつつ、憧憬もする。知識人から軽んじられるこの境遇から抜け出るには自分も知識人になるしかないのだと。学問や文章、名声はそのための手段でしかなく、いわゆる実存的な問題意識はやや稀薄であったことと、時代の激しい移り変わりが清水の入れ込むテーマを次々と破産させてしまったことが、彼に漂流を重ねさせた背景のようである。
かといって、清水は完全なデマゴーグとも言い切れないらしい。彼は直情径行で激しやすい気質であり、問題に全力でぶつかっている誰かを見たら心を動かされてしまうような人間でもあった。それゆえ、時々の主張や運動に真剣でなかったわけではない。むしろかなり全力で取り組んでいたようにみえる。それでも、社会や生活が変われば考えが変わるのは当然のことだとも清水は考えていたので、主義がコロコロするのも彼にとってはやましいことではなかったようである。
最近読んで印象に残った歌
『短歌タイムカプセル』カ~タ行の歌人より
◆香川ヒサ
人あまた乗り合ふ夕べのエレヴェーター升目の中の鬱の字ほどに
一冊の未だ書かれざる本のためかくもあまたの書物はあめり
尖塔の建てられてよりこの街の空は果てなき広さとなりぬ
朝光の差し入る部屋にあらはるるみな光より遅れて在るもの
◆木下龍也
B型の不足を叫ぶ青年が血のいれものとして僕を見る
◆小池純代
手のなかに鳩をつつみてはなちやるたのしさ春夜投函にゆく
◆小池光
かゆいとこありまひぇんか、といひながら猫の頭を撫でてをりたり
◆小島なお
椿の葉陽を照りかえし照りかえしあまりに遠し死ぬということ
◆笹原玉子
とびきりの恋愛詩集一冊で世界史の学習は終った
その踝から濡れてゆけ 一行の詩歌のために現し世はある
◆竹山宏
一分の黙祷はまことに一分かよしなきことを深くうたがふ
◆俵万智
男ではなく大人の返事する君にチョコレート革命起こす
たんぽぽの綿毛を吹いて見せてやるいつかおまえも飛んでゆくから
みかん一つに言葉こんなにあふれおり かわ・たね・あまい・しる・いいにおい
香川ヒサさんの歌がとくに印象に残った。機知に富んでいる感じというか、世界を眺める視点がおもしろい。
恥ずかしくて晋書の話ができない