横溝正史『仮面舞踏会』読了。
私立探偵の金田一耕助シリーズ。
このシリーズといえば、個人的にはどうしても『八つ墓村』や『犬神家の一族』などの田舎の因習を書いた作品の印象が強いが、以前読んだ『悪魔が来りて笛を吹く』という元華族を題材にした話も強く印象に残っていて、本作も元華族が登場するため期待して読んだ。
練りに練られているというのが読後すぐの感想。
戦前から戦後にかけてを背景にしたストーリーも良く、細かい伏線もきっちり回収。頭の中で事件や人が繋がっていくのが爽快だった。
登場人物が結構多いのに(60人超え!)不必要な人物は居ない。この広がりや人々の個性が物語に深みを持たせていると思った。みんなそれぞれに感情があり、いきいきとした一人一人の人間だというのが伝わってくる。
セリフに味があるし、人間の複雑な心の内を読むのはやはり面白い。
軽井沢の別荘地を舞台にしていて、登場するのは自然と何かしらの成功をおさめている人物が多いわけだが、だからこそこのような事件になっている点も興味深く、同時にひどく虚しかった。
みんな何かの隠し事をしているように思えて、主要人物は全員怪しく見える。明かされるまで犯人は分からなかった!
ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』読了。
ホラーが苦手でも読める恐怖小説。
読んで想像するという読書の楽しみを思い出させてくれる作品で、幽霊の怖さというよりも、心理描写や人間同士の駆け引きが面白い。
両親を失った幼い兄妹が伯父に引き取られ、イギリスの片田舎の古いお屋敷に暮らしている。その兄妹の家庭教師となった女が遺した手記に、お屋敷で経験した恐怖の一部始終が綴られているというお話。
まるで天使のようで神々しいと称される子どもたちがこの上なく愛らしく、読めば読むほど美しい佇まいの少年と少女。本当によくできた子どもたち。
思わず抱きしめたくなる可愛いセリフもあった。この二人を守ってあげたいと、家庭教師が使命感を持つのも分かる。
家庭教師の手記はどこか品がありその人柄を表しているように思うが、肝心なところで言葉を濁して、何も断定していないので曖昧な点が多くあり、そのぶん解釈の余地が残されている。
書かれていない部分は想像力を働かせるしかないが、この不確定さが魅力であり最大の効果を発揮していて「何が潜んでいるのか底知れない」と読者に思わせる。
特に物語後半からはその語りに引き込まれ、次第に意図が分かり寒気をおぼえた。
宇佐見りん『推し、燃ゆ』読了。
第164回芥川賞受賞作。
推しているアイドルがスキャンダルを起こし炎上してしまうが、それでも心変わりせずに推し続けるという一人の女子高生の話だった。
「推す」という行為、分かっているようで理解が足りなかったかもしれない。全身全霊でアイドルを追いかけ、健全さを失ってでも突き進んでしまう主人公を見て、「推す」ってこういうことかと、腑に落ちた。
推しを形容する時や、心を動かされた時の表現力は他を圧倒する熱意がある。
主人公は、推しに関しては語彙力が向上するタイプのオタク!
その熱い思いを読んでいるうちに、誰かを推すという行為はどのジャンルでも共通するものがあるのだなと、自分の思い出が蘇ったりもした。
なんらかの障害を持ち、生活や学業に支障があり八方塞がりの主人公を見ていると、分からなくもない気がして気持ちが沈みそうだった。
生きづらさを抱えた主人公がこれからどんな道を歩むのだろうと考えてしまう。
でもこれは推しを通して何かを得たという、前向きな話だと捉えた。どんな結果になろうとも、それは人生に必要だったはず。
誰かや何かに、我を忘れるほど熱中したことのある人には響く物語だと思う。
藤野可織『パトロネ』読了。
同じ大学に入学した妹と同居することになった話……なのだけれど、姉妹仲が良いのかと思ったらそういうわけではない。
主人公の思ったことや視線の動きがそのまま書かれているようだった。細部の質感の描写が巧みで、実際に見ているかのように風景が浮かび上がってくる。
あるべきものがないような居心地の悪さ、なんとなく繋がりを感じられない不気味さがありソワソワするが、その理由はのちに分かる。
表面上はおそらく静かな主人公が、頭の中で目まぐるしく色んなことを考えているのが、なんだか怖かった。
後半に所収の『いけにえ』は、第141回芥川賞候補作。平凡な主婦が、美術館の監視員ボランティアをする話である。
『いけにえ』というタイトルの意味がとても引っかかる内容で、読後またすぐ読み返して、誰が何を言って何をしているか細かく確認してしまった。
この作品も、主人公・久子の率直な気持ちが印象的。表と裏を見せてくれるのが面白い。
表向きは二人の娘の母として、夫に尽くす妻として、普通に年相応のやり取りをしているのがまた不気味。
二面性とまでは言わないが、家族に見せていない顔が本来の久子という女なんだろうなと察する。
西村賢太『一私小説書きの日乗』読了。
2011年3月〜2012年5月までの日々の記録がまとめられた一冊。
読んでいて飽きないどころか、日記文学の面白さに気づかせられた。どんな人も生活を繰り返しているというただそれだけのことが面白い。
書いてあることといえば、主に一日の行動について。何時に起床、入浴し、一日こういう仕事を行い、食べた物の記録をし、明け方に酒を呑み一日を終える。時々、尊敬する人物への思いが綴ってあり、編集者との喧嘩や愚痴もしつこく書いてある。
でも日記として気楽に楽しめる範囲の事しか書かれていない。
何を書いて何を書かないかというのが徹底されているように感じた。この日記を読んでいて不思議と安らぎをおぼえるのは、その取捨選択が絶妙だからなのかもしれない。
私はまだ『苦役列車』しか読んだことがないが、その時に感じた面白みを本書でも得られたのが良かった。
言いたい放題なところも好意的に見てしまう憎めなさがある。でもこれはおそらく好みが分かれるのだろうとは思う。
『小銭をかぞえる』は、不快な男が出てくる小説だと女性読者から猛抗議がきたとか。どのくらい酷い男なのか、早く読んで震え上がりたい!(買ってある)
大濱普美子『猫の木のある庭』読了。
装幀に一目惚れして手に取ったが、中身も好みだった。六編の幻想譚が収められている。
静かで息を潜めたくなるような空気感の中、整った美しい文章が続く。静止した水面にひとしずくの違和感が落とされるような感覚があり、次第に波紋が広がっていく印象を受けた。
登場人物は様々な年代の女性であり、闇とまではいかずとも、それぞれ言葉にできない何かを抱えて、どうしようもないまま生きている。
六編どれも甲乙つけがたい。
猫と暮らす話、靴に取り憑かれる話、姉一家と人生を共にした話、魅力的な女に出会った話、赤ん坊の話、母の遺作の話。
よく考えるとひとつも自分と共通点はないのだけれど、その姿に共感を覚えるのが不思議だ。
人間のやることは、理由のあることばかりではないと思うし、世の中には説明できないこともきっとある。
スッキリしない微妙な気持ちを持ったまま生きて死ぬことも、恐れないでいいのではないかと思える。
(時々TLを覗きにきてリアクションするのを楽しんでいます。普段は個人サーバーのほうにいます)