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それでも──
ZarameP「…次出したい曲があるんですけど、出演する時にその曲の告知もしていいですか」
使える武器はなんでも使おう。
自分の『曲』を聴いてもらうためだと、ZaramePは割り切った。

しかし、取材やメディア露出といった仕事で多忙になり、彼女が曲を作る時間はどんどん減っていく。
ZarameP「……私、なんのために活動してるんだっけ」

テレビ収録から帰宅後──
すっかり夜になっていた。
早く帰って今日こそ作曲に取り掛かろうと帰路についた。
歩道橋の階段を降りたその時─

突如、何者かに背中を押された。
みりあは仰向けで倒れ、転がるように階段を転げ落ちた。
みりあ「ぅ…………ッ………」

全身の痛みで意識が朦朧とする。
誰が突き飛ばしたのか、確認する間もなく意識を手放した─────

翌日、その件がニュースとして報道された。
アナウンサー「昨日未明、人気ボカロP ZarameP 本名立花みりあ さん(22)が歩道橋の階段から転落し、意識不明の重体となっています」
「捜査関係者によると、男性が立花氏を階段から突き落とし、その場から逃げているところを複数の通行人が目撃しているとのことです」

数日後、立花みりあを突き落とした容疑で男性が逮捕された。
取り調べに対し男性は「最近自分の許可なくメディア露出が多いのが許せなかった」と供述した。
しかし警察が調べたところ、男は立花みりあの関係者ではなく、ただの一ファンだったことが明らかになった。

この後、意識が回復した立花みりあは、TOTを辞退し、療養のためTouTubeの活動を休止することを発表した。

リルル「──以上、本日のゲストはあっくんでした♪みんなおつリル〜♪」
あっくん「皆様、ご視聴ありがとうございました♪」

今日の配信のコラボ相手だったあっくんとの挨拶を終えた水母リルルこと古泉瑠璃。
本来なら今日のコラボにゆうちゃむも混ざる予定だったが、彼女は例の炎上で音信不通になり、それが叶わなくなった。
安否の確認しようと何度か連絡をしたが変わらず返事は来ていない。
友人として、せめて無事であってほしいと心から願っていた。

彼女だけではない。立花みりあや横田百連撃もTouTube活動によって不幸が起きている。
親しい人たちそのような目に遭うのはとても悲しかった。
しかし、同じくTouTube活動をしている彼女も他人事ではない。

瑠璃は悩ましげな顔で自身のチャンネルのアナリティクスを見ていた。
瑠璃「だんだん再生数が減ってる…やっぱりあの時の炎上で……」

瑠璃は1ヶ月ほど前に、暴露系インフルエンサー沢沢モレソにより年齢をバラされていた。
自身の年齢は水母リルルを推していたファンたちにとって受け入れ難いものだったのだろうか、数々の非難の声があがった。
今でもあれらの発言を思い出すと目眩を起こす。
しかし1番問題なのは、ファンに受け入れられなかったことではない。

「これじゃあTOT優勝できない。私にはどうしても叶えたい願いがあるのに…」
古泉瑠璃が叶えたい願いとは、【自分を捨てた元恋人たちへの復讐】。

瑠璃はこれまで、結婚を誓い交際した男性が3人ほどいたが、全員が若い女性に心を奪われ、自分の元を去っていった。
いつか家庭を持つことを夢見て恋人に尽くしてきたが、5年前に振られたのを最後に瑠璃は独り身になった。

そんな彼女にとって、年齢を理由に見限られることは1番辛いことだった。
瑠璃「また年齢のせいで大事なものを失っちゃうの……?」
「私の…私の大事な時間を奪った男たちに復讐できてないのに……」
「そんなの嫌だわ。私より不幸になって、苦しんでもらわないと割に合わない」

「……不幸?」
瑠璃は自身の言葉に疑念が沸いた。
「私って、今不幸なのかな」

翌日、夜──
退勤後、入院していたみりあへのお見舞いに行った帰りだった。
瑠璃は「今日は雑談でもしようかな─」と、疲れからか無意識にリルルの時の口調で呟いた。
その時───

瑠璃の頭に強い衝撃が走った。

あまりの衝撃に瑠璃は意識が朦朧とし、後頭部を押さえて倒れ込んだ。
後頭部に鈍い痛みが走る。自分は殴られたのだと自覚した。

頭を押さえながら振り返ると、そこには中肉中背の見知らぬ男性が立っていた。
その男の顔は怒りに満ちていた。
男性「リルルたゃは女子高生だ…こんな、こんな年増の女じゃない!」

男は瑠璃に掴みかかり、押し倒した。
瑠璃「いやっ…やだ、誰か──!」
中年「お前がリルルたゃの声を出すな!お前はリルルたゃじゃない!」

男は持っていた鈍器で瑠璃を再び殴った。
その言葉で瑠璃は理解した。
彼は水母リルルのリスナーなんだ。
リルルを演じている人間が、本物の女子高生だと信じ込んでいたんだ。

彼は何度も瑠璃の頭部を鈍器で殴りつけた。
何度も。何度も。何度も。

自分の崇拝していた少女の、理想とそぐわぬ部分を消そうとした。
強烈な痛みで意識を手放しそうになりながら、瑠璃の頭の中に、水母リルルとして活動していた頃の記憶が流れた。

リルルが登録者数1000人以下の時代から応援してくれていた人たち。
TouTubeをきっかけに生まれた繋がり。
炎上した時も「年齢なんて関係ない」「リルルちゃんの人柄が好きだ」と言ってくれたコメントがいくつもあったことを思い出した。

そうだ。
私は不幸なんかじゃなかった。
幸せだったことを自覚できてなかっただけだ。
復讐に囚われて、数字や否定的な意見ばかりを気にするようになってしまっていた。
これはそんな私への罰なのだろうか。

私を殴っている彼も、水母リルルを愛していた者の1人だ。
私の迂闊さで、彼の夢も壊してしまった。
本当にごめんなさい。
もし叶うなら、みんなが愛してくれた水母リルルは、どうか生き続けてほしい。
瑠璃はそう願いながら、意識を手放した。
─────────────

『東京都○○区で、40代の女性が集合住宅の路地で頭から血を流し倒れているのが発見されました』
『女性は鈍器のようなもので頭部を複数回殴られており、意識不明の重体です。犯人はいまだ見つかっておらず──』
古泉瑠璃が暴行された事件を見て、彼女と面識のある者たちは驚いた。

そんな彼女の不幸が報道された夜、“それ”は動いた。

『みんな今日もお疲れ様。最近ずっと寒いよね。
さぁて、今日は雑談配信をしていくよー』

旧惑星「そんな、どうして…」
自身の経営する店のお客であった古泉瑠璃の不幸の報道に、旧惑星こと九星 護大悟は愕然とした。
瑠璃とは親しい間柄だったことに加え、『女性』が不幸に遭ったという話は彼の心を痛めた。
旧惑星「やっぱりこの国が変わらないと、そのためにも優勝しなきゃ……」
旧惑星は強く拳を握った。

フォロー

それらの内容は、昨日護大悟が目にしたものより強い恨みが吐かれており、中傷的な内容も多く見られた。
この記事は、モレソが印象操作のためにSNS上の批判的な意見のみを抜粋し、大袈裟に書いたものである。
だが、インターネットを始めて日が浅い旧惑星には、それを虚構と見抜く力はなかった。
これが世間の総意なんだと本気で思い込んだ。

その日の夜、旧惑星は一本の動画を載せた。
旧惑星「旧惑星です。今ネット上で言われている自分の性別の件について、お話ししたいと思います」

その後は、ファンや関係者に対する謝罪、自分の性別を明かさなかった理由や経緯を事実のまま述べた。
そして──
旧惑星「何にしても俺は自分を好きでいてくれたたくさんの女性を悲しませた。その責任を取るべきだと考えました」

「本日より、TouTube活動を引退させていただきます」

数日後─
旧惑星は声帯の手術をした。
自身を『男』たらしめていた、多くの女性を傷つけた声を完全に消した。

もう2度と世間を沸かせたあの声は戻らない。
彼にとっての、TouTubeとの決別となった。

旧惑星のチャンネルが更新されることはもうない。
それでも護大悟は、そのチャンネルを消すことはなかった。

多くの誹謗中傷コメントの中に混ざった
「男でも女でも旧惑星さんが大好きです」
「いつも元気もらってます」
と言った、最後まで旧惑星を応援してくれた人たちの声までは、消したくなかったからだ。

『【悲報】 ストリーマーMinato 浮気か』
そんな文言と共に投げられたSNSの記事。

これで何回目だろう。事実無根のスキャンダルで炎上させられるのは。
Minatoは大きなため息をついた。
Minatoこと湊 ネオは、TouTubeを始めてから一度も彼女を作ったことはない。

れどころか、女性関係で良からぬ噂を立てられないようプライベートで女性と2人きりになる状況はなるべく避け、大学の親しい友人を挟むようにしている。
Minato「なのになんでこんな噂が立つんだよ〜! 」

このように炎上に悩まされるようになったのも、プライベートの振る舞いに気を遣わなければいけなくなったのも、
元を辿ればTouTubeチャンネルの登録者が増えすぎたせいだ。
監視の目が増え、自身の言動に厳しい目が向けられるようになった。

応援してくれるリスナーの期待には応えたいが、元々TOT優勝への意欲がそこまで強くない。
コスプレイヤーとしての活動もメインに置きたい気持ちもある。
Minatoにとって今の状況は息苦しいものだった。

──翌日、
Minatoは動画編集の合間にSNSを開いた。
自身の作ったVtuber『みなとちゃん』のアカウントの呟きを確認する。
みなとちゃんの配信やSNS更新はMinatoが全て行っていたが、活動両立のため友人である“雲雀”にそれらを任せるようになっていた。
それがリスナーにバレた様子は特にない。

Minato「これは……」
Minatoはみなとちゃんの数日前の呟きに目を止めた。

このポストが投稿された前日は、Minatoが事実無根の女性問題で炎上した日だ。
その翌日にみなとちゃんからのこのような呟き──
察しのいいリスナーからは「Minatoが自身の炎上をネタにしている」と取られるだろう。

《湊の家》
Minato「この呟きヒバリだろ?こういうネタはやめとこうぜ、誰がどう見るか分かんねーし…」

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