TOTの開催が宣告され、ゆうちゃむがTouTuberデビューしてから数ヶ月──彼女はSNSにてエゴサーチをしていた。「はぁ?なんでこんなことで炎上すんの。暇人ってホント細かいとこ気にするなぁ〜」
ゆうちゃむのTouTubeチャンネル『ちゃむch』は、破竹の勢いで登録者を伸ばしていった。しかし、登録者が増える度にまとわりつく『アンチ』の数も増えていく。自分のチャンネルは他のTouTuberに比べても、アンチの母数が多いということは自覚していた。
ゆうちゃむの中でその理由は確定している。冴えない人生を歩む者たちが、自分の成功に嫉妬し、恨みつらみを吐き散らしているのだ。昔からそのような嫉妬は多少なりぶつけられてきた。そのような悪意に心を乱す必要はないことも、ゆうちゃむは理解していた。
「今度こそ成功するんだ……」優勝を夢みるゆうちゃむの脳に、過去の記憶が蘇る。─────────
『ゆうちゃむ』こと佐々木 真由は、幼少期から容姿の良さで周囲から持て囃されてきた。そんな彼女は高校生の頃、都会に遊びに行った時に芸能事務所の人間からスカウトを受ける。
『まゆゆ』という芸名で読者モデルデビューした真由は、それを学校の友人たちに伝えた。「すごー!真由有名人じゃん!」「いいなー美人うらやま〜」
周囲の人たちから向けられる羨望に、真由は心が満たされた。自分の美しさは学校の範囲に収まらない、世間に通用する美しさなのだと自負するようになった。しかし、読者モデルとしての活動は真由が思い描いていた方向にはいかなかった。
読者モデルの世界には、彼女と同等、いやそれ以上に容姿の優れた女の子が何千人といた。特別だと思っていた自身の美しさが初めて埋もれる経験をした。真由にとっては人生最大の挫折である。
モデルとしての活躍が期待できなくなると、周囲の人間は真由を持て囃すこともなくなった。中には、そんな彼女を陰で嘲る声もあった。真由は焦った。今更一般人の生活に戻れば、華々しい生活とは正反対の惨めな人生を歩むに違いない。自身の未来に大きく期待していた真由にとって、それは許されざることだった。
自身の価値を高めようと、運動や、健康的な食生活、スキンケアやメイクの勉強は欠かさずやった。高いお金をつぎ込み、美容整形にも踏み込みんだ。しかしそれでも彼女がモデルの世界で輝くことはなく……20代半ば。読者モデルの世界では“ベテラン”とされる域に達した頃、彼女はついにその道を諦めた。
そんな経験をして数年、彼女の野望を呼び覚ました企画が『Top of the Tube』だった─────
TOTを優勝した際のゆうちゃむの願いは【売れること】。現在のゆうちゃむのチャンネル登録者数198万6782人は、十分にその願いを果たしていると言えた。しかし、長年の挫折で満たされなかった彼女の欲望はさらなる高みを求めた。
「手頃にバズるには強めの発言をしていかないとダメだよね〜…」それからのゆうちゃむは過激な発言が目立つようになった。その中には、人気急上昇中のライバルたちを貶める発言も多くあった。
「身長175cm以上ない男は人権ないよ𐐃 ·̫ 𐐃」「ZaramePってボカロPなの?知らなかった笑 曲より自分を売ってない?」「女子で脱毛しない女とか美意識低すぎ(笑)恥ずかしくないの?」
それらの発言は、ゆうちゃむに関心のなかった者たちの目にも止まり、彼女に敵意を向ける者たちの数が増えていった。数を増やしたアンチたちは、ゆうちゃむを貶めるための弱みを探り、暴いていった。
【ゆうちゃむ、名もなき読者モデルだったwww】
そんな文言と共にSNS上で明かされていくゆうちゃむの経歴。
『整形疑惑アリ。過去の写真と見比べ豊胸手術をしている可能性大(B→H)』『鼻整形。唇ヒアルなど』『年齢詐称?モデルの活動期間から考えると現在28歳説濃厚!』
ゆうちゃむ「なんだよこれ!誰がこんなもの見つけたんだよ……!」ゆうちゃむのアンチたちは、それらの情報を武器に『ちゃむch』のコメント欄やゆうちゃむのSNSアカウントに誹謗中傷のコメントを書き込んだ。
今までの嫉妬に満ちただけの誹謗中傷とは違い、自身の劣等感を刺激していくそれらの言葉はゆうちゃむの心を蝕んだ。
それから数日後、ゆうちゃむのチャンネルやSNSアカウントは、なんの予告もなく突如閉鎖された。一時の名声を得て転落したゆうちゃむのその後を知る者はいない。
「所詮は量産型配信者」とアンチから捨て吐かれ、彼女のその後を知ろうとする者はいなくなった。
chapter2 END
自分の作った曲を全世界の人に知ってもらう。それがZaramePこと立花みりあの夢だった──
初めて動画を投稿したのは高校の頃。引きこもりがちだった彼女の唯一の自己表現が『音楽』だった。しかし、無名の彼女の曲が人々の目に留まることはなく、ボカロPとして大成することのないまま社会人になった。
そんな中で知った『Top of the Tube』の存在。自分の音楽が周知されれば、正当な評価をもらえるかもしれない。そんな淡い期待を抱き、ZaramePはTOTへの参加を決意した。
─────瑠璃「『かすてら』、私の職場でも聴いてる子が多いみたいなの。若い子の間で流行ってるそうよ」嬉しそうに報告する女性は、みりあの母の友人、古泉瑠璃だ。『かすてら』はみりあが一ヶ月前に出した新曲だった。
みりあ「そうなの?確かに今まであげた中でも1番伸びたけど…」瑠璃「本当にいい曲だもの。やっぱりみりあちゃんは才能あるのよ」みりあは嬉しくなった。TouTube活動に専念するようになってから、曲の再生数は増え、登録者数も増えてきた。
しかしこれは音楽への純粋な評価だけではないことを、みりあは悟っていた。というのも、みりあは自身の登録者数を増やすために、人気のTouTuberに倣ってゲーム実況やVlogで顔出し配信などを行っていた。
チャンネルのアナリティクスを見ると、新曲よりもそういった実写動画の方が需要が高いことがわかった。
学生時代から発達した身体を同年代の男子に揶揄われ、嫌な思いをしてきたみりあにとって複雑な気持ちではあったが、これをきっかけに自身の音楽に興味を向けてくれるならと、容姿を武器にする覚悟を決めた。それに、卑しさのない容姿への肯定的なコメントは素直に嬉しかった。
そこから2ヶ月後──
ZaramePの新曲『Zaratto』が異例のバズりを見せた。いろんなインフルエンサーが『Zaratto』を歌うようになり、ショート動画の音源としてインターネットユーザーの間で流行した。
流行を嗅ぎつけたテレビ曲から、ZaramePへの取材が申し込まれた。ZaramePは最初躊躇いながらも、『Zaratto』のブームが後押しされればと思い引き受けた。しかし、メディア露出で話題になったのは曲よりも自身の容姿に関することであった。
彼女を取り上げた記事やテレビの見出しは『可愛すぎる音楽クリエイター“ZarameP” 』『話題の美人ボカロP、ZarameP 年収は?恋人の有無は?その素顔に迫る!』と曲よりも本人のパーソナルな部分を取り上げた内容ばかり。しまいには情報雑誌の出版社からグラビアの仕事依頼まで来た。
それでも──ZarameP「…次出したい曲があるんですけど、出演する時にその曲の告知もしていいですか」使える武器はなんでも使おう。自分の『曲』を聴いてもらうためだと、ZaramePは割り切った。
しかし、取材やメディア露出といった仕事で多忙になり、彼女が曲を作る時間はどんどん減っていく。ZarameP「……私、なんのために活動してるんだっけ」
テレビ収録から帰宅後──すっかり夜になっていた。早く帰って今日こそ作曲に取り掛かろうと帰路についた。歩道橋の階段を降りたその時─
みりあ「きゃ──…」
突如、何者かに背中を押された。みりあは仰向けで倒れ、転がるように階段を転げ落ちた。みりあ「ぅ…………ッ………」
彼は何度も瑠璃の頭部を鈍器で殴りつけた。何度も。何度も。何度も。
自分の崇拝していた少女の、理想とそぐわぬ部分を消そうとした。強烈な痛みで意識を手放しそうになりながら、瑠璃の頭の中に、水母リルルとして活動していた頃の記憶が流れた。
リルルが登録者数1000人以下の時代から応援してくれていた人たち。TouTubeをきっかけに生まれた繋がり。炎上した時も「年齢なんて関係ない」「リルルちゃんの人柄が好きだ」と言ってくれたコメントがいくつもあったことを思い出した。
そうだ。私は不幸なんかじゃなかった。幸せだったことを自覚できてなかっただけだ。復讐に囚われて、数字や否定的な意見ばかりを気にするようになってしまっていた。これはそんな私への罰なのだろうか。
私を殴っている彼も、水母リルルを愛していた者の1人だ。私の迂闊さで、彼の夢も壊してしまった。本当にごめんなさい。もし叶うなら、みんなが愛してくれた水母リルルは、どうか生き続けてほしい。瑠璃はそう願いながら、意識を手放した。─────────────
『続いてのニュースです』
『東京都○○区で、40代の女性が集合住宅の路地で頭から血を流し倒れているのが発見されました』『女性は鈍器のようなもので頭部を複数回殴られており、意識不明の重体です。犯人はいまだ見つかっておらず──』古泉瑠璃が暴行された事件を見て、彼女と面識のある者たちは驚いた。
そんな彼女の不幸が報道された夜、“それ”は動いた。
『プランクトンのみんな〜こんリル〜!』
『みんな今日もお疲れ様。最近ずっと寒いよね。さぁて、今日は雑談配信をしていくよー』
chapter4 END
旧惑星「そんな、どうして…」自身の経営する店のお客であった古泉瑠璃の不幸の報道に、旧惑星こと九星 護大悟は愕然とした。瑠璃とは親しい間柄だったことに加え、『女性』が不幸に遭ったという話は彼の心を痛めた。旧惑星「やっぱりこの国が変わらないと、そのためにも優勝しなきゃ……」旧惑星は強く拳を握った。
百連撃、ゆうちゃむ、ZarameP────相次ぐ顔見知りの不幸に、Minatoや餅付食人は『人気者』の代償を強く意識した。Minato「このままでいいのかな、オレ…」餅付「でも、せっかくこんなだけの登録者がいるのにやめるわけには…」それとは対照に、自分に自信を持って活動を続けるあっくん。
TOT開始から4カ月、TOTに参加するTouTuberたちの様々な思いが錯綜した。
モレソ「モモモ!人気者が落ちぶれるのたまんねぇレソ!次は誰が燃えるかな~」
???「おいおい、あんまり遊びすぎるなよ。モレソ」
前編 END
護大悟「よし、あとは音源提出するだけだな」動画制作がひと段落し、旧惑星こと九星護大悟は腕を大きく伸ばした。
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自分の崇拝していた少女の、理想とそぐわぬ部分を消そうとした。
強烈な痛みで意識を手放しそうになりながら、瑠璃の頭の中に、水母リルルとして活動していた頃の記憶が流れた。