屋外。樹木や枯葉。うす暗い場所。
「彼」は生活の大部分をそこで遊び過ごしている。〈記憶の森〉と呼ばれる場所で。
視界を横切るのは、動物の死骸を漁るカラスだろうか。
"でも、ここはぼくの家じゃなくて、ただの汚れた影だ。キッチンに足を踏み入れ、もう一度自分に言いきかせる。
ここはぼくの家じゃない。"
(角川文庫「チェス盤の少女」(2020) サム・ロイド 大友香奈子 訳p.21)
イギリスの作家サム・ロイドのデビュー作《The Memory Wood(記憶の森)》が私はわりと好きで。
でも嗜好に合いそうな人に和訳の方をおすすめしようと思うと、「チェス盤の少女」……という何ともいえない邦題を示さなければならないのが難儀なのだった。
大友香奈子氏による翻訳、別に本文の訳には大きな違和感を抱かなかったので、尚更タイトルがもったいない気持ちになる。
確かに語り手のひとりである少女はチェスに情熱を注いでいるし、それが印象的な場面もあるけれど……
どちらかというと昔話に登場するような深く鬱蒼とした森と、設定は現代であるはずが、どういうわけか奇妙に幻想的かつ古びた名前を持つ諸々の要素が印象的。
その上で架空の誘拐事件が取り扱われており私は好き。
一応ジャンルはサスペンス・スリラー。
『独裁者の料理人』(ヴィトルト・シャブウォフスキ著、芝田文乃訳)を読みました。
サダム・フセインやポル・ポトなど、20世紀の独裁者に実際に料理人として仕えていた人々へのインタビュー。よく見つけ出してこれだけの取材ができたなぁと思います。生き残るためには、料理の腕がいいだけでなく、賢くて機転がきく必要があったことがよく分かります。彼らが独裁者にどんな料理を供したのか、簡単なレシピ付きで説明があり(本当に簡単で材料の羅列レベル)、贅沢な料理というより地元の素朴な料理が好まれるケースがわりと多くて印象的でした。美味しそうではあるんですが、暴力や飢えや死に怯える緊張感の中で出てくるので、読んでいてお腹がすく本ではないです。
#読書
大澤千恵子『〈児童文学ファンタジー〉の星図 アンデルセンと宮沢賢治』を読み終わる。
著者が「星図」と称して抽出した要素には、題で名前を挙げた2人の作品を並べたとき見出せる関連……自尊感情、宗教、他者愛などがある中で、私はずっと「あこがれ」というものについて考えていた。
個人的に、彼らの描くあこがれの様相に共通点を見出していた。
"あのりっぱな堂々とした鳥のところへ飛んで行こう! だけど、こんなみにくい僕みたいなものが、遠慮なく近づいていったら、殺されてしまうかもしれない。でも、かまわない!"
(H・C・アンデルセン「完訳 アンデルセン童話集(二)」大畑末吉訳 岩波文庫 p.141)
"お日さん、お日さん。どうぞ私をあなたの所へ連れてって下さい。灼けて死んでもかまいません。私のようなみにくいからだでも灼けるときには小さなひかりを出すでしょう。どうか私を連れてって下さい。"
(宮沢賢治「よだかの星」青空文庫より)
自分の命(寿命)と引き換えにしても、そこに行きたい。
結果として死んでしまっても構わないから手を伸ばしたい。
それくらい強い思いが『木の精のドリアーデ』や『人魚姫』にも描かれている。アンデルセンの読者だった賢治へと受け継がれていったものや、影響についてなんとなく想像した。
気温が下がった。今!
という勢いで一緒に買ったTWG シンガポールブレックファストをば。
私が利用した店舗では50gから茶葉の量り売りあった。
紅茶と緑茶のブレンドをベースとしてオレンジピールやシナモン、ショウガ、クローブなど各種香辛料の風味があるものの、強い刺激や重たさとかは全然なくて、むしろ全体的にはまろやかでさえある。甘みも。
後ろの方にバニラが控えめに。
飲むと身体が温まる感じ、する。
この北半球にいて、南十字星(Southern Cross)を拝める場所というのはさほど多くない。たとえば沖縄、八重山諸島の方まで下らなければ、大抵は地平線の向こうに隠れてしまっている。
けれど坂出にはとある「南十字星」が存在していて、ひっそりと人間を招いているのだった。
喫茶店。
店名はコーヒーラウンジ サザンクロス。
暗くなると赤く発行する看板の文字に、ガラスケースの中の食品サンプル、レンガ風の細めの階段……ダートコーヒーのマーク。屋根付きの商店街にあってその店舗部分は2階になる。
何とも言えないフォルムの椅子には印象に残る趣がある。海や畑や宇宙から疲れて帰って来た人を、そっと受け入れてくれるような形。ほとんど黒に近い深緑色も目を優しく癒してくれる。
椅子は硬そうな感じもあるけれど、座ってみると硬くない。
クリームソーダはアイスが山盛りだった。
"「よろしゅうございます。南十字(サウザンクロス)へ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。
カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。"
……宮沢賢治「銀河鉄道の夜」青空文庫より
https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/456_15050.html
現時点でまったく知らないジャンルなのでかなり気になる。物語としても時代・社会の背景から考えるのも >BT
見てみようかな!
定期的に飲みたくなって帰ってくる
TWGの1837 Black Teaをいれる夜。
ほのかなキャラメルやベリー系の香り。砂糖やミルクを加えるのも好き。
本当は焚き火のそばで味わいたい系統なので、ちょっと時期尚早だったかも(9月下旬なのにまだ全然蒸し暑いよー)
世には焼かれたオムライスなるものが存在しているのだと知って、食べに行ってみた2件……
(1)こぐま[曳舟]
卵部分がしっかりめに焼かれているタイプで、チーズ要素あり。セットに小鉢とミニスープがついてくる。ミルクティーフロートを一緒に頼んだら不思議なくらいよく合った。
店内の椅子と机が昔の小学校のやつみたいなので、トレーが運ばれてくると雰囲気がすごく給食。おもしろい。
(2)カフェサロンソンジン[センター北]
卵部分がなめらかでとろみがある。
まるで器自体が鉄板のように熱を持っていてジュウジュウ音がし、早めにスプーンでライス部分を削っていかないと焦げ付いてしまうくらいの熱さ。
このボリュームにパンケーキセットなんて無謀だろ! と思いつつも空腹だったので注文したら一瞬で胃袋に消えた。おいしかった。
私はどうやら、ケチャップライスの部分に鶏肉が含まれていないオムライスが好き……かもしれません(まだ何が好きか模索中)
#オムライス #散歩
あと海外文学、日本語版がもう絶版になってしまった小説でも図書館に行けば手に取れるのがありがたく、原著が英語であれば読めるので(今って電子版の洋書をすぐ買えてしまう……)ひとまず勝手に訳す→答え合わせのつもりで図書館にて日本語版を確認、というのをたまにやっている。
それが母語でも第二言語でも、「普通に読めはする」からといって言語自体によく通じているわけでは決してないから、自分が原著に触れた際の感じは大切にしつつプロの翻訳者がどんな風に訳しているのかは見ておきたい。
ごくまれに、その訳し方では意味が通らないのでは……とか、いやここは明らかに要素を見落としている、と感じる箇所にも出会うけれど、もちろんただの好みの問題の時もある。
そして結局、訳する(という、本質的にはできるはずのない)行為の困難さを考える。
翻訳者というのは不可能に挑み続ける宿命を背負った人たちなのだな、とも。
いつものごとく中央図書館(横浜)に行ってまた10冊借りてきましたが、足を運ぶたびに「歓喜の狂い」に呑まれて奇行に走りそうになるので、相当に自我を強く保たないとあぶない。
「ひゃっ166万冊以上! 166万冊以上の本がここにおさめられていて、自分はその多くを閲覧でき、さらに多くを借りられる……無料で……無料、で……」
という感動があまりに大きすぎるため、いつも読みたい本に溺れながら泣く。嬉しくて。
一生かかっても全てには触れられないだけの量の知がそこにあること、本当に救い(何か夢中になれるものが途切れると一気に『人生の続行が面倒』になってしまう性格なので)(難儀だね)
能取岬(のとろみさき)灯台。
近代遺産の大きな魅力は、それ自身の「職務」と「外観」がもうガッチリ結びついていて不可分なところ……だと思っている。
個人邸宅とはまた違った魅力。家よりも限定して、特定の目的のために働くものとしての構造がそう感じさせる。
特に灯台は立地も相まって、なんというか背中に声を掛けるのをためらってしまうような佇まい。
目立つしましまの柄の服を着ている。
主には海を渡る人々のための指標であるはずが、陸の側から見ても、そこにいてくれると安心する存在である。
大正6年に建てられた能取岬灯台には、昭和23年の頃までは宿舎に灯台守さんがいた。
面しているオホーツク海が流氷により閉ざされ、船舶が航行困難となる時期は、おやすみを取っていたらしい。とても寒そうだ。やがて無人化し、灯台はひとりになった。
後で向かった近隣のオホーツク流氷館では流氷が立てる音の録音を聞いたのだが、押し寄せる流氷がぶつかり合うと、何かのうめき声のように聞こえる。低音の唸り。
市川春子の漫画「宝石の国」の世界で、重なり合った氷のきしむ音が声に聞こえる、という描写を読んでいたのを思い出した。本当にそうらしい。
河出書房新社「塵よりよみがえり」
レイ・ブラッドベリ 中村融訳
先日手に取った、同著者「何かが道をやってくる」でも描かれていた〈秋の民〉。邪悪な存在と推測され、魔力を持ち、死なず永遠に存在し続ける闇の住民たち。
ジムとウィルにとっては、彼ら家族と町をおびやかした、恐ろしいものだった。
どうやら「塵よりよみがえり」の方では、この秋の民の一族から見た情景や、さらにその屋敷に置き去りにされた『普通の人間』……魔族に育てられたティモシーの物語が描かれていると分かる。
不思議な能力を持った彼らと同じようになりたい、と無邪気に願い、けれどその本質を深く知っていくことによって、やはり人間として生き、死にたいと願うティモシー。
でも一族の滅びを前にして、彼の心には皆に愛された事実が残っていた。
〈秋の民〉一族は通俗的な善と対照的なようだけれど、不思議なことに、一部の幽霊のような存在は『不信心者の数が増えるほど存在を保てなくなる』みたいだ。反対だと思っていた。
光を信じる者がいなければ影も存在できず、光など虚無だと打ち捨ててしまう世界にはもはや闇の入り込む余地もない。そういう点で、虚無主義に抗おうとする作者の意思も伺える。
その鍵となるのはやはり『記憶』や『記録』なのだった。
それから、言わずと知れた網走監獄の敷地内に立ち並ぶ建物群の豪華さ……。
7月半ば頃に見学して、広大な敷地を長く歩き回っていたら、気を付けていたのに軽度の熱中症になりました。夜に発現した症状がしんどかった。
写真は
表門(大正11年完成)
旧庁舎(明治45年と大正元年に再建)
教誨堂(明治45年に再建)
明治42年に発生した大火で多くの棟が被害を受けており、その後に復旧された建物の数が多い。近隣の山火事からの飛び火が原因と言われている。
このとき大火に乗じた脱獄者の数は、0人。収監者は743名いた。脱獄を試みる人間の数は普段からそれなりにいたが、この時は静かだったもよう。
放射状官房で脱獄王(通称)白鳥由栄の肉声が聞けるコーナーがあり、興味深かったので3回くらいボタン押して再生した。年老いてから録音された声なので全盛期の様子は分からない。
体格の大きな人物だとは聞いていたけれど、素手で手錠を捻じ曲げられる腕力は、一体どのようにして獲得するものだろう。
いわゆる官庁舎に洋風の意匠を取り入れる明治期のならいで、監獄とつく場所であっても主要な建物にはシャンデリアボックスや、手の込んだレリーフ、めがね石ほか各所に装飾が施されている場所も多く、毎度のことながら見ていて心躍る。
恒例の建築見学
網走市立郷土博物館の建物が素敵だった~
設計を手掛けたのは田上義也。
彼はかつて、旧帝国ホテル中央玄関も手掛けたフランク・ロイド・ライトに師事し、その建築事務所で働いていた。
この網走市郷土博物館(前北見郷土館)にも影響がみられ、国内に現存するライトの建築を見学してから赴いたのでさらに面白かった。
幾何学的な意匠は場合によって単調になってしまう運命を背負っているけれど、彼らの作品からは視覚的な退屈を感じない。
また内部では落ち着いて過ごしやすい。
このあたりは鑑賞者・訪問者の好みにもよるので、私は同系統の建物が好きなのだと思う。
いつも雰囲気が気分に合う。
線路を渡った先で右折し、坂道をのぼっていくと、アーチ状の建物正面の背後に赤いドームが見える。
立つ位置を変えると灰青色やクリーム色の柱部分がわずかにきらきら光るのは、正方形のタイルを思わせる素材がそれらの表面を覆っているからかもしれない。
館内を探索していて出会った螺旋階段の周辺は建物が持つ良さの「極致」というか……中心部にあるそれに各要素が集約されるようで、一般人は上へあがれないのに鎖を引き千切って駆け上りたくなった。
階段を支える部分、そのぬるっとなめらかな曲線は周囲の造形から際立っている。
都市・市街地といえば、紹介した作品とは全く関係のない話で。
もうだいぶ前(10代の頃)にまあまあな早朝、朝4時くらいにちょっと用事があり、東京の新宿を歩いていた。
駅からは少し離れた、方角的には初台の方面に近い大きな道路沿い。狭い路地などではない。
そこで確か信号待ちをしていて、自分から少し離れた位置、植え込みのそばの地面に何かが染み込んでいる気がして、近寄って見たらたぶん血液だった。
相当うす暗いのに黒ずんだ赤い色が視認できたのは、アスファルトだけでなく黄色い点字ブロックの上にもそれがなすられたように付着していたからで、わりかし新しいもののように思えた。
乾ききってはいない感じがした。
かなり謎だったので、しばらくしてから周囲の人に「この前歩道でなんか血だらけの一角を目にして……どういうことなんですかね?」と言ったら、いわく「あ、酔っ払っちゃった人とかが外で転んで頭を打つとたまにそうなってるよ」「深夜を過ぎた街中ではよくある光景」と教えられた。
いや、いやほんとかよ、そんなことが頻繁にあるのかよと思いながらも、まあそうなんだろうと納得しつつたまに思い出す。
上の甲田学人『Missing』全13巻、各話の文章量的なボリュームは決して膨大ではないので気軽に読めるのですが、シリーズものにいきなり手を出すのが億劫だと感じる方には『夜魔』がおすすめかもしれません。
一応「番外編」という位置づけの短編集で、それぞれ単体で面白いので合うか合わないかを判断するのに適していると思います。
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血や肉、痛みなどの描写もあるため苦手な方にはちょっとどうかな……
と頭を捻りつつ、その描かれ方や文章自体、どちらかというと幻想寄りではあります。
都市・市街地での生活にふと侵入する異物、あるはずのない異質なモノが人に「認識」された瞬間、目の前にあらわれる、そこに確かに「在る」様子、それらを克明に言葉で語るのが得意な作家……という印象。私は好きで。