屋外。樹木や枯葉。うす暗い場所。
「彼」は生活の大部分をそこで遊び過ごしている。〈記憶の森〉と呼ばれる場所で。
視界を横切るのは、動物の死骸を漁るカラスだろうか。
"でも、ここはぼくの家じゃなくて、ただの汚れた影だ。キッチンに足を踏み入れ、もう一度自分に言いきかせる。
ここはぼくの家じゃない。"
(角川文庫「チェス盤の少女」(2020) サム・ロイド 大友香奈子 訳p.21)
イギリスの作家サム・ロイドのデビュー作《The Memory Wood(記憶の森)》が私はわりと好きで。
でも嗜好に合いそうな人に和訳の方をおすすめしようと思うと、「チェス盤の少女」……という何ともいえない邦題を示さなければならないのが難儀なのだった。
大友香奈子氏による翻訳、別に本文の訳には大きな違和感を抱かなかったので、尚更タイトルがもったいない気持ちになる。
確かに語り手のひとりである少女はチェスに情熱を注いでいるし、それが印象的な場面もあるけれど……
どちらかというと昔話に登場するような深く鬱蒼とした森と、設定は現代であるはずが、どういうわけか奇妙に幻想的かつ古びた名前を持つ諸々の要素が印象的。
その上で架空の誘拐事件が取り扱われており私は好き。
一応ジャンルはサスペンス・スリラー。