"Shadow Films" by Ben Peek
オーストラリアの作家のノヴェレット(中短編)。
主人公は秘密の仕事で稼いでいる。事前に受け取ったセリフを、映画のエキストラとして撮影されている間にこっそり唱えるのだ。この“影の俳優”業の意義は当人も知らないが、世の中には“影の俳優”に気づく人たちもいた。中にはエイリアンが人間に混じって暮らしている証拠と陰謀論に結びつける動きも。
注意:死や暴力の描写あり。
#鹿の原文読書
https://www.lightspeedmagazine.com/fiction/shadow-films/
ヒューゴー賞ノヴェレット部門をまた一篇読みました。
きわめて直球に、クソな職場でストライキや反乱をやる話でした。
主人公ジュリアは金星の浮遊都市のドームを日々修繕する危険な肉体労働に愛着と誇りを持っていた。だが母親は、現役時代はこの都市の建造に貢献した大物で、ジュリアがこの仕事を続けることに反対していた。そして修理人の労働環境はどんどん悪化していく……。
読みやすく、市民のデモ協力や母親との和解で終わる、希望のある結末です。意外とストレートなハッピーエンドで驚きました。
さほど金星らしさは描かれず、また、ドーム都市を人力でメンテナンスする理屈がさらっとしか語られないため、ちょっと昔のSFっぽい感覚を受けます。
https://clarkesworldmagazine.com/vibbert_06_22/
#鹿の原文読書
"To Catch the Dual Sunrise" by Lyndsey Croal
異星メサで、探査ロボットが朝、ひみつの散歩に抜け出して人間が起きてくる前に星の生態系を予習し、あとで人間と一緒に来たとき「新発見です!」と教えてあげる。
スコットランドの新進作家による、ラブリーな掌編です。こういう人間に好意的なロボット像、ちょっと懐かしい感じ。
#鹿の原文読書
https://electricliterature.com/to-catch-the-dual-sunrise-by-lyndsey-croal/
ヒューゴー賞ショートストーリー部門候補続き。
鲁般《白色悬崖》“The White Cliff”では、白く巨大な崖のある美しい土地で生きる男が、現実には末期ガンでかろうじて生命維持されており、終末期ケアや家族との最後のコミュニケーションのためにこの仮想世界にいることを知るという筋書き。
感想:叙情的で雰囲気はいいのですが、かなりテンポがゆっくりで、意外な展開などはありません。評判のいい作家なので他の作品も読んでみます。
王侃瑜《火星上的祝融》では、人類が去った後の火星に残されたロボット祝融(火の神の名前)が、埋もれていた探査車・共工(水の神の名前)を発掘し、火星の先住生命の秘密を知り、否応なく共工と戦うことに。二者の戦いの痕跡は、1万年後の遠未来に火星の生命の文明の神話伝承に残るのでした。
感想:人間が一切でてこない、非人間知性体があまり擬人化もされない短編です。サイバーパンクっぽかったり壮大だったりするバトル描写もいい感じです。もう少し短くてもいい気がします。王侃瑜さんの最近の作品は、スケールや状況のエスカレーションが大きくて私の好みです。
#鹿の原文読書
ヒューゴー賞ショートストーリー部門を全部読みました。
私の暫定1位は任青《还魂》(還魂)です。“Resurrection”, by Ren Qing, translated by Blake Stone-Banks (初出2020, 英訳2022)
徴兵されて前線に送り出されて亡くなった息子が、破損した脳内チップの断片的な情報を元に再生され、老いた母親の家に送られてきます。これは実験でありサービスで、数週間後には〈回収〉される予定でした。部分的に息子の記憶を持ちつつも怪力や未来予知といった異能を発揮する復活者は、他の村人から激しい嫉妬や恐怖を受け、静かに母親と共に家で過ごします。
戦争や全体主義や強大なテクノロジーのグロテスクさを描いた、悲しい名作です。著者の他作品をもっと読んでみたいと思いました。
江波《命悬一线》“On the Razor’s Edge”
オールドスクールな宇宙SF。2028年、中国の宇宙飛行士たちが国際宇宙ステーションの事故から米国の宇宙飛行士たちを救援する危険な時限ミッションに挑みます。特に予想を上回る展開はなく、ピンチや犠牲がありつつ成功します。唯一の女性キャラクタがほぼ助け出される姫のような役割なのも残念です。
海外のSFF賞候補作の感想は、このタグでやることにします→ #鹿の原文読書
“Murder By Pixel: Crime and Responsibility in the Digital Darkness” by S.L. Huang
#鹿の原文読書
https://clarkesworldmagazine.com/huang_12_22/
ヒューゴー賞ノヴェレット部門候補作。
舞台:ほぼ現代。
あらすじ:
語り手はジャーナリスト。過去の犯罪や不品行を謎のデジタル・ストーカー「シルヴィ」に暴かれ、責められ続けて自死に追いこまれる連続事件を追っている。
恐るべき「シルヴィ」の正体は、大規模言語モデル(LLM)のAIと推定された。だが調査を進めると「シルヴィ」に救われ、支援窓口に繋いでもらった女性たちも次々見つかったのだった。
現にオンラインハラスメントが深刻にも関わらず、各SNSが悪質な投稿を野放しにしているからシルヴィが猛威をふるえるという結論で締めくくられる。問題は人間にあり。
感想:AIその他IT周辺の問題点を総ざらいし、先行事例の豊富なリンクと共に伝える記事風の小説。MicrosoftのチャットボットのTayや女子高生AIりんなも紹介されていた。
丁寧で明晰な現状説明&警鐘だが、少し先の未来にも踏みこんでほしかった。テッド・チャンの「偽りのない事実、偽りのない気持ち」や「予期される未来」を彷彿とさせる。
“D.I.Y.” by John Wiswell
ヒューゴー賞ショートストーリー部門候補。
https://www.tor.com/2022/08/24/d-i-y-john-wiswell/
舞台:資本主義やエリート主義、気候変動による深刻な水不足に苦しめられる街。青春小説×科学のように魔法が機能する世界観。
登場人物:インターネットで独自に魔法研究にはげむキッズのノア(he/him)とマニー(ze/zir)。ノアはケルブ肺と呼ばれる持病を持ち、時おり激しい咳の発作に襲われる。マニーは腎臓の機能に問題があって車椅子を利用している。
あらすじ:
ノアとマニーは、ノアがマニーの弱小Youtubeチャンネルのコメント欄で活発に投稿していたことからリアルで会うようになり、かけがえのない関係になる。2人は大気から水を集める魔術を開発し、特許出願を試みる。
しかし英雄的魔術師ヴェイモン率いるオジマンディアス学園が、市から最安値で干ばつ対策を受注し、治療のために2人の特許出願を否応なしにかっさらっていく。オジマンディアス学園は裕福な一部の市民にのみ優先的にわずかな水を供給した。
だがその後、インターネット上に登録された特許やノウハウの全容がリークされ、水の生成技術は万人のものとなる……。
会社員ときどき文筆業。
Japanese SFF book reviewer & anthologist