みんながほぼ使っているデファクトスタンダードみたいなSNSに一極集中している事は、そこ1つに情報を投下すれば、一応全員に投げたことになるから、そういう意味では効率が良いと言えるかもしれないけれども、これはそのプラットフォームがダメになったとき、一気に全てダメになると言う 高リスク体質とのトレードオフでしょ。それなのに、Twitterに代わる唯一無二のデファクトスタンダードを求めようとするとかheyそれでいいのって感じ。 そういうところがいかにもなんか日本社会っぽい感じで、それなのにそういう湯沢日本の事や政府のことをやったら批判してるのにどうかなーって自分は思ってます。
SNSにコミュニティ的な要素(友達を見つけて仲良く付き合う場としてのSNS)を求めることの切実さは、年齢や地域によって決定的に違うことは理解されてほしい。
地方において、ネットがなければ自分のセクシャリティをオープンにできる友人知人が一生一人もできない可能性は今でも十分にある。私はたまたまカミングアウトされる側になる機会があって一人だけリアル知人にカミングアウトしたけど、それ以外でオープンにしてる友人と呼べる人は(すでに付き合いがない人も含め今までの人生すべてにおいて)ネットで知り合った人だった。これは別に珍しいケースじゃないと思う。
で、カミングアウトしてないと趣味の話題だろうと日常のあれこれだろうと、やっぱり隠さなきゃいけない側面が出てくる。
これは年齢に関わらず、というか年齢ごとにそれぞれ違う「隠した方がいい場面」が生まれるので、クローズドのまま友人を作ることも難しい、あるいはそれに意味を感じられなくなるんだよね。少なくとも私はそうなので、ネット以外で知り合った友達はもう20年くらい一人もいない。ここで楽しくインド映画の話をしてるのはリアル生活でそんな話をできる相手は一人もいないからよ。
Twitterがイーロン・マスクの支配下に入ってから、米国の人たちはずいぶん脱Twitterを進めていて、自分たちのネットワークを構築するのに使いやすいSNSをいろいろと使うようになっているみたいだが(大手以外にも本当にたくさんのSNSがある。日本語圏では知られてないけど)、そんなふうに「SNSを選べる」立場にある人たちとは別の世界に住んでいる人たちがいて、そういう人たちが外部に通じる窓としてTwitterを使っている。例えばガザ地区の英語話者たち。イスラエル軍の爆撃が始まると即座にGaza Under Attackのハッシュタグが流れてきて、それで現地の情報がわかる、というのが、Twitterのハッシュタグができて以来、常態となった。それと同時に、ガザ地区の封鎖はますますアレなことになって、「現地からBBC記者が伝える」ということもほとんどなくなっていて、AJEも支局がイスラエルに爆撃されているし、Twitterがまさに唯一の情報源、っていう。
バーベンハイマーはアジア人軽視でもあるから当然ダメなのだが、一方で「日本の植民地は核兵器のお陰で解放された」という認識が支持され続けているのは日本政府の責任も大きい。
「確かに植民地は悪かった、しかしそれは核兵器を正当化しない」と言おうにも、まず前段の「植民地は悪かった」を断固として言わないんだもん。そりゃ次の話に進めないよ。
https://fedibird.com/@c_ssk/110807763970485092
私がこの認識を強くしたのは、サーロー節子のドキュメンタリーで見たある場面がきっかけだった。
アメリカで核兵器廃絶の講演をして回る彼女に、中国系アメリカ人の学生が「日本は他国に散々酷いことをしたのに、なぜあなたは核兵器の被害ばかりを言うのか。私にとっては戦争を終わらせてくれた必要悪だ。」という主旨の意見を述べる。
学生とサーロー節子は公演後に話す機会を設け、学生も最終的には納得というか和解するのだけど、この時サーロー節子は核兵器を無くすためには核の話だけしていてはダメだ、と強く感じるんだよね。
もちろん論理的に言えば植民地支配と核兵器はまったく別の問題であり、それぞれに悪いし、それぞれに批判すべき。でも日本に対して「どの口でそれを言うんだ」と思う人々がいるのは当然で、それがまた核兵器を正当化したいだけの人に利用されたりもする。
日本政府はそのようなしこりを取り除く努力をしてこなかったし、一方で反核もろくに言ってこなかった。そこには日本政府側の責任がある。 [参照]
#fedibird #fedibird_info 全文検索用のサーバですが、急な話で申し訳ありませんが、メンテナンスに入りました。
本当はまだ始めるつもりじゃなかったんですが、事前準備でいろいろやっているうちに動作に問題がでてきてしまいまして、前倒ししています。
メンテナンス中、全文検索の結果が『このサーバーでは投稿本文の検索は利用できません。』という表示になります。これは一時的なものですので、メンテナンス終了後に再び検索可能となりますので、よろしくお願いします。
なお、昨晩あたりからさきほどまで、ハッシュタグの検索も同様に影響を受け、ハッシュタグ入力中にエラーが出るなどの症状がでていたかと思いますが、こちらは解消していると思います。
メンテナンスは、まずサーバそのものの再構築から始まり、終盤ではインデックスの再作成が行われます。
この再作成は非常に時間がかかることが見込まれるため、全文検索が再開されてしばらくは、直近の投稿以外が表示されない状況が続きます。インデックス作成が進むと、徐々に表示される範囲が拡大していきます。
ということで、しばらくご不便をおかけしますが、よろしくお願いします。
おっほほほほほほほ お姉ちゃんになっちゃう〜😇😇😇😇😇😇😇😇
https://youtu.be/t1eVfVWHHIA
個人的にfateにおける英雄たちとは「人理の陰法師」にしかすぎなくて、ホロアタかどっかで兄貴だかが「英雄はもれなく悲惨な死に様を辿る」的な話をしてたり、「死者は生者に勝つことは絶対なく、その先も干渉し続ける事はできない(つまりこのコンテンツはここで終わるんだよ、という幕引きの通達)」というあくまでいま現在を生きている人たちに過去の残滓は勝ち得ない(それでも美しいものは残るのだ)、というスタンスが切なくもあり好きなのだけど、
それはSNでの「死に向かう少女に向けての餞」という別側面でもあり、
fgoという士郎くんとセイバーというパーソナル関係性の話から放たれた、「英雄たち」にフォーカスを当てた今では、死者は幕引きを持って生者を鼓舞するのではなく、死んでもなお得るものがあり、生き続けるものがあるという新たな展開に目を向け始めたのかな、とメモリアルムービーを観ながら色々考えてた…
そしてそれは神話や寓話という物語の形と相性が良く、メモリアルムービーのあえての平面装飾的な演出は正に!という感じで何度観ても心地よい
8周年メモリアルムービー、英語版あったの…?!!!!:(;゙゚ω゚`):
https://youtu.be/tlj5Z3wWE_U
ついった移行先(暫定)
xfolio https://xfolio.jp/portfolio/aonolime/works
ぽいぴく https://poipiku.com/394942/
通販 https://order.pico2.jp/cradle/