「バカ」としか言いようがない。
五輪招致“黒い工作”疑惑の馳浩知事「機密費でアルバム作成」全面撤回もブログに“証拠”しっかり https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/332365
「私人逮捕系」もとい「自警団系YouTuber」についてのnoteの続編です。
このツイートをRTすると無料で最後まで読めます。
「令和タケちゃん」垢BANの真相~備前県民局に事情を聞いてみた | 烏丸百九@バーチャル評論家
https://t.co/EL42iH3F73
自分だけは完璧であり続けたいと思いすぎると逆にそうでない自分を分裂排除せざるを得なくなる(自分からは見えなくなる)。
情けない欠陥だらけの人間として生きていくしかないじゃん。少なくとも私はそうです。立派な人間にはなれそうにないです。開き直りと言われればそれまでですが。
これでもなるべくは頑張ってるんですけどね。自分に甘い私です。
忌野清志郎 人間のクズ
https://youtu.be/gDQ8RR9AyGA
これもやっぱりある種の投影同一化(または投影同一視)の事を言っているんだと思う。
黒人への差別や分断は、黒人の問題ではなく、白人の問題なのに、恰も黒人の問題であるかのように扱われる。白人の方のニーズがそれを起こしていると言うのに。
この見方は、すべての差別に適用できると思う。差別されている方の問題のように扱われるけれど、本当は差別している方の内心で起きていることに問題がある。「幸福そうにしているアンタは本当に幸福なのか?」という話。
大和人はすぐ周りの意見に同調したがるけど、直接民主主義なんだからその場に様々な意見の人がいて、玉石混淆なのが通常の状態なのよ。「デモは参加したいが左派的な意見に寄りたくない!」というなら日の丸とか持ってけば良いのでは(主催者次第では批判される可能性はある)。
こういう意見たまに見かけるけど、そもそも「デモ」の本質を誤解しているような気がする。組織化していない色々な団体が「ワンイシュー」で団結したら、そりゃ極左から極右まで色んな人がいて当たり前。綺麗に意見が一致してたら”動員”や”工作”を疑うべきでしょ。 https://t.co/u5OU2Mpk78
ちょっと迷ったけど、Twitter民がいかに出鱈目な誹謗中傷を書いていたか記録してあるので、証拠として置いておきます。キツい内容なのでダメージを受けている方は読まないでください。
それLGBTQ関係なくね?~タレントryuchellさんへのバッシングについてhttps://t.co/xl1ovIDoP2
例えば本当に「天皇正反対」のプラカ渡されたなら、断れば良いだけの話ですよね。もしかしてそう言う時に、ちゃんと断れないんじゃないですかね、件の人とか。
だけど、普通、そんなプラカ、渡さないと思うなぁ。勝手に空想の中の藁人形と戦ってるんじゃないですかね、例によって。
「ツイッター運営会社は、捜索令状に関して情報公開を禁止する裁判所の命令について言論の自由を損なう懸念があり、トランプ氏に通知する必要があるとして令状への対応を遅らせたという。首都ワシントンの高裁はこの日、同社に35万ドルの罰金を科す決定を支持した。」
【くま】ちゃんとはらてくれるのかなぞ。
https://jp.reuters.com/article/usa-trump-twitter-idJPKBN2ZL00O?taid=64d45511a74c5f0001797939&utm_campaign=trueAnthem:+Trending+Content&utm_medium=trueAnthem&utm_source=twitter
Twitter、いまはもう「これは言っておかねばならないな」ということだけ言いにいく場所に少なくとも個人アカウントはなっていて、お店アカウントのほうが問題だったりする。でもさすがにもうその時期は近づいているように思える。
とはいえ。とはいえである。
結局のところ、現時点ではTwitterがもはや2ちゃんねると化しているということに気がつかないまま使っている人が大多数であり、そうである以上そこにある程度関与をしていかないと「なんもわからんまま2ちゃんねる化した空気を吸い続ける」人がなんの抵抗もなく増え続けてしまう。となると、Twitterはもはやまともではない(使うべきではない)ということを周知させつつ、みなで徐々にソフトランディングしていかないといけない。だから、環境把握がうまくできている者のみがさらっと退避することには、どうしても恐ろしさを感じてしまう。
いっそのことマスクがもっとクソな環境(主にシステム面で)にしてくれれば、シンプルに「使いにくい」という理由でユーザーが離れてくれるので、むしろそのほうがいいのかもしれない。
問題は、2ちゃんねる的なものが陽の当たる場所で活動できてしまっているということなので。かつては2ちゃんねる的な場所でしか大手を振ってできなかった振る舞いが、むしろメインストリームであるかのように存在できるのがTwitterなのだと思う。
これはどのSNSも同じなのだろうけど、そもそもミーム的なものが生成され、それがいろいろな物事に「雑に」応用できてしまう、その事象自体が2ちゃんねる的な気がするのだけど、どうなんだろうか。ウケのいい言葉、という器に物事をひょいと放り込んでいく感じ。そこには慎重さは不要であり、むしろある程度の粗雑さこそが必要とされる。
つまり「バズり」だ。「ウケる」ことを優先し、慎重になることを避けてしまうありかた。それを皆が無自覚に追求してしまっているのだから、マスクがいなくてもすでに2ちゃんねる的な掲示板文化は育まれていたのだろう。
となると、ウケない投稿、バズらない投稿によってでしか抵抗は成り立たないとも言えるかもしれない。Twitter=2ちゃんねる的掲示板の文化を意図的に無視した振る舞い、それが必要になるということ。もちろんそれはなかなか結果に繋がらない。だから心が折れる。そして安易な方法に頼る。そういうのはもうやめよう。Twitterを使うことでできる抵抗は、目に見える結果を求めてやってはならない。いいねやRTという報酬による快楽によって投稿意欲が増されるのもまた、2ちゃんねる的掲示板文化のひとつだから。そこには乗らない。ウケなくていい。とにかく水を差せ。慎重に、粗雑さを可能な限り排した言葉や態度で、ウケ狙いの文化に水を差し続けろ。
ちなみに本屋lighthouseのTwitterアカウントを即座に停止しない理由は、フォロワーの中にTwitterでしかうちの情報や投稿を見れない者がいるかもしれない、その可能性があるうちは無責任に勝手に退場はできないからです。反差別反ヘイトをポリシーに掲げているからこそうちを頼りにしてくれている者がいる以上、その者たちを置き去りにするわけにはいかないんですよ。だから少しずつ軸足を移しているし、移していきますよということも定期的にお知らせしている。
そもそも昨年秋にMastodonアカウントを作り、インスタも活動量を増やしたのは、Twitter改悪で居場所を奪われたマイノリティたちのためだった。たしかにそこには宣伝や利益確保の意味合いもあるが、そこを第一義としてやっているわけではない。その優先順位は絶対に間違えちゃいけないからだ。
うん、ワイは前々から安倍さんや自民党をボロクソに言うという人として当然の事をやる際にすらサヨクをdisらずにはいられない奴らに胡散臭さを感じてたよ。
ヒトラーやナチを批判する際に「ヒトラーやナチに抵抗した人達」へのdisを入れずにはいられない人達に感じる胡散臭さみたいな感じで。
https://www.sankei.com/article/20230712-LUYNEDZCNVOCJCMBU2NJCE4CPQ/
生年月日を入力すると、学生の頃に使っていた教科書が検索できるシステム。自分だけでなく、親世代ではどんな作品が載っていたのかなど、様々な年代の教科書を振り返ることができるとの事。
あー。明日調べてみようかな。