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「ひなぎく」を念願かなって観れたので、チェコ・ヌーヴェルバーグの歴史的背景を知るために『チェコとスロヴァキアを知るための56章』(明石書店)を読み始める。赤塚若樹、阿部賢一なども執筆。

kyokoyoshida.net/other_works

吉田恭子さんがエッセイで書いている英語圏のrejection slip(文芸誌の不掲載通知)、いま読んでいるアップダイクのエッセイ集More matterにも登場するんですが、もうこういう紙の形式は前世紀の遺物であると考えていいんですかね(吉田さんが英語で創作の投稿を始めたのは90年代。エッセイは全文がサイトで公開されています)。なお、ワタシが英語圏の文芸誌に評論を送ってあえなく不掲載の結果におわったときは、Good luck for your future endeavoursなんて文言があって、お心づかいを感じると同時に、就活の「お祈りメール」みたいだなと思いました。

@hiroosa 用事で先日キャンパスに行き、メディアセンターで配布していた「塾」を手に取ったのですが、AI特集でご写真つきで対談が掲載されていたのでビックリしました。😀 自分もこの分野について学ばないとなあ、という気持ちになります。

ここ数日の読書。谷崎由衣「国際友誼」、堀田季何『人類の午後』。連続して鮮烈な本/作品に出会えた。

高橋睦郎や吉岡実など数多の現代詩を英訳してきたHiroaki Sato編の日本女性詩アンソロジー、 Japanese Women Poets: An Anthology: An Anthology(Routledge、2007)。その中で、現代詩の範囲に入ると思われる箇所の目次。左川ちか、多田智満子、阿部日奈子、小池昌代、蜂飼耳らのほか、水原紫苑など歌人の名前も。

新幹線に乗って、言語学系でもっともお話を聞いてみたかった先生の一日限りのレクチャーを受け、海外文学の選書眼ということではもっとも畏怖する方のおひとりと会ってきました。これ以上充実した休日はありえません◎

以下、ルーマニアの方とエリアーデ『ムントゥリャサ通りで』について話したときの自分の発言の再現(一部)。平易な英語でも、最近は毎週文芸について書くか話すかはするようにしている。I feel a fear of reading another work of his, other than Pe strada Mântuleasa. Many of my friends have said that work is his best. While I know other works should be excellent as well, I want that experience to be kept as a singular, eternal one, in lieu of being replaced by an impression of other works. It is so beautiful that I want it to be like an object fixed in an amber.

ポポタムで購入した台湾のジェンダーSFマンガがすごくいい…。

国籍問わず、現役の日本文学研究者でもっとも仰ぎ見ている方のおひとりとお会いしてきました。ここまで来たら何かしらインタビューのコンテンツをつくりたいよ~。しかし自分で同人誌をつくるだけのノウハウはない。

ひととじかに会って書物の話をするのは稀なのですが、種村季弘の話題になっただけで「人間かよ!?」とか、筒井康隆の話題になっただけで「レオナルド・ダ・ヴィンチじゃないの!?」とかというフレーズがポンポン出てくるあたり自分のミーハーぶりを表している。

東氏がやっている雑誌(検索避け)のロシア現代思想特集の座談会、読み耽ってしまう。言及されている思想書はなにひとつ読んでいませんが、近現代史や文学やそのふたつの関係についての知識が多く得られる。

世界のいろいろな大学の授業がオンラインで受けられるedX、ぱっと探した限りでは、無料で受けられるcreative writingの授業は見つかりませんでした(有料のものなら発見できましたが…)。

・「21世紀の残雪、のための」

その国内外での評価の変容や、書籍には収録されていない小説以外の散文、発言を軸に、残雪作品を21世紀に読む意義を考えることを企図して書かれた文章です。コラムといいつつ6ページ。

海外文学レビュー&評論同人誌「カモガワGブックスVol.4 特集:世界文学/奇想短編」に論考ひとつ、コラムひとつを寄稿しました。11月11日の文学フリマ東京37 、ブース「カモガワ編集室」で頒布されるほか、通販でも購入することができます。

・「“新進作家”、レジェンド・エリスンに嚙みつく? ――ハルキムラカミによる若干のSF批評に就いて」

村上春樹が「ハッピーエンド通信」というカルチャー誌にデビューまもない頃(1980年)に寄稿したエリスン『死の鳥』書評ほかを手がかりに、村上作品におけるジャンルフィクションの痕跡を示唆する文章です。ある時期以降、村上春樹はジャンルSFやホラー小説について正面切って言及するのを回避しているようにさえ見えますが、シルヴァーバーグにも触れつつハーラン・エリスンやル=グィンについて饒舌に語るこの書評は、邵丹『翻訳を産む文学、文学を産む翻訳』における考証主義とは別のアプローチから注目されるべきものだと考えています。このひと、ヴォネガット以外にもこんなにSFについて語るひとだったの!?という驚き。(つづく)

ここ10年で「言葉の力」を感じた書物を一冊だけ挙げると、永田耕衣『しゃがむとまがり』かもしれません。

幸田露伴を読み中。西崎憲さんがあるインタビューで、翻訳との関係でこの作家について言及していたのがいまも引っかかっています。

「傑作」の類義語で面白いものってどういうものがあるんだろう。荒俣宏はシュペルヴィエル『火山を運ぶ男』を「神品」とか。これは社会言語学的には流行語になった「神ってる」と比較しうるかも。倉阪鬼一郎は泉鏡花の選集について、「この巻も病気作が目白押し」とか(ややうろ覚え)。terrificやinsaneをいい意味で使うような感じか…?😅

矢川澄子や岡崎京子が推しているとある映画をこっそり観てきました。

Russell HobanのThe Lion of Boaz-Jachin and Jachin-Boazが好き過ぎて生きるのが辛い…(「生きるのが辛い」のスペシャル用法)。

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