「感情とは、人生の目的の重要度を入れかえ、伝統的な目的の順位を下げ、他人との情緒的結びつきを最優先しようとする心の働きであると定義してよい。感情によって次の3つの分野において優先順位が入れかわることになる。
(1) 配偶者の選択 感情は配偶者選択に影響をおよぼし、家族の利害や持参金の額といった伝統的な基準よりも、個人の幸福を最優先させることになる。この優先順位の転換こそがロマンティック・ラヴに他ならず…
(2) 母子関係 …母親の目から見て、子どもの幸福がいかなる目的にもまして重要なものとなり、その結果母親は、伝統的に家族経済のために果たしてきた畑仕事や機織りの手伝いといった仕事を減らすようになる。ここでは、感情は母性愛としてあらわれてくる。
(3) 世帯 近代化の過程において、家族は周囲の共同体に深くかかわることをやめてしまう。…家族のプライヴァシーと愛情生活が、伝統的な他人との結びつきよりも優位を占める。外界に向かって戸を閉じ、その内側で家族の成員は感情の糸で愛の巣を作りあげる。それは、フランス人か〈家族の城〉といっているものであり、われわれはそれを『家庭愛』と呼ぶ」17-8頁
「ロマンティック・ラヴとは、男女関係において自分から進んで何かをしようという自発性と相手の気持になるという感情移入の能力と定義しよう。自発性を重要視するのは、それが、伝統的な対人関係、共同体に強要された対人関係の否定につながるからである。…
…過去2世紀にわたって、西ヨーロッパ社会では、ロマンスが何よりもまず、男女間の心の垣根をなくし、魂の交流をつくりあげてきた。このような密度の高い心の交流がもたらした1つの結果は、厳密な性役割が薄れてきたことである。そうでなければ、心の触れ合いはありえなかっただろうし、人びとは定められた性役割の鉄の檻のなかに閉じこめられたままになっていたであろう。
もちろん、性役割が完全になくなってしまったわけではない。性役割によって社会の安定性が保障されるという近代のシステムのもとで、子どもの社会化が徹底しておこなわれたために、性役割は完全にはなくならなかった。しかし、歴史的経緯をみると、近代初頭ヨーロッパでは、一般に厳格な性役割があったが、現代でははるかにゆるやかなものになり、男女は自らの役割をより自由に決定することができるようになった。感情移入こそが、情緒的生活にこのような柔軟さをもちこんだのである」15-6頁→
「わたしの議論はヨーロッパ全体を対象としている。いかなる辺境の村でも、家族は遅かれ早かれ感情で結ばれた家族への長い道のりをたどることになる。近代化がもたらす夫婦生活の変化は本質的にどこでもかわらないからである。男女関係にみられる実利的態度から情緒的態度へのうつりかわりや、核家族の周囲の共同体からの離脱もまた、どこでも起こった現象である。…合衆国でもそれほど劇的ではなかったにせよ——新世界は『最初から近代社会として誕生した』ものである——同じ傾向が多少は認められるだろう。感情の高揚や共同体と家族の絆の切断は、たとえ時代的なずれや地方による差異があるとしても、ヨーロッパ社会では普遍的な現象であったといえよう」14-5頁
(承前)「この感情の高揚が家族と周囲の共同体との関係における変化の原因なのか、あるいは結果なのかは重要な問題の1つであるが、本書では答えられていない。『近代化』の強烈な衝撃によって、伝統的家族の安住の地であった共同体の構造が破壊されたのか、あるいは広範囲におよぶ社会変化が、まず家族員のそれぞれの心性に影響をおよぼし、その結果家族が互いに手をとりあい、部外者の出入りを家族の団欒をみだす迷惑なものとして制限するようになったのか。仲間集団の信義を放棄したのが先なのか、あるいはまず家族の情緒的な結びつきを重んじるようになったのが先か。こうした問題は、にわとりが先かたまごが先かという問題と同じく、答えることは困難である」6頁
(承前)「その後、これらの優先順位が逆転する。外界に対する絆は弱められ、家族を互いに結びつける絆が強められる。そして外部からの侵入に対して家族の団欒を守るために、プライヴァシーという盾がもうけられる。この家族愛のシェルターの中で、近代核家族が誕生するのである。このようにして、さまざまな家族関係において感情が重要な役割を果たしはじめる。情愛と愛慕、愛と一体感が、旧来の物質的、『実利的』な考えにかわって、家族の行為の規範となった。夫と妻や子どもは、自分が果たすべき役割や、自分のなしうる行為によってではなく、むしろあるがままの姿で評価されるようになったのである。それが『感情』の本質である」4-5頁→
「わたしの考えでは、伝統的家族が近代家族へと変化したのは次の3つの分野での感情の高まりのせいであった。
<男女関係> ロマンティック・ラヴが、かつて男女を結びつけていた実利的な考えにとってかわる。結婚の相手を選ぶにあたって、個人の幸福や自己陶冶が財産やリネージに優先するようになるのである。
<母子関係> 母親と子どもの間には説明のつかない愛情——生物学上の絆の産物——があるとしても、母親の理性的な価値順位において幼児が占める順位に変化があった。伝統社会においては、母親は幼児の幸福よりもます、すさまじい生存競争にかかわって多くのことを考えなければならなかった。他方、近代社会では、子どもはもっとも重要なものとなり、母性愛によって子どもの幸福が何ごとにもまして大切に考えられるようになったのである」5頁→
「1900年以前の幼児死亡の原因について研究をすすめていけばいくほど、多くの幼児が天然痘やしょうこう熱で死んだだけでなく、不適当な食事やとてもひどい世話のやり方のためにも死んだことがわかってきた。すなわち、(母乳ではなく)小麦粉と水のまぜたものを与えたり、(経験豊富な産婆が注意深く分娩させるのではなく)野蛮きわまりない方法で分娩したり、(あたたかい産衣につつんで、幼児をやさしくあやすのではなく)幼児を包帯でかたく巻きつけたまま、何時間もほうっておいたり等々。われわれが扱っている社会は、妊婦が陣痛のはじまる直前まで野良仕事をし、母乳をやるのはほんのときどきで、早く離乳をさせ、そして幼児の命にはほとんど価値がおかれていない社会なのである」ix.
Shorter, Edward. (1975→1977) The Making of the Modern Family, Basic Books.
=1987 田中俊宏・岩橋誠一・見崎恵子・作道 潤訳『近代家族の形成』昭和堂
「『近代家族』とは、公共圏から分離された親密圏において、『男性稼ぎ主ー女性主婦』型の性別分業をした父母が少人数(2、3人)の子どもを育てる情緒的つながりの強い家族である。当たり前の家族のように思われるかもしれないが、社会のすべての人が同型的な近代家族を作るためには、結婚しない/できない人はほとんどおらず、皆が子どもをもたねばならない。また死別や離別もほとんどなく夫婦は高齢期まで添い遂げることが想定される。20世紀初めに欧米先進諸国において人口転換が終了し、死亡率と出生率が低下したことが『20世紀近代家族』成立のための条件であったが、それだけでは十分でない。ケインズ政策とフォード型労使和解システムに支えられた安定した完全雇用と、男性稼ぎ主の退職後の生活を保障する年金制度など、経済と国家の条件整備も必要であった。他方、家族は男性労働者と次代の労働者である子どものケア——マルクス主義の用語では『労働力の再生産』——を行って、彼らを公共圏へと送り出す機能を担った。家族と経済と国家が三位一体となった体制が作られた」325頁
「フォーディズム」って、経済学ではもう誰も真面目に論じてはいないと思うけどなあ😅
「人口学的条件をコントロールしてもなお、子の結婚時に子と同居した親の割合は高度経済成長期を通じて一貫して低下していたことがわかった…しかしその一方で、若いコーホートほど途中同居が多いので、結婚後15年目くらいになるとどのコーホートでも親との同居率は30%ほどに収束するという…一見すると、一時同居型に変容したものの、直系家族制規範は弱まっていないということかと見える。
…廣嶋清志によると、家制度が健在だった戦後まもない時期には、親から見た子どもとの同居率はなんと100%を超えていた。子どもがいなければ養子を取って同居するので、実子のいる高齢者を分母にした場合、100%を超えるのである…江戸時代にも同様に養子を取ることにより、子どもとの同居率を高めていたことを筆者も明らかにした…そうしていない現状は、やはり直系家族制規範の衰弱を示している。
近代家族の性質を列挙するときに、筆者は『核家族』という項目に括弧をつけたりはずしたりして、判断の揺れを指摘されることもあった。しかし複雑な世帯構造の家族伝統をもつ地域における核家族化仮説の当否は、いまだ開かれた問いなのである」292頁
(承前)「これに対し日本では、近代化以前も男女とも皆婚だったと言われてきたが、近年の研究で覆された…少なくとも西南日本では、近代化により生涯独身者の割合が縮小した。また、キリスト教による離婚の禁止も儒教による再婚の抑制も無かったため、離婚と再婚がきわめて多かった…明治以降1940年頃まで離婚率は傾向的に低下し、死亡率低下と重なって、日本の結婚の安定性は飛躍的に高まった。さらに、近代以前には地域差が大きく、早婚で適齢期があり結婚後に奉公に出る東北地方、晩婚で適齢期が弱く結婚前に奉公に出る濃尾地方、晩婚で適齢期のある西九州地方など、さまざまなパターンがあった…こうした国内的地域差の縮小もまた近代を特徴づける現象であった…
アジアには、近代以前から離婚や再婚を嫌った韓国や中国のような社会と、離婚・再婚や婚前性交渉が自由だった東南アジアとの両極がある。日本の近代以前のライフコースは、結婚を中心に見る限り、明らかに東アジアより東南アジア的だった…
このような近代以前のライフコースは、社会によって、また同じ社会の中でも地域や生業、階層、家族の事情や個人の運不運などによって多様であった。それが安定して画一的なパターンに標準化されていくのが近代であった」282頁
社会学と誤用進化論😅を中心に読書記録をしてをります
(今はショーター『近代家族の形成』1975年)
背景写真はボルネオのジャングルで見た野生のメガネザル
https://researchmap.jp/MasatoOnoue/